2020/08/25

朝顔や釣瓶取ったか取られたか

正岡子規は『獺祭書屋俳話』の中で「加賀の千代」と題して一節を割いている。「加賀の千代は俳人中尤有名なる女子なり。其の作る所の句も今日に残る者多く、俳諧社会の一家として古人に譲らざるの手際は幾多の鬚髯男子をして後に瞠若たらしむるもの少なからず」と書き、千代の句と支考の句を並べ比べて「俳諧にも、男でなければ、あるいは女でなければ、言うことができないことがある」と述べている。加賀の千代、加賀千代女は、江戸時代の女流俳人で、各務支考(蕉門十哲のひとり)とも交流があった。

次の句が、千代の代表句として知られている。

朝顔に釣瓶取られてもらひ水

しかし、この千代の句についての子規の批評は手厳しい。子規は『俳諧大要』において、次のように書いている。

朝顔の蔓が釣瓶に巻きつきてその蔓を切りちぎるに非ざれば釣瓶を取る能はず、それを朝顔に釣瓶を取られたといひたるなり。釣瓶を取られたる故に余所へ行きて水をもらひたるという意なり。このもらひ水という趣向俗極まりて蛇足なり。朝顔に釣瓶を取られたとばかりにてかへつて善し。それも取られてとは、最俗なり。ただ朝顔が釣瓶にまとひ付きたるさまをおとなしくものするを可とす。この句は人口に膾炙する句なれども俗気多くして俳句とはいふべからず。

〈朝顔に〉の句の解釈は、子規が述べているように、朝顔の蔓が釣瓶に巻きついていたので釣瓶を使うことができず、水をもらってきたということであろう。井戸から水を汲むために釣瓶を使いたいが、朝顔が巻きついている。引きちぎるのも忍びない。釣瓶は使わずそのままにして、水は余所からもらってこよう、ということである。朝顔を愛でる視線が伝わってくる。自然を愛おしむ気持ちが感じられる。

しかし、この子規の評を読み、よくよく考えてみると、子規が「俗極まりて」「俗気多くして」と言う気持ちがなんとなくわかる気がする。

この句が、千代の実生活から作られたものなのか想像から作られたものなのかは知らないが、仮に千代が、朝顔の釣瓶に巻きついているところを見て詠んだとすると、ちょっと嫌な書き方をするが、「私にはこんな気持ちがあるのですよ」と自慢しているようにも読めてしまうのだ。朝顔の美しさ、自然の美を詠めばいいのに、この句は人の優しい気持ち、自然を愛する気持ちを詠んでいる。そんな気持ちをわざわざ句として表現するということは俗であるということであろう。

〈朝顔に釣瓶取られて〉の「釣瓶」には助詞がついていないが、格助詞を補い、文のかたちにすると「朝顔に釣瓶を取られた」となるだろう。子規もそのように解釈している。この「朝顔に釣瓶を取られた」というのは文法用語でいうと間接受身である。対応する能動形は「朝顔が釣瓶を取った」ということになる。目的語が主語の位置にくる受身を直接受身といい、この例では「釣瓶が朝顔に取られた」とするのが直接受身である。間接受身は「被害の受身」「迷惑の受身」とも呼ばれることがあり、目的語はそのままに、被害者(被害というのが強すぎるなら被影響者といってもいい)が主語の位置にくる受身形である。〈朝顔に釣瓶取られて〉という表現には主語が明示されていないが、釣瓶を取られて迷惑を伴った人であり、〈もらひ水〉で表現されている誰かに水をもらいにいった人と同一人物であると解釈できる。

この句では、朝顔が釣瓶に巻きついているのを見て、釣瓶を使うことを止め、水をもらいにいった人物が主語であり、朝顔は主語ではない。朝顔よりも人物を主語に置くことを選択している。主語の位置は主題の位置でもあるので、人物を中心とした表現であると考えられる。

主題を人ではなく、朝顔にした方がいいのではないかというのが子規の評であろう。「もらひ水という趣向俗極まりて蛇足なり」「取られてとは、最俗なり」というのは、人が主題となってしまっていることを言っているのであろう。「ただ朝顔が釣瓶にまとひ付きたるさまをおとなしくものするを可とす」と、朝顔を主語とした言い方をしている。

Wikipedia「加賀千代女」を見ると、興味深いことが書かれていた。代表的な句としてこの〈朝顔に〉の句が挙げられているが、そこに「35歳の時に、朝顔や~ と詠み直される」と書かれていた。

朝顔釣瓶取られてもらい水

朝顔釣瓶取られてもらい水

個人的には〈朝顔や〉の方がいい。〈朝顔や〉とすることで、朝顔を主語とした解釈をすることができる。「朝顔が釣瓶を取られた」と読めなくもない。朝顔の視点からの表現で、釣瓶を水を汲むために取られてしまったという意味である。もちろん、元の〈朝顔に〉の句の情景のままで朝顔を強調するために〈朝顔や〉としたということかもしれないが、「朝顔が釣瓶を取られた」という解釈の方が面白く感じる。

水を汲もうと井戸に行くと、朝顔が釣瓶に巻きつこうと蔓を伸ばしていた。成長はうれしいが釣瓶に巻きつかれてしまうと困る。まだしっかりとは巻き付いていないので「朝顔さんちょっとごめんね」と、朝顔から釣瓶を取り上げて水を汲んだ。そして「さっきはごめんね」と汲み上げたばかりの水を朝顔にかけてあげる。こんな情景を朝顔の視点から描いた句として読むことができるのではないだろうか。

他にもこんな解釈をしている人はいないかと(大雑把にではあるが)ネット検索をしてみたがいないようである。ただ、〈朝顔や〉としている千代直筆のものが残っているということはわかった。

2020/08/23

鵜と鷺で一羽となるや取合せ

復本一郎『俳句実践講義』に、俳句における必須の「技巧」として「取合せ」が取り上げられている。許六編『俳諧問答』中の「自得発明弁」などの俳論資料から説明されており、具体的でわかりやすい。正岡子規の『俳諧大要』にも「取合せ」についての言及がある。

子規は、暁台の「時鳥鳴くや蓴菜の薄加減」という句を例にして「取合せ」に言及している。

蓴菜は俗にいふじゆんさいにして此処にてはぬなはと読む。薄加減はじゆん菜の料理のことにして塩の利かぬようにすることならん。さて時鳥と蓴菜との関係は如何にといふに、関係といふほどのものなくただ時候の取り合せと見て可なり。必ずしも蓴菜を喰ひをる時に時鳥の啼き過ぎたる者とするにも及ばず。ただ蓴菜の薄加減に出来し時と時鳥の啼く時とほぼ同じ時候なるを以て、この二物によりこの時候を現はしたるなり。しかも二物とも夏にして時鳥の音の清らかなる蓴菜の味の澹泊なる処、能く夏の始の清涼なる候を想像せしむるに足る。これらの句は取り合せの巧拙によりてほぼその句の品格を定む。

時鳥(ほととぎす)と蓴菜(「ぬなわ」と読む。じゅん菜のこと)は基本的には関係がないが、時鳥が鳴く時期と、蓴菜を薄味の塩加減で料理するような時期が同じころで、ともに夏の清涼感を想像することができる、と言っている。このような俳句の技法を「取合せ」という。

時鳥は、古来より歌に詠まれ、イメージが固定化されているところがあるが、「取合せ」によっては新たなイメージを呼び起こすことができ、陳腐な表現を避け、オリジナリティを発揮することができる。

『俳句実践講義』には、「取合せ」の注意事項も書かれていた。「決して二つの関係を説明してはいけない」ということで、二つの関係を句の中で説明してしまうと「理屈」の句になってしまうからである。

また、「取合せ」は、大変効果的な作句方法であるが「一つ間違えれば、独りよがりの作品になってしまいます」とも言う。よく言えばシュルレアリスム的俳句ということもできなくはなさそうだが、句を作った本人にしかわからないような俳句が「独りよがりの作品」ということであろう。

このブログ記事のタイトルは、独りよがりの作品に近い。

鵜と鷺はともに鳥の名であり、「取合せ」と掛けている。また「ウ」と「サギ」を合わせると「ウサギ」となり、兎の数え方は一羽、二羽である。一羽の鵜と一羽の鷺を合わせて一羽の兎となるのは、生命の神秘にも似て、アイデアの創出にも似ている。

「鵜」は夏の季語、「鷺」は手元の歳時記にはなかったが、「白鷺」「青鷺」は夏の季語となっていた。ちなみに「兎」は冬の季語であったので、句中にはいれなかった。

理屈、知識に訴え、言語の遊戯に属する独りよがりの句である(俳句とは言えない)。

そして、鵜と鷺で兎になるとか、兎の数え方であるなどは、柳瀬尚紀のエッセイより拝借したもので、私のオリジナルではない。私が考えたこととしてはそこに「取合せ」を取合せたのみで、誰でも思いつきそうなものである。

ただし、独りよがりの作品であっても、自分にとっては意味がある。


2020/08/22

仰ぎ見て我田引水天の川

正岡子規『俳諧大要』に「修学第一期」と題された章があり、俳句初心者の心得の数々が述べられている。「俳句をものせんと思はば思うままをものすべし。巧を求むる莫れ、拙を蔽ふ莫れ、他人に恥かしがる莫れ」からはじまり、どんなものでもいいので俳句をつくってみること、古人の俳句に数多く触れることなど、初心者へのアドバイスや注意事項が書かれている。

その中に、次のようなものがある。

初心の人古句に己の言はんと欲する者あるを見て、古人已に俳句を言い尽せりやと疑ふ。これ平等を見て差別を見ざるのみ。試みに今一歩を進めよ。古人は何故にこの好題目を遺して乃公に附与したるかと怪むに至るべし。

これまでに数多くの人々が俳句を詠んでおり、ひとつの題材についても数多くの句が詠まれている。自分が言いたかったこともすでに俳句となっているかもしれない。もう自分が形にするようなことはないのではないか、言い尽くされているのではないか。そんな疑いを抱くかもしれないが、「試みに今一歩進めよ」という。

たとえば、「天の川」という題で俳句を作ろうとする。天の川を詠んだ句には次のようなものがある。

あら海や佐渡に横たふ天の川 芭蕉

真夜中やふりかはりたる天の川 嵐雪

更け行くや水田の上の天の川 惟然

これ以外にも子規は例を挙げる。下記引用では2音にまたがる繰り返し記号(〱、〲)を仮名に書き換えている(「よひよひに」の句)。

一僕を雨に流すな天の川 浪化

打ち叩く駒のかしらや天の川 去来

引はるや空に一つの天の川 乙州

西風の南に勝や天の川 史邦

よひよひに馴れしか此夜天の川 白雄

天の川星より上に見ゆるかな 同

江に沿ふて流るる影や天の川 暁台

天の川飛びこす程に見ゆるかな 士朗

天の川糺の涼み過ぎにけり 同

天の川田守とはなす真上かな 乙二

てゝれ干す竿のはづれや天の川 嵐外

巨鼇山

山嵐や樫も檜も天の川 同

『合本俳句歳時記』の「天の川」の項を見ると、他にも「天の川」を詠んだ句が見える。(「天の川」の語句が入っているもののみ記載。傍題の例句は略)

うつくしや障子の穴の天の川 一茶

天の川の下に天智天皇と臣虚子と 高浜虚子

妻二タ夜あらず二タ夜の天の川 中村草田男

天の川怒涛のごとし人の死へ 加藤楸邨

天の川柱のごとく見て眠る 沢木欣一

うすうすとしかもさだかに天の川 清崎敏郎

天の川礁のごとく妻子ねて 飴山實

列車みな駅に入りて天の川 杉野一博

長生きの象を洗ひぬ天の川 中西夕紀

寝袋に顔ひとつづつ天の川 稲田眸子

天の川漂流船の錆深く 照井翠

自転車の二つ並んで天の川 涼野海音

もちろんここに挙げたものだけでなく、他にもたくさん詠まれているだろう。こんなにもあると、さらに「今一歩」が難しくなると感じるが、逆に、まだ表現のしかたがあるかもしれないという気持ちにもさせてくれる。

子規は言う。

なまじ他人の句を二、三句ばかり見聞きたる時は外に趣向なき心地す。十句二十句百句と多く見聞く時はかへつて無数の趣向を得べし。古人が既に己の意匠を言ひをらん事を恐れて古句を見るを嫌ふが如きは、耳を掩ふて鈴を盗むよりもなほ可笑しきわざなり。


2020/08/21

天地も岩戸も開け時鳥

漱石の書簡集は、明治22年5月13日付正岡子規宛の書簡からはじまっている。「今日は大勢罷出失礼仕候然ば其砌り帰途山崎元修方へ立寄り大兄御病症幷びに療養方等委曲質問仕候処」云々と、いわゆる候文で書かれており、句読点もなく、珍文漢文で読みにくい。この手紙は漱石が子規を見舞った日に書かれたもので、簡単にいうと、「見舞いの帰りに主治医のもとを訪ねたが、どうもこの主治医はあてにならない。なので第一医院で再診を受け入院してはどうかしてはどうか」という内容である。当時の書き言葉は漢文調であるのが普通だったにせよ、「二豎の膏盲に入る」や「雨振らざるに牖戸を綢謬す」という故事や、「to live is the sole end of man!」との英文も見え、漱石の学識の高さがうかがえる。漱石このとき22歳。

漱石と子規は明治22年1月ごろから親しくなったといわれている。その年の5月9日、正岡子規は喀血する。漱石はそれを見舞い、そして先に述べた手紙を書いた。

正岡子規の「子規」という号は、この喀血からつけられている。この喀血により、子規はホトトギスの句を数十句詠んだ。ホトトギスは高い声で鋭く鳴き口の中が赤いので、鳴いて血を吐くといわれ、そして結核の代名詞にもなっていたからである。そして号を「子規」とした。ホトトギスの漢字はいくつもあるが、「子規」はそのひとつである。

おそらくは、子規はこのときに作った俳句を、見舞いに来た漱石にも見せた(聞かせた)のであろう。冒頭の漱石の手紙の末には、漱石が詠んだ二句の俳句がしたためられている。

帰ろふと泣かずに笑へ時鳥

聞こふとて誰も待たぬに時鳥

ホトトギスの故事に、次のようなものがある。

中国古蜀の杜宇は農耕を指導して蜀を再興し帝王となり「望帝」と呼ばれた。望帝杜宇は、死ぬとホトトギスになり、農耕を始める季節が来るとそれを民に告げるために鳴くという。後に蜀が秦によって滅ぼされてしまった。そのことを知った杜宇の化身のホトトギスは嘆き悲しみ、「不如帰去」と鳴きながら血を吐いた、口の中が赤いのはそのためだ、といわれるようになったという(参考:Wikipedia「ホトトギス#故事」)。

ホトトギスの漢字がいくつもあることを先に述べたが、「杜宇」や「不如帰」などの漢字はこの故事が由来である。漱石が手紙に書いた一句目の俳句「帰ろふと泣かずに笑へ時鳥」には、この故事が踏まえられている。

そして、二句ともに子規への見舞い、励ましの句でもある。「鳴かせてみせよう」とか「鳴くまで待とう」とかいわれるホトトギスではあるが、誰も君の喀血なんか望んではいない、鳴くのではなく笑ってほしい、元気になってほしい。そんな漱石の子規に対する心情である。

これらの俳句を読んだとき、こんな風に俳句を作れたらいいな、と思った。

漱石の心遣いや博識に打たれたのはもちろんであるが、その心遣いや博識が、感情や知識が、俳句という十七音に凝縮しているところがすごいと思った。俳句の上手い下手はわからないけれども、俳句が「十七音の世界」といわれている意味がわかったような気がした。言葉にせず表現する、言葉にできないことも表現する、このようなことができるかもしれないという可能性も感じる。

ここから俳句についての興味が湧きはじめた。正岡子規にも興味を持ちはじめた。


2020/08/20

中古本つれづれ

古本・中古本を買うと、書き込みがあったり、何かが挟まっていたりすることに、ときどき出会う。

難しい漢字などに手書きで振り仮名が振ってあったり、キーセンテンスに傍線が引いてあったりするものがある。自分も読めない漢字に振り仮名が振ってあると助かるし、自分が大事だと思ったところに線が引いてあると、やはりここは大事なところだったのだと確認することができる。そして、以前の所有者に「あなたも、だったのですね」などと、どこの誰だか知らない人に対して呼びかけたくなる。

自分が読める漢字に振り仮名が振ってあったりすると、「俺は読めるぞ」と優越感を感じることもなくはないが、その漢字、文章を読もうとする意志も感じられ、自分が流し読みをしていることに気がつくこともある。自分ならここには線を引かないと思っているところに線が引いてあると、なぜだろうとも思う。

日付が書かれているときもある。購入日だろうか、読了日だろうか。以前にも同じ本(物理的にも)を読んでいる人がいたことを実感する。以前の所有者の名前が書かれているときもある。

自分自身も、日付や名前は入れないが、本に書き込みをすることがあるので、書き込みがされている本に出会っても腹を立てることはないのだが、自分と違った書き込みである場合、その書き込みに引っ張られてしまうときがあるので、書き込みがないに越したことはない。ただ書き込みがあったとしても、その書き込みを含め買ったのだと思うことはできる。

映画の半券が挟まれていたことがある。栞に使っていたというのが一番の可能性で、その本と映画は関係なさそうに思われるが、ひょっとすると、挟んだその人にとっては何か意味のあるものだったのかもしれない。

以前には手紙が挟まっていたときもあった。病気療養中に知人から送られた手紙で、見舞いの言葉とともに本を送る旨が書かれていた。手紙が挟まっていた本がその本である。手紙を挟んでいることを忘れて、その本を売ったのであろうか。それとも手紙が挟まれたまま売られるという状況となったのであろうか。

先日の購入本のなかで、ページが破られていたものがあった。根元から破られていたので、破れたというよりは、故意に破ったものである。破った跡が残っているので落丁でもないと思う。おそらくは、そのページに書かれていた文章を手元に残しておきたかったのであろう。

自分自身は、本を破くことはめったにない。しかし、雑誌については切り抜いたりすることもあるので、本のページを破りとる気持ちはわからないでもない。ただ、切り抜いた本を売ろうとは思わない。

書き込みのときと同じように、破り取られたところも含めて買ったのだと思うこともできなくはない。しかし、書き込みのときよりは破り取られているときの方が、がっかり感が強い。

この辺りに、自分自身の本に対する価値観があるのだろう。深めてみる価値があるかもしれない。

2020/08/15

ここ数日の購入本

8/13~16、ブックオフで本が全品20%OFFのウルトラセールが開催されているので、足を運ぶ。このウルトラセールだけではないが、ここ数日に買った本をまとめておく。

読んだ感想ではなく、読みたいと思った動機。


●正岡子規『俳諧大要』『獺祭書屋俳話・芭蕉雑談』(ともに岩波文庫)

子規の『墨汁一滴』等や、復本一郎『俳句実践講義』を読んでいるうちに読みたくなり購入。子規の俳句観を知ることが目的。

●伊藤博(校注)『万葉集(上巻・下巻)』(角川ソフィア文庫)

こちらも子規つながりが大きい。子規は『古今集』より『万葉集』を推している。『万葉集』も『古今集』も読んだことがない。歌の良し悪しはわからずとも一度は目を通しておいて損はないだろうと思い購入。ゆっくりと読み進めていきたい。

●外山滋比古『ことわざの論理』(ちくま学芸文庫)

『思考の整理学』をはじめ、外山さんの著作をいくつか読んでいる(エッセイ中心)。「ことわざ」は好きだが、ことわざについてまとまった本は読んだことがない。「ことばの技」としての「ことわざ」を読めるかもしれないという期待がある。

●北村薫『鷺と雪』(文春文庫)

先日『詩歌の待ち伏せ』を読み、久々に北村さんの小説を読みたくなった。「円紫さんシリーズ」しか読んだことがなかったので、今回は別のものをと思い購入。

●武田祐吉(訳注)『古事記』(角川ソフィア文庫)

同じ角川ソフィア文庫の『ビギナーズ・クラシック 日本の古典 古事記』を持っているが、「ビギナーズ・クラシック」版では、原文(書き下し文)が確認できないところがある。青空文庫で確認することもできるが、文庫本というかたちで手元に置いておきたかった。

●大野晋『日本語練習帳』(岩波新書)

学生時代に図書館で読んだ記憶がある。ブックオフで50円のワゴンの中にあったので購入。

●別冊宝島編集部(編)『読んでおきたいベスト集! 宮沢賢治』(宝島社文庫)

先日、竹内薫さんの『宮沢賢治の星座ものがたり』を十数年ぶりに読み返した。宮沢賢治の作品自体はあまり読んでいない。ブックオフで目にしたことを機会に読んでみようと思う。

●『新編 俳句表現辞典』(東京新聞出版局)

最近の俳句興味より。俳句・俳諧について、考え方のようなものはいくつか読んでいるが、その実作物をあまりにも知らない。現在、実作物に触れる機会となっているのが、子規の著作物と歳時記である。『新編 俳句表現辞典』は、季語を項目としたものではなく、俳句に詠まれる事物等を項目としており、その言葉を使用した句が載っているので、歳時記とはまた違った俳句の実作品に触れられる機会となるかと思う。

●「だまし絵」展カタログ(中日新聞社)

2009年に名古屋・東京・神戸で開催された「だまし絵」展のカタログ。ISBN はなく、定価も書かれていないが、おそらくそこそこの値段で売られていたものだと思う。詳しく調べてはいない。高値で売れるかもという思いもなくはないが、実際自分が読みたい(見たい)と思い買ったもの。「トリックアート」や「錯覚・錯視」の類は好きである。


そろそろ本棚の整理をすべきところなのだが、暑さを理由にだらけてしまっている。

2020/08/14

子規三部作

正岡子規による『墨汁一滴』『病牀六尺』『仰臥漫録』は「子規三部作」と称されているようである(Wikipedia「正岡子規」の項参照)。図らずも、この三部作(と『歌よみに与ふる書』)を最近購入し、ときどきぱらぱらとめくっている。

最近俳句に興味を持ちはじめ、漱石つながりで正岡子規を読んでみようと思い上記3冊を購入したのだが、3冊ともに俳句よりは短歌(和歌)についての話題が多い。正岡子規=俳句というイメージしかなかったので、『歌よみに与ふる書』を含め、和歌の改革もなしていたことを知り驚く。若くして亡くなったということは知っていたが、死の直前まで俳句そして短歌、文章を書いていたということも知った。

『墨汁一滴』は、新聞「日本」に連載されていた文章を集めたもので、ジャンル分けするとすれば随筆にあたる。明治34年1月16日~7月2日にほぼ毎日連載されていた(途中数日の抜け有)。

『病牀六尺』も、新聞「日本」に掲載されていたもので、明治35年5月5日~9月17日(これも途中抜け有)。随筆となるだろう。

『仰臥漫録』は、日記である。明治34年9月2日から書かれているが、途中書かれていない時期もある。『仰臥漫録』で確認できる最後の日付は(明治35年)9月3日であった。

子規は明治35年9月19日未明に亡くなった。結核を患っており、闘病生活を続けていた。

『墨汁一滴』『病牀六尺』『仰臥漫録』ともに、闘病生活の中で書かれたものである。しかし内容は、自身の病気のことも多々書いているが、闘病生活だけを書いているわけではなく、日ごろ考えていることを書いたもので、俳句や和歌についての言及もある。

とくに『墨汁一滴』の書き出しあたりには、『枕草子』あるいは『徒然草』のような趣きがあるように感じる。文語で書かれているからそのように感じるだけかもしれないが、なんとなくそう感じる。



2020/08/11

ドラッガーの「三人の石切り工の話」について(1)

先日「3人の連歌職人(戯作)」と題する小文を書きました。戯作の名のとおり戯れに作ったもので、「3人のレンガ職人」の話を元として、「レンガ」と「連歌」をかけて、連歌から俳諧、俳句の成立の歴史をおもしろく書こうとしたものです(成功したとは言えませんが……)。

さて、その元とした「3人のレンガ職人」の話について、いくつかのバリエーションがあるので、その大元はどんな話であったのか確認したいと思い、「3人のレンガ職人」で WEB 検索をしてみました。

多くのサイトに「イソップ寓話から」という記述があります。

はて、イソップ寓話にそんな話があったっけ? と、岩波文庫の『イソップ寓話集』を本棚から引っ張り出して目次を見るも、それらしきタイトルの話は見当たりません。ざっと読み返しましたが「3人のレンガ職人」の話は見つけることができませんでした。

それならば、と、また WEB 検索に頼ってみると、どうやら「3人のレンガ職人」の話はイソップ寓話ではなさそうです。同じように『イソップ寓話集』に載っていないということで、その出所を探している記事に出会いました。

AOI manegement ブログ:イソップ寓話「三人のレンガ職人」をめぐる冒険

この一連の記事(4回に分けて投稿されてあります。タグ「三人のレンガ職人」参照)の中で、図書館に問い合わせたことが書かれています。このブログが書かれた時期とは異なりますので別の方の問い合わせでしょうが、図書館からの回答が載っているサイトもありました(国立国会図書館:レファレンス共同データベース レファレンス事例詳細)。

AOI manegement のブログには、ドラッガーの著書『マネジメント』の中に、「三人の石切り工の話」が載っていることが書かれています。『エッセンシャル版 マネジメント』であれば手元にあるので早速確認してみると、たしかに「三人の石切り工の話」が載っていました。そこには「三人の石切り工の話がある」と書かれています。しかし、その出典については記載されていませんでした。

結局、「3人のレンガ職人」の出典はわからず、「3人の連歌職人(戯作)」を書きました。しかし、あらためてドラッガーが書いている「三人の石切り工の話」を読むと、また別の「3人の連歌職人の戯作」を書けるかもしれないとも思いました。

よく聞く「3人のレンガ職人」の話と、ドラッガー『マネジメント』に書かれている「三人の石切り工の話」は似ていますが、文脈が少し異なっているからです。


2020/08/10

3人の連歌職人(戯作)

 3人の男たちが座している。

「何をしているのですか?」と問うと、1人の男が答えた。

「レンガをしています」

「レンガ、ですか?」

「歌を連ねると書いて連歌といいます。最初の人が五七五の句をつくり、次の人が先の五七五の句に続く七七の句をつくり、さらに次の人はそれに続く五七五の句をつくり、次の人は七七――と、句を、歌を連ねていくのです」

歌を連ねているところに、レンガを積んでいる映像が重なる。

別の男が続けて言う。

「もう少し詳しく言うと、俳諧の連歌ですね。一般的に連歌は、百韻の形式といわれています。五七五の発句のあと、七七で2句目、次の五七五で3句目として、百韻の形式とは100句つくるということですが、ここでは36句としてしています。俳諧の連歌、歌仙形式の俳諧ですね。また、連歌は和歌の流れからできたものなので雅語を使うのが普通ですが、俳諧の連歌では俗語、俗言でもOKです。俳諧とは戯れごとです」

「ホック……」と、ひっかかった言葉をつぶやく。ホックがついたレンガ壁。

3人目の男が口を開いた。

「わしはいま最初の句、発句を考えとる。最初の句なので自由に詠むことができるが、いまこの場にふさわしい歌にしたい。発端の句だから発句じゃ。この発句であとの展開が変わるので、おもしろくもあり、難しくもある」

発句に四苦八苦。4×8=32 で、36句には足りない。四苦八苦でなく四九発句としてはどうだろうか。いや、敷く発句としよう。

発句を敷いてレンガを重ねていくイメージに変わる。

「発句には、切れがほしいのう」3人目の男が考え込む。一緒に発句を考える。

布きれの発句を敷いたレンガ壁

連歌にて徘徊をする男ども

切れがない。

創作とは捜索であり、俳諧の発句が俳句となるのはまだ先のことである。

2020/08/09

差し渡す夢

漢字を覚える際、言葉遊びとか語呂合わせのように覚えたものがいくつかある。「立って木を見る親子連れ」であるとか、「耳と十四の心で聴く」であるとか、「ル微王徴」であるとか、このような類の覚え方である。

漢字だけでなく、たとえば√2の覚え方「ひとよひとよにひとみごろ」であるとか、元素の周期表「すいへいりーべーぼくのふね」だとか、惑星の順序「水金地火木土っ天海冥」(冥王星は惑星から準惑星になった)だとか、リズムをつけた覚え歌みたいなものもある。31日がない月の覚え方を「西向く士」というようなもの、歴史で「鳴くようぐいす平安京」みたいなものもある。

言葉遊び、語呂合わせ、替え歌などでいろいろなことを覚えた。覚えてしまい使わなくなったものもある。使う機会がなく忘れてしまったものもある。「いい国作ろう鎌倉幕府」みたいに使えなくなったものもある。

こういった類の言葉遊びは、文字化されていないものも多い。残るものは残るだろうが、残らないものは残らない(当たり前だ)。最近は、こういったものを残しておきたいと思うようになった。また、自分でも何か作ってみたいと思うようにもなっている。

次世代へ、あるいはもっと先へ、ちょっとした差し渡す言葉になるかもしれない。

「差し渡す夢」とは、「夢」という漢字を分解して「サ四ワタ」したものである。

2020/08/08

苦肉の作2句

「歳時記」を手にしたことで、あらためて俳句をつくってみようと思った。「あらためて」というのは、以前にも作ったことは何度かあるが、季語らしき語を入れた五七五という感じで、俳句よりは川柳に近いものだった。

「歳時記」があるからといって俳句となるわけでもなく、言葉遊びを入れたいという欲もあり、言葉遊びを入れると季語を入れたとしても川柳に近くなる。以前読んだ『俳句実践講義』で学んだ、「切れ」があるかどうかで俳句と川柳を分けるとすれば、今回作ったものは川柳であろう。少なくとも「切れ字」は使っていない。

時事的なことを入れることにして、昨今の話題は新型コロナとなるわけで、「コロナ」と「季語」を使った言葉遊び的な五七五の句をつくることを目標とした。

結果として、2句作る(「苦肉の作」と言いたかったわけではない)。1句目よりは、2句目の方が気に入っている。1句目は説明を要するだろうし、今年の梅雨明けは例年より遅かったにせよ、「梅雨明け」は夏の季語であるため時期がずれている。

梅雨明けの頃ナウ居留守スタイルす 

汗る日のころ名ばかりの秋来たる

頭で考えて作ったので「月並」である。

理想をいえば、宝井其角の「夕立や田をみめぐりの神ならば」という雨乞いの句のように、新型コロナの感染拡大防止語彙を入れたかったが思いつかなかった。もう少しひねり句練りたい。

2020/08/07

歳時記雑記

本日8月7日は立秋。暦の上では秋に入る。

秋とはいえども暑さは厳しく、まだまだ真夏日、猛暑日は続きそうである。気象庁の定義では、日最高気温が30℃以上の日を真夏日といい、日最高気温が35℃以上の日を猛暑日という。

立秋は二十四節気のひとつで、簡単にいえば、夏から秋に変わるところ。昼が一番長いのは夏至であり、昼と夜が同じ時間であるのが春分と秋分であるが、立秋は夏至と秋分の中間だと考えればいい。


歳時記を買った。買ったのは角川書店編『合本俳句歳時記 第五版』で、合本というのは、角川文庫で歳時記が分冊で刊行されていて、それを合わせて一冊としたものだからである。この歳時記を買った理由は、大きさと価格が手ごろだったからである。

初めて歳時記を買い読んでみるも、少し使い方読み方に慣れない。どんな歳時記にも載っているのだろうが、例句が多く載っているのがうれしい。

「真夏日」「猛暑日」は、少なくともこの歳時記には載っていなかった。歳時記は基本的に季語の辞典であるので、当然載っていない語もある。「真夏日」「猛暑日」は季節を表しそうであるが、気象庁の定義上は季節は関係なく、関係あるのはその日の最高気温である。極端なことをいうと、真冬でも最高気温が30℃を越えれば真夏日となるのだろう。残暑厳しい暦の上での秋に真夏日は多いので、季語にしにくいのかもしれない。

歳時記で「立秋」を引くと、「暑さは厳しいころだが秋の気配を感じるというのが立秋で、それを感じさせる代表的なものが風である」とあった。今のこの暑さでも、風が吹くと涼しく感じる。


しばらくは、風を感じることを心がけようと思う。



2020/08/03

続・頓珍漢仮説

「とんちんかん」の意味をあらためて手元の辞書で引いてみると、以下のように書かれていた(『三省堂国語辞典』第五版)。
①つじつまのあわないこと(をする人)
②わけのわからないこと。
WEB で語源を調べると、鍛冶屋の音が由来であることが書かれている。鉄を打つときの槌の音で、揃っていないズレた音を「トンチンカン」という擬音語で表したことから、ちぐはぐであるとか、辻褄の合わないというような意味となったらしい。

相槌がズレているということであろうか。

漢字で「頓珍漢」と書くが、これは当て字ということらしい。しかしこの漢字のために、頓珍漢が人(漢)を表すようになったのではないかとも思う。

さて、『吾輩は猫である』で「頓珍漢(とんちんかん)」が使われているところは、3ヵ所あった。「頓珍漢」が含まれている文を抜き出してみる。文末につけた括弧つきの漢数字は、該当の文がある回(章)の数である。
これで懸合をやった日にや頓珍漢なものが出来るだろうと吾輩は主人の顔を一寸見上げた。(二)

是で考えても彼等の礼服なるものは一種の頓珍漢的作用によって、馬鹿と馬鹿の相談から成立したものだと云う事が分る。(七)

世の中にはこんな頓珍漢な事はままある。(九)
まず「頓珍漢」が現れるのは小説の第2回(第2章)で、越智東風が先生宅にやってきて、次回の朗読会に参加してほしいと依頼している場面である。2回目は、銭湯で裸体の人間を見て、衣裳哲学らしきものを考えている最中。3回目は泥棒逮捕の報告を受けたときの先生と迷亭の様子である。

こじつけ感はあるが、名前の登場と頓珍漢の出現回をみると、なんだか符合しているように思える。
第1回 先生登場(名前はまだない)
第2回 寒月登場、東風登場、「頓珍漢」出現
第3回 苦沙弥先生(名前初出)
……
第7回 「頓珍漢」出現
……
第9回 珍野(姓初出)、「頓珍漢」出現
……
さらに言うと、これもこじつけ感があるが、第2回において、バルザックが小説中の人間の名をつけるために友人を連れて歩きまわったという逸話が書かれている。

水島寒月は、漱石の弟子でもある寺田寅彦がモデルであるといわれている。『定本漱石全集』の注解には、明治38年2月13日付の寺田寅彦宛書簡に「時に続々篇には寒月君に又大役をたのむ積りだよ」とあること、また寅彦には、明治34年2月に「寒月」(冬の季語)を詠んだ句が3句あることが書かれていた。

越智東風のモデルについては『定本漱石全集』には書かれていない。私は勝手に「あちこち」から名付けたと思っている。越智東風は小説内で「おちとうふう」という読みの他に「おちこち」という読みもつけていてる。「あちこち」→「おちこち」→「越智東風」ではないだろうか。バルザックが登場人物の名前をつけるために友人とパリの街をあちこち歩き回った話を知っていた漱石は「あちこち」から名前をつけたのではないだろうか。
(もうひとつ、捨てがたい案に「おっちょこちょい」→「おちこち」がある。)

そして、寒月の「かん」、東風から「とん」、あとは「珍」があれば「とんちんかん」になると第9回で「珍野」と姓を付けたと考えることはできないだろうか。

直接的な証拠はないが、否定する理由もないので、そう思っておく。

2020/08/02

頓珍漢仮説

夏目漱石『吾輩は猫である』の登場人物の名前の由来のひとつに「とんちんかん」があるのではないか。越智東風の「とん」(「とうふう」と振仮名が振ってあるが、東を「とん」として)、珍野苦沙弥の「ちん」、水島寒月の「かん」で、「とんちんかん」となるのではないか。

こんな頓珍漢なことを考えている。

この3人の名前の由来について、どのように付けられたのかということは知らない。漱石自身がどこかに書いているとは聞いたことも読んだこともなく、また他の誰かが書いていたとも記憶にない。

ただ、特定の人物ではないが、小説の人名について漱石自身が語っている「小説中の人名」という文章がある。明治41年10月21日付『国民新聞』に掲載されたもので、短い文章なので、以下に全文引用する(新仮名遣いに改めている)。
 小説中の人物の名は、却々うまく附けられないものだ。場合によると、あれもいかぬ、之れもいかぬで、二日も三日も、考えてみることもあるが、凝っては思案に能わぬで、大抵はいい加減に附けて了う。
 恁ういう人物には恁ういう名でなければならぬというような、所謂据わりのいい名というものは、却々無いものだ。早い話が自分の子供の名を附ける場合でも、矢張これならばというような名は、容易に附けえられない。
 この頃は可成判りやすい名を附けるようにしている。源義経とか何の何雄とか、やかましい名は嫌いだ。三四郎とか与次郎とか普通の名の方がいい。
明治41年(1908年)10月というと、『三四郎』が新聞連載中の頃で、三四郎という名が引用文中にも挙げられている。「この頃は可成(なるべく)判りやすい名を附けるようにしている」ということは、以前はいろいろと考えていたことを示していて、それこそ「二日も三日も、考えてみる」こともあったのだろう。

『吾輩は猫である』の中で、名前のない猫の主人である先生は最初から登場しているが、苦沙弥先生という名前が出てくるのは第三回で、珍野という姓がわかるのは第九回である。水島寒月と越智東風は第二回に名前付きで登場している。珍野という姓が出てくる場面は、先生宛にいくつか郵便物が届き、それを読んでいる場面であるが、その郵便物の中に「大日本女子裁縫最高等大学院」からの書面があり、その校長の名が「縫田針作」であることがおもしろい。

苦沙弥先生の姓を付けるにあたり、「ちん」をつければ、東風の「とん」と寒月の「かん」で「とんちんかん」になると、「珍野」という姓を付けたのではないかというのが、私の(まあ、どうでもいいような)仮説である。

(次回につづく)


2020/08/01

ついでに頓珍漢

『オデュセイア』での「ウーティス」から、「名無しの権兵衛」を連想し、『ついでにとんちんかん』のキャラクタである「七志野ゴンベエ」を思い出した(先日の記事では「習志野権兵衛」と書いたが、Wikipedia で「七志野ゴンベエ」ということを確認した)。

そして、「とんちんかん」と「名無し」から、夏目漱石『吾輩は猫である』を連想する。そして、自分のなかにある、ある仮説を思い出す。

『吾輩は猫である』の登場人物に、越智東風と水島寒月という人物がいるが、そこに苦沙弥先生を合わせると「とんちんかん」になる。越智東風、珍野苦沙弥、水島寒月という登場人物の名前の由来のひとつに「とんちんかん」があるのではないか、という仮説である。

漫画『ついでにとんちんかん』では、怪盗とんちんかんという名前は、そのメンバの名前から取られたという設定になっていた。Wikipedia でメンバのフルネームを確認すると、中東風(ちゅん・とんぷう)、発山珍平(はつやま・ちんぺい)、白井甘子(しらい・かんこ)であった(麻雀牌の白撥中でもあったのですね)。「とんぷう」「ちんぺい」「かんこ」の頭文字で「とんちんかん」となる。

同様に、とはいえないが、越智東風の「東」、珍野苦沙弥の「珍」、水島寒月の「寒」で「とんちんかん」だと思ったことがあった。いつ思いついたのかは覚えていないし、ひょっとするとすでに誰かが言っているのを聞いたり読んだりしたのかもしれないが。

この仮説が正しいかどうかなど、わかったところで何の足しにもならないけれど、せっかく思い出したことなので、どうにか検証できないかと考えてみる。とりあえず Web で、「とんちんかん」と「吾輩は猫である」とか登場人物の名前で AND 検索してみるが、それらしき記述は見当たらなかった。

そこでまずは、せっかく手元に『定本漱石全集』があるので、名前の由来がどこかに書いていないか探してみようと思う。おそらくはないだろうから、次は『吾輩は猫である』を読みなおして、登場人物の名前の初出箇所を確認することにしてみたい。猫に名前がないように、苦沙弥先生も最初は「主人」とだけで、固有名詞はなかったと思う。寒月と東風は同じくらいに初登場だったはず。

そして、『吾輩は猫である』での「とんちんかん(頓珍漢)」の出現ヵ所の確認。何度か出て来たように覚えているが、どこで使われていたのかは覚えていない。

ひとまず今回は仮説検証の方向性のみ書いておく。


2020/07/31

ウーティス発見伝

『英語遊び』を読んで、もう一つ。予想(というより希望か)はしていたけれども、思いがけず出くわしたもの。「ウーティス」についてである。

ホメロスの『オデュッセイア』の主人公オデュッセウスの冒険譚のひとつに、キュプロクス挿話がある。キュプロクス(一つ目の巨人)の住む島に流れついたときの話で、オデュッセウス(とその仲間)はキュプロクスのひとりポリュペーモスに捕まるが、うまく逃げだした話である。

話の詳細は省くが、オデュッセウスはポリュペーモスに名前を聞かれ、「ウーティス」と答える。そしてポリュペーモスの一つ目を突き逃げ出す。やられたポリュペーモスは叫び狂う。仲間のキュプロクスたちから「誰にやられた?」と問われたとき「ウーティスにやられた」と答える。しかし「ウーティス」というのは、英語で Nobody という意味で、「ウーティスにやられた」というのは「誰にもやられていない」という意味となる。なので、仲間のキュプロクスたちの助けが得られなかった。

この話を読んだとき、おもしろいと思ったのだが、この「ウーティス」を日本語に訳すのはむずかしいと思った。訳注を読んでやっと「おもしろい」と思えたのだ。英語だったら「ノーバディ」という名前はちょっと苦しいかもしれないが、「ノーマン」とすればいいだろう。しかし日本語ではどうか。「名無しの権兵衛」(『ついでにとんちんかん』という漫画に習志野権兵衛というキャラクタがいたと思う)とか「笹内(刺さない)という苗字はどうか」とか考えたが、これといったアイデアは浮かばなかった。

しかし、柳瀬さんの書いた本を読んだとき、柳瀬さんなら訳せるのではないかと思った。というより「もう訳しているはずだ」と勝手に思った。訳すというよりは「もう考えているはず」の方が適切かもしれない。

完訳とはならなかったが、柳瀬さんはジョイスの『ユリシーズ』を訳していた。ユリシーズは、オデュッセウスの英語名である。柳瀬さんが『オデュッセイア』を知らないはずはない。読んでいないとしても、キュプロクス挿話やウーティスの話は有名であるので知っているはずだ。そして知っているならば、考えていないわけがない。

ただ、柳瀬さんがギリシア語を知っていたかどうかは知らないが、「翻訳は実践である」という柳瀬さんが「ウーティス」のところだけ取り出して「こう訳すことができる」と述べることはないだろうとも思っていた。このようにいうときは、ホメロスの『オデュッセイア』を全訳すると決めたときか、まったくの余談としていうかのどちらかであろうと。

そして、『英語遊び』のなかで「ウーティス」に出会った。柳瀬さんは「想像をたくましくして」3通りの訳(訳というよりは、翻訳の方向性みたいなもの)を示していた。どれも、なるほど面白いと思えるものだ。

しかしそれよりも、驚いたことがある。柳瀬さんが書いている次の文である。
名前といえば、話は飛ぶが――というより、話を故意に古代ギリシアへもっていくと、名前を勘違いされたために、危うく危機を逃れた英雄がいる。ホメロスの大叙事詩『オデュッセイア』の主人公、オデュッセウスだ。
名前を勘違いされたために、危うく危機を逃れた?!

私はずっと、オデュッセウスはとっさの機知により「ウーティス」と名乗ったと思っていたが、どうやら、名前を聞かれたオデュッセウスは「名乗るほどの者ではありません」というという意味で「ウーティス」といい、ポリュペーモスが「そうか、ウーティスか」と勘違いをしたということらしい。機知が身を助けたと思っていたが、偶然助かったと考えられるのか……。

ジョイスの『ユリシーズ』第12章は「キュプロクス挿話」と呼ばれていて、柳瀬さんが語り手は犬ではないかという「発犬」をしたことは有名である(『ジェイムズ・ジョイスの謎を解く』参照)。「ウーティス」がオデュッセウスの機知ではなく、ポリュペーモスの勘違いであることを知ったとき、私のなかで「発犬伝」とつながった。だから「キュプロクス挿話」なのだと。(この辺りを書いていると、どんどん長くなりそうなので、今日はこれくらいに)


2020/07/30

語呂つきシェイクスピア

柳瀬尚紀『英語遊び』のなかに、シェイクスピア作品についての言及があった。
英語圏の最大の語呂つきは、いうまでもなくシェイクスピアだろう。語呂つきの元締めのごときこの大物は、おびただしい数の語呂つきを世に送った。
ここでは、2つの例を挙げている。ひとつは『ロミオとジュリエット』のマーキュシオの例、もうひとつは『十二夜』のサー・トービー・ベルチの例である。柳瀬の訳ではなく、小田島雄志訳が掲載されている。

幸い手元には、松岡和子訳のシェイクスピア全集(ちくま文庫)があるので、該当の個所を比べてみたい。以下に引用する英文と小田島訳は、柳瀬の『英語遊び』からの孫引きである。

まずは『ロミオとジュリエット』。第3幕第1場で、マーキュシオはティボルトに剣で刺される。そのときのマーキュシオの台詞である。
……ask for me to-morrow, and you shall find me a grave man.
『英語遊び』にある小田島訳は以下。
ためしに明日、おれを訪ねてみろ、はからずも墓に眠る変わりはてたおれの姿をみとめるだろう。
松岡訳は次のようになっている。
明日、俺に会いにきてみろ、はかなく墓に納まってるよ。
grave が「大真面目な、おごそかな」という意味であると同時に「墓」の意味でもあることをつかったマーキュシオの台詞であるが、小田島も松岡も、語彙は異なるものの「はからずも」「はかなく」と「墓」と掛けた言葉を使っている。

『十二夜』はマライアとトービーの会話。第1幕第3場より(人名の太字は筆者)。英語の説明は省略。
Maria   By my troth, Sir Toby, you must come in earlier o' nights: your cousin, my lady, takes great exceptions to your ill hours.
Sir Toby   Why, let her except, before excepted.
Maria   Ay, but you must confine within the modest of order.
Sir Toby   Confine! I'll confine myself no finer than I am: these clothes are good enough to drink in; and so be these boots too: an they be not, let them hang themselves in their own straps.
小田島訳は以下(人名の太字は筆者)。
マライア それより、ねえ、サー・トービー、毎晩もっと早くお帰りにならなくては。あなたの姪のお嬢様も、あんまり遅いんでご機嫌が悪いわよ。
トービー こっちはキリスト紀元以来のいい機嫌なんだ、いいかげんにしろと言いたいな。
マライア でも限度ってものがあるわ、それを越えないようご自分に言いふくめることね。
トービー いいふくめる? おれの服はいい服だぜ、ふくいくたる酒を注ぎこむこのふくよかな腹を包むにゃ不服はない。靴だってそうさ、この靴がおれにキュークツな思いをさせるなら、屈辱を感じててめえの靴紐で首を締めればいいんだ。
マ「ご機嫌が悪い」、ト「紀元以来のいい機嫌」、マ「言いふくめる」、ト「いい服……ふくいくたる……ふくよかな……不服はない。靴だってそうさ……キュークツ……屈辱……靴紐」と語呂つく。

松岡は次のように訳している。
マライア それよりね、サー・トービー、夜はもっと早くお帰りにならなきゃ。あんまり遅いんで、お嬢様はおかんむりですよ。
トービー へん、何がおかんむりだ、早帰りなんざ無理だ。
マライア だけど、限度ってものがあります。少しは身をつつしんでいだかかなきゃ。
トービー 身をつつしむ? これ以上いい服に身を包むなんざごめんだね。酒飲みの土手っ腹包むにゃこれで十分。靴だってそうだ、この靴が理屈こねて俺を退屈させるようなら、てめえの靴紐で首くくれってんだ。
こちらは、マ「おかんむり」、ト「無理」、マ「身をつつしんで」、ト「身を包む……土手っ腹包む……。靴……理屈……退屈……靴紐」と語呂つく。引用して気づいたが、「つつしんでいだかかなきゃ」は「つつしんでいただかなきゃ」の誤植だろうか。

松岡は「訳者あとがき」で次のように書いている。
翻訳の過程で、自分でも思いがけないほどノッたのは、磊落さの化身、サー・トービーの台詞。彼一流の言葉遊びを訳すのはひと苦労だったけれど、ファイトの湧く楽しい作業だった。
『十二夜』には、このブログで引用したところ以外にも、言葉遊びはまだまだありそうだ。もちろん『十二夜』以外にも。 語呂つくシェイクスピアも楽しみたい。
 

2020/07/29

苦労す稚句にチクチク弄す

昨日「ああ苦労す知句」とつけた記事の最後に、自作のアクロスティック(ああ苦労す稚句ともいえる)を載せている。清水義範さんの短編「船が洲を上へ行く」にあった「柳瀬買い」という語句をつかった、柳瀬尚紀さん、清水義範さんへのオマージュのつもりである。

ところが、柳瀬さんの『英語遊び』を読み、清水義範さんの文庫解説を読むと、アクロスティックではないが、「柳瀬買い」が使われていた。「使われていた」と書いたけれども、使ったのはこちら(私)である。(以下の引用文の太字部分は、実際は太字ではなく傍点がふってある。)
 こういう怪人を見て、こういう怪書を読んでしまえば、私がかつて『船が洲を上へ行く』という短編の中にこっそりとしのばせておいた言葉遊びを、もう一度やりたくなるのである。
「英語に弱い人間にはこの世はやな世界だけれど、こんなに楽しい文庫本が出てしまったからには、だんぜん柳瀬買いである」
もともと「船が洲を上に行く」で使われていた箇所も、「やな世界」という言葉を文字って「柳瀬買い」と書いていて、清水さんが文庫解説を書いているのは知っていたので、解説のなかで「柳瀬買い」を使うことは予想できたはずなのに、予想しなかった自分が悪い。いや、悪くはないが、決まりが悪い。


2020/07/28

ああ苦労す知句

ルイス・キャロルの『シルヴィーとブルーノ』の巻頭に次の詩がある。柳瀬尚紀による訳も続けて引用する(ちくま文庫『シルヴィーとブルーノ』より)。
Is all our Life, then, but a dream
Seen faintly in the golden gleam
Athwart Time's dark resistless stream ?

Bowed to the earth with bitter woe,
Or laughing at some raree-show,
We flutter idly to and fro.

Man's little Day in haste we spend,
And, from its merry noontide, send
No glance to meet the silent end.

あらゆるわれらの人生は、すると夢にすぎないか
一条の金色の光の中にかすかに見えるのみか
残忍な時の暗流をよぎって

暴虐なる憂いに頭をたれ、あるいは
浮かれ気分で覗き眼鏡に笑いはしゃぎ
漫然とわれらうろつくのみ

慌しく人の短き日を過ごし
いとも陽気な真昼から、われら
ざわめきの絶える終わりを一瞥もせず
この詩はアクロスティック(acrostic)になっているという。各行の最初の文字を順に並べると Isa Bowman となる。Isa Bowman はキャロルのガールフレンド(少女友達)の名前である。さらに正確には double acrostic となっていて、各連の最初の三文字をあわせても Isa Bowman となる。各行の最初の文字を太字に、各連の最初の三文字を赤文字にしたものを以下に挙げる。
Is all our Life, then, but a dream
Seen faintly in the golden gleam
Athwart Time's dark resistless stream ?

Bowed to the earth with bitter woe,
Or laughing at some raree-show,
We flutter idly to and fro.

Man's little Day in haste we spend,
And, from its merry noontide, send
No glance to meet the silent end.
柳瀬は Isa Bowman を「アイザ・ボウマン」と読み(正確な読みはわからないらしい。「アイサ」かもしれないし「イサ」かもしれない)、各行の冒頭を「ア・イ・ザ/ボ・ウ・マ・ン/ア・イ・ザ」となるように訳している。

さらに柳瀬は、「こう翻訳した本人が、いまひとつ気に入らない」として、『英語遊び』のなかで「総ひらがな方式」での訳を挙げている。
ありとあらゆるわれらのじんせ
いはするとはかなきゆめにすぎ
ざるかときのあんりゆうにうす
ぼんやりひかるがみえるのみか
うれいごとにこうべをたれはた
またのぞきめがねにたわむれあ
んいにひびをおくるわれらなり
あわただしくもひをすごしつつ
いちべつすらあたえることをせ
ざるなりおわりなるちんもくに
漢字交じりの文で書くと、「ありとあらゆるわれらの人生は、すると、はかなき夢にすぎざるか、時の暗流にうすぼんやり光るが見えるのみか、憂いごとに頭をたれ、はたまた覗き眼鏡にたわむれ、安易に日々を送るわれらなり、あわただしくも日を過ごしつつ、一瞥すら与えることをせざるなり、終わりなる沈黙に」となる。

こんなものを見せられると、何かつくってみたくなる。「やなせなおき」でつくってみる。
やなせかいとひらがなでかくとや
なせかいとよみがちなのであとで
せいかくにかんじをかかなければ
なおきまりわるくぼくのこころは
おれそうになるもののかんじをか
きあらわすならやなせかいである
まったく詩的ではなく、私的な文章となった。「やなせかいと平仮名で書くと、嫌な世界と読みがちなので、あとで正確に漢字を書かなければ、なおきまり悪く、僕のこころは折れそうになるものの、感じを書き表すなら柳瀬買いである。」

なお「柳瀬買い」は、清水義範さんの短編「船が洲を上へ行く」より拝借した。「船が洲を上へ行く」が収録されている短編集『私は作中の人物である』(講談社文庫)の解説を柳瀬さんが書いていることは知っていたが、柳瀬さんの『英語遊び』(河出文庫)の解説を清水さんが書いていることに驚いた。以下は「船が洲を上へ行く」からの引用である(本文は総ルビで書かれているがここでは省略している)。
この錯品のように是論から書くのではなく、原文にそう胃う意身の多汁性があるのを、こちらの孤島歯に置き帰ていくんだからモノ凄い。多駄田だ、驚学する秤りである。柳瀬買いである。

2020/07/27

購入本

ブックオフで本を購入。読んでいない本もある中、新たに購入するのはどうだろうかと後ろめたい気もするが、背に腹は変えられぬと、よくわからない理屈をつける。

本はたいてい背を向けて書店に並んでいるものだ。

●清水義範『私は作中の人物である』(講談社文庫)
●井上ひさし『私家版 日本語文法』(新潮文庫)
●正岡子規『歌よみに与ふる書』(岩波文庫)
●正岡子規『墨汁一滴』(岩波文庫)
●正岡子規『病牀六尺』(岩波文庫)
●三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』(メディアワークス文庫)
●ロアルド・ダール『チョコレート工場の秘密』(評論社)

●清水義範『私は作中の人物である』(講談社文庫)
柳瀬さんの『翻訳は実践である』に、清水義範さんの短編「船が洲を上へ行く」への賛辞が載っていた。短編集『私は作中の人物である』の文庫版解説として書かれた文章である。そのため、機会あれば「船が洲を上へ行く」を読んでみたいと思っていたので、『私は作中の人物である』を見つけたとき、すぐに手に取った。

●井上ひさし『私家版 日本語文法』(新潮文庫)
ブックオフに行くたびに目が留まっていたもの。読んではみたいが、どうしても読みたいというわけでもなく、自分ルールの「迷ったときは第1版第1刷なら買い」で外れることが多かった。今回も自分ルールに外れてはいたが、今回買った他の本も含め「機会あれば」というものばかりであったので、この際買っとけと思い購入。言葉、特に文法関係は好きな分野。

●正岡子規『歌よみに与ふる書』『墨汁一滴』『病牀六尺』(岩波文庫)
少し前に、正岡子規の『仰臥漫録』(岩波文庫)を買った。まだ少ししか読めていないが、『仰臥漫録』は子規の日々をつづった記録といった内容で、死を前にした病床でのことであることを思えば俳句にかける情熱というか、そのようなものを感じる。ただ、俳句の良し悪しとか、まだいま一つわかっていないので、子規の歌論みたいなものはないかと『歌よみに与ふる書』を読んでみようと思った。『墨汁一滴』『病牀六尺』は『仰臥漫録』と同じ系統の本であろうと思うが、ここで出会ったのも何かの縁と思い購入。こちらは読書欲より収集欲の方が強い。

●三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』(メディアワークス文庫)
WEB上で、最新の『ビブリア古書堂の事件手帖』で、横溝正史が題材として取り上げられているという記事を見た。それが頭に残っていたのか、ブックオフで見かけたときに、読んでみようと思って手に取った。本の物語の物語を味わってみたい。

●ロアルド・ダール『チョコレート工場の秘密』(評論社)
ティム・バートン監督が映画化したことで知っている人も多い作品。ダールについてはかなり前に『あなたに似た人』を読んだことがあるけれど、内容は思い出せない。「奇妙な味」の短編集といった記憶。柳瀬尚紀訳ということで購入。

2020/07/26

独知の噬臍

『広辞苑を読む』のまえがきで、柳瀬さんが「広辞苑を信じるあまり、間違った文章を活字にしてしまったことがある」と書いていました。
 ジョイスの『ユリシーズ』に出てくる agenbite of inwit という中世英語について書いたときだった。
 この妙な英語は、「内-知の再-噛(あるいは噬)」とも分解できる言い回しで、意味は「良心の呵責」。現代英語の感覚からは、一瞬、「おや?」もしくは「はて?」と思わせるような、忘れられた言葉である。その「おや?」「はて?」を翻訳するために、拙訳『ユリシーズ①-③』(河出書房新社)では、「独知の噬臍」という訳語を用いた。
 その訳語について、こう書いてしまったのだ。
 独知? 『広辞苑』にも『大辞林』にも、これはある。忘れられた言葉、西周の訳語である。
(『翻訳は実践である』あとがき・河出文庫)
 初版から第五版にいたるまで、広辞苑に「独知」の項目はない。
 大辞林、大辞泉にはある。『翻訳は実践である』の読者各位にここでお詫び申し上げたい。
「誰に指摘されたのでもなく自分でこの失錯を見つけ」た柳瀬さんは「独知の噬臍」を感じたのでしょうか、自分の誤りを認め、それを詫びています。「独知」の項目が『広辞苑』にあろうとなかろうと、他に載っている辞書があり、西周がつくった conscience の訳語があり、現在は使われていない、ということには変わりありません。こんな細かいところにまで気を使わなくともいいのではないかと思ったところで、「翻訳は細部に宿る」という柳瀬さんがどこかに書いていた言葉を思い出しました。

「翻訳は細部に宿る」と『翻訳は実践である』のなかで言っていたかもしれないとも思い、また、上記「独知」の個所も確認して書き込みでもしておこうと思い、『翻訳は実践である』をひっぱり出してきました。

まずは「独知」のところからと「あとがき」を見ようとしたところ、無い。

目次を見ても「あとがき」はありません。

ただ、冒頭で引用した独知のくだりはどこかで読んだ記憶がある。「あとがき」ではなく、『翻訳は実践である』の別の個所だろうと、本の後ろの方から探しはじめてみました。

引用文の該当の個所は、『翻訳は実践である』所収の「再び、翻訳とは実践である」という文章のなかにありました。河出文庫の『翻訳は実践である』の付記によると、「再び、翻訳とは実践である」の初出は、メタローグという会社から1996年10月に出版された『翻訳家になる!』という本で、初出時のタイトル「翻訳は実践である」を改題したものであることが書かれています。

『翻訳は実践である』は、もともと1984年5月に白揚社より単行本として刊行されたもので、文庫化にあたり、「再び、翻訳は実践である」など、雑誌等に掲載されていたいくつかの文章が加えられています。純粋な(?)「あとがき」ではありませんが、柳瀬さんは『翻訳は実践である』のあとがきを念頭において「(再び、)翻訳は実践である」という文章を書いたといえなくもありません。

柳瀬さんは勘違いで「あとがき」と記したのでしょうか。それとも意図的でしょうか。

「再び、翻訳は実践である」を読み直したところ、次の一節がありました。
 翻訳は実践である、と、これまでさまざまな場所で何度か書いてきた。また、そういう姿勢を貫いてきたつもりだ。いま、それをこう言い換えてもいいかもしれない。翻訳は実力である、と。ここで実力とは、読解力や表現力のみならず、集中力や注意力や視力までもふくめたものだ。あるいは、努力(という実は筆者の好かない言葉)をふくめてもいい。
いま、このブログに書いていることは翻訳ではありませんが、自分自身のまだ言葉になっていないところを、自分の知っている他の人にも伝わる言葉で表そうとしていると考えると、広い意味で翻訳と考えることができます。そして、書いていることが実践であり、実力です。

『翻訳は実践である』の「あとがき」を確かめるのも実力で、『広辞苑』に「独知」の項目がなく、『大辞林』『大辞泉』には「独知」の項目があることを確認していないのも実力です。

ちなみに「翻訳は細部に宿る」という言葉は、『翻訳はいかにすべきか』で見つけました。


2020/07/25

2020/7/25購入本

立て続けに本を買っている。読書欲もあるのだが、どちらかというと収集欲・所有欲の方が強く、特にここ数年は文庫・新書本を中心に柳瀬尚紀さんの著書・翻訳書を集めている。

今回は、有効期限切れとなりそうなポイントを利用しての購入。Amazon マーケットプレイスでの中古本で、柳瀬さん関連の本ばかり。当然ながら未読。

●柳瀬尚紀『英語遊び』河出文庫
●筒井康隆・柳瀬尚紀『突然変異幻語対談』河出文庫
●柳瀬尚紀『広辞苑を読む』文春新書
●ルイス・キャロル『シルヴィーとブルーノ』ちくま文庫

購入動機は、柳瀬さんの本だからというのが一番強いが、それだけでは少し味気ないので、それぞれについて思うところを書いておこう。

●柳瀬尚紀『英語遊び』河出文庫
柳瀬さんは、ルイス・キャロルの翻訳を中心に、数々の英語の言葉遊びを、日本語の言葉遊びに翻訳している。この『英語遊び』は、おそらく、それまでに柳瀬さんが翻訳してきた英語の言葉遊び、そして日本語の言葉遊びの集成のようなものではないかと思っている。日本語の天才ぶりを読みたい。

●筒井康隆・柳瀬尚紀『突然変異幻語対談』河出文庫
ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』の訳を総ルビとしたのは、筒井康隆さんの助言であった(と、どこかに書いてあったと記憶している)。この対談中のことであるかのかどうかは不明。筒井さんの本は『文学部唯野教授』を読んだことがあるだけ。いろいろな文学理論がユーモアをふんだんに織り交ぜて書かれており、おもしろかった。『ロートレック荘事件』は読んでみたい本に入れているが、まだ手にしていない。実験的な小説をよく書いているという印象がある。筒井さんと柳瀬さんがどのようなことを話題に、どのような話をしているのかに興味がある。

●柳瀬尚紀『広辞苑を読む』文春新書
柳瀬さんに、辞書を読む楽しさを書いた『辞書はジョイスフル』という本がある。『広辞苑を読む』は、その『広辞苑』版のようなものではないかと思う。柳瀬さんの本やエッセイの内容は、そのときに実践中の翻訳から具体例を取り出してくることが多いので、『広辞苑を読む』もその執筆中に取り組んでいる翻訳の内容となっているだろう。『辞書はジョイスフル』ではタイトルが示すとおりジョイス(『フィネガンズ・ウェイク』だったと思う)の翻訳での出来事が書かれていた。『広辞苑を読む』ではどうだろうか。

●ルイス・キャロル『シルヴィーとブルーノ』ちくま文庫
『日本語は天才である』で、天才と思ったきっかけのひとつとして、『シルヴィーとブルーノ』の翻訳での出来事が描かれていた。EVIL を逆から読むと LIVE となることが物語のなかに埋め込まれていて、それをどのように翻訳したかという出来事である。このことから、そしてキャロルという作家から、『シルヴィーとブルーノ』にはいろいろな言葉遊びが織り込まれていることは想像できる。『シルヴィーとブルーノ』の原文は手元にないが、英語の言葉遊びをどのように翻訳しているのか、言葉遊びをどのように物語の中に織り込んでいるのかを中心に読んでいきたい。


2020/07/24

滑稽的美感

夏目漱石『吾輩は猫である』のなかに「滑稽的美感」という言葉が出てきます。出てくるのは次に引用する箇所で、通称「アンドレア・デル・サルト事件」の真相を述べたあとの迷亭のセリフです。(ここでは読みやすいよう一部表記変更して引用しています。)
「いや時々冗談を言うと人が真に受けるので大に滑稽的美感を挑発するのは面白い。先達てある学生にニコラス・ニックルベーがギボンに忠告して彼の一世の大著述なる仏国革命史を仏語で書くのをやめにして英文で出版させたと言ったらそ学生が又馬鹿に記憶の善い男で日本文学会の演説会で真面目に僕の話した通りを繰り返したのは滑稽であった。ところがその時の傍聴者は約百名ばかりであったが皆熱心にそれを傾聴して居った。それからまだ面白い話がある。先達て或る文学者の居る席でハリソンの歴史小説セオファーノの話が出たから僕はあれは歴史小説の中で白眉である。ことに女主人公が死ぬまでは鬼気人を襲う様だと評したら僕の向こうに坐って居る知らんと云った事のない先生がそうそうあそこは実に名文だといった。それで僕はこの男も矢張僕同様この小説を読んで居らないという事を知った」
定本漱石全集の第1巻『吾輩は猫である』では「滑稽的美感」についての注解があり、そこには次のように書かれていました。
滑稽的美感 おどけたなかに感動させる味わいがあること。『文学論』第二編第三章「fに伴う幻惑」において、「文学の不道徳分子は道化趣味と相結ばれて存する事あり」と述べた内容が、「滑稽的美感」の説明に相当する。談話『滑稽文学』に「滑稽と云うものは唯駄洒落と嘲笑ばかりではあるまいと思う。深い同情もなければならぬ。読む人に美感をも与えなければならぬ」ともいっている。
そこで『文学論』を読みはじめたのですが、どうも六づかしい。漱石は『文学論』において、文学的内容の形式を(F+f)という公式で表しています。第二編第三章の章題「fに伴う幻惑」のfとはこの公式(F+f)のfのことです。Fは Focus(焦点)(あるいは、Fact(事実))、fは feeling(情緒)ではないかと考えられています。第二編第三章は「f其物の性質の細目に亘りて」論及するとして章を割いていますが、この章だけを読んだだけではよくわかりませんでした。

北村薫さんの『詩歌の待ち伏せ』のなかで、テレビのNG集について言及されていたところがありました。
《確かに面白いけれど、人の失敗を見物するのは、いい趣味ではない。高みから笑う感じになるから》と書きました。しかし、個々の番組を見ると、そうともいえない。これは、テレビという、映画や舞台よりも身近な媒体が開発した、特殊な分野だ――と思えたのです。
「《いい趣味》ではないが、しかし、親しみの笑いです」といいます。しかし、NGは「本来、見られない筈のもの」です。見る側にとっては、見られない筈のものであればあるほど、見たくなるものですが、見られる側にとっては見せたくないものです。NGは芸ではありません。北村さんは続けます。
商品として見せるからには、芸でなければなりません。NGは違う。となれば、それを芸にするのは、番組を製作する人間です。いかに構成するかが勝負でしょう。いい間違いや、台詞に詰まった場面を、だらだら並べても仕方がない。こういった番組にこそ、心地よい機知と愛情が不可欠なのです。
 親しみの笑い。心地よい機知と愛情。これが「滑稽的美感」ではないかと感じました。

迷亭は、ただ冗談をいって笑っているだけではない。迷亭の冗談を真に受けて写生する苦沙弥先生や、演説する学生、知ったかぶりをする文学者の先生を、あざ笑うのではなく、親しみを込めて笑っているのです。「滑稽なことをしているが、それは美徳だ」と笑っているように思えます。

迷亭は美学者です。「滑稽的美学者」と呼んでもいいかもしれません。


2020/07/23

【メモ】『サロメ』の題材(新約聖書)

オスカー・ワイルドの『サロメ』は、『新約聖書』での、洗礼者ヨハネの斬首についての記述を題材として書かれている。具体的には、「マルコによる福音書」6章14-29節、「マタイによる福音書」14章1-12節。以下は該当箇所の引用(佐藤優さんが解説をつけている文春新書、新共同訳の『新約聖書Ⅰ』より)。

佐藤さんの解説によると、新約聖書の福音書のうちでは、「マルコによる福音書」がもっとも古く、「マタイによる福音書」は、「マルコによる福音書」や「Q資料」(現存していない)と呼ばれるものをもとに書かれたものであることが定説であるとのこと。

■マルコによる福音書 6章14-29節
イエスの名が知れ渡ったので、ヘロデ王の耳にも入った。人々は言っていた。「洗礼者ヨハネが死者の中から生き返ったのだ。だから、奇跡を行う力が彼に働いている。」そのほかにも、「彼はエリヤだ」と言う人もいれば、「昔の預言者のような預言者だ」と言う人もいた。ところが、ヘロデはこれを聞いて、「わたしが首をはねたあのヨハネが、生き返ったのだ」と言った。実は、ヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻ヘロディアと結婚しており、そのことで人をやってヨハネを捕らえさせ、牢につないでいた。ヨハネが、「自分の兄弟の妻と結婚することは、律法で許されていない」とヘロデに言ったからである。そこで、ヘロディアはヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたが、できないでいた。なぜなら、ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人であることを知って、彼を恐れ、保護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていたからである。ところが、良い機会が訪れた。ヘロデが、自分の誕生日の祝いに高官や将校、ガリラヤの有力者などを招いて宴会を催すと、ヘロディアの娘が入って来て踊りをおどり、ヘロデとその客を喜ばせた。そこで、王は少女に、「欲しいものがあれば何でも言いなさい。お前にやろう」と言い、更に、「お前が願うなら、この国の半分でもやろう」と固く誓ったのである。少女が座を外して、母親に、「何を願いましょうか」と言うと、母親は、「洗礼者ヨハネの首を」と言った。早速、少女は大急ぎで王のところに行き、「今すぐに洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、いただきとうございます」と願った。王は非常に心を痛めたが、誓ったことではあるし、また客の手前、少女の願いを退けたくなかった。そこで、王は衛兵を遣わし、ヨハネの首を持って来るようにと命じた。衛兵は出て行き、牢の中でヨハネの首をはね、盆に載せて持って来て少女に渡し、少女はそれを母親に渡した。ヨハネの弟子たちはこのことを聞き、やって来て、遺体を引き取り、墓に納めた。

■マタイによる福音書 14章1-12節
そのころ、領主ヘロデはイエスの評判を聞き、家来たちにこう言った。「あれは洗礼者ヨハネだ。死者の中から生き返ったのだ。だから、奇跡を行う力が彼に働いている。」実はヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻ヘロディアのことでヨハネを捕らえて縛り、牢に入れていた。ヨハネが、「あの女と結婚することは律法で許されていない」とヘロデに言ったからである。ヘロデはヨハネを殺そうと思っていたが、民衆を恐れた。人々がヨハネを預言者だと思っていたからである。ところが、ヘロデの誕生日にヘロディアの娘が、皆の前で踊りをおどり、ヘロデを喜ばせた。それで彼は娘に、「願うものは何でもやろう」と誓って約束した。すると、娘は母親に唆されて、「洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、この場でください」と言った。王は心を痛めたが、誓ったことではあるし、また客の手前、それを与えるように命じ、人を遣わして、牢の中でヨハネの首をはねさせた。その首は盆に載せて運ばれ、少女に渡り、少女はそれを母親に持って行った。それからヨハネの弟子たちが来て、遺体を引き取って葬り、イエスのところに行って報告した。

2020/07/22

『千の顔をもつ英雄』の脚注に引用される『フィネガンズ・ウェイク』の一節は?

ジョーゼフ・キャンベル『千の顔をもつ英雄』の脚注に、以下の文章がありました。
*ジェイムズ・ジョイスの言葉を借りるなら、「正反対同士は、両性的に表現するただ一つの条件と方法としての本質または精神の一つの同じ力によって進化し、反意の結合による再統合のために対立させられて、互角になる」(ジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』) 
読んでいるのはハヤカワ・ノンフィクション文庫の新訳版で、引用の脚注は上巻161ページにあります。

さて、この引用文中で言及されている文は、『フィネガンズ・ウェイク』のどこにあたるのでしょうか。柳瀬訳の『フィネガンズ・ウェイク』には目を通しましたが、該当の文章は載っていないようです。もちろん、探し切れなかった可能性もありますが、柳瀬訳では、このようなすっきりした訳文にはなっていないだろうと思います。

脚注にある引用元は、『フィネガンズ・ウェイク』のどの個所で、柳瀬訳ではどのような訳になっているのでしょうか?

キャンベルの本を原書で読んで引用個所の原文を確認し、そこから『フィネガンズ・ウェイク』の原文にあたり柳瀬訳を確認するというのが確実な方法でしょう。しかしこのためだけにキャンベルの原書を用意するのもどうかと思い、柳瀬訳の『フィネガンズ・ウェイク』を読みながら該当箇所らしきところを探すことにしました。

現時点で該当しそうな箇所は以下のところです。

『フィネガンズ・ウェイクⅠ』の105ページ(原典ページでは、49-50ページ)です。柳瀬訳と原典の該当箇所を引用します(柳瀬訳の振仮名は省略。強調は筆者による)。
そこで、ミコラス・ドサクサーヌスのいうわが自我衝動の百重の示我をば――そのすべてからわれはわが下文において当然遡及によりわれを解任するものであるが――それら相対立者の偶然照応によって識別不能なるものの同一性のなかに再混同するがよく、そこにおいては肉屋もパン屋も魔化二つに分かれはしないであろうからして(しかしこの點において、われらが彼のも軍鶏しゃな始根の鉄蹴爪に装備をととのえたつもりでいるにしろ、尾しまいには辛し芥子菜の臭気にはほとんど器まずい目に会うのであるが)、この超んでもないブルー乃蝋燭は能羅ものを平和離に尿忙に融したのである。 
Now let the centuple celves of my egourge as Micholas de Cusack calls them, — of all of whose I in my hereinafter of course by recourse demission me — by the coincidance of their contraries reamalgamerge in that indentity of undiscernibles where the Baxters and the Fleshmans may they cease to bidivil uns and (but at this poingt though the iron thrust of his cockspurt start might have prepared us we are well-nigh stinkpotthered by the mustardpunge in the tailend) this outandin brown candlestock melt Nolan's into peese!
合っているかどうか、現時点では自信が持てません。


2020/07/21

本を読んだというのはどういうことか

正直に書いておきましょう。

清水義範さんの『独断流「読書」必勝法』の目次には、有名な文学作品が並んでいました。『坊っちゃん』にはじまり、『ロビンソン・クルーソー』『伊豆の踊子』『ガリヴァー旅行記』など。目次にタイトルが掲載されている作品を数えると、20個ありました。

その20作品のうち私が読んだことのある作品は3つ、そしてその3つのうち2つは読んだことはあるが内容は覚えていないという状況です。ちなみに清水義範さんの作品を読むのも初めてであると思います。

いま「思います」と書きました。清水義範さんの名前は知っています。知っているということは、ひょっとすると、どこかで作品にも出会っているかもしれません。清水さんの作品であると気づかずに読んでいるものもあるかもしれません。いま覚えていることを書けば、清水さんは文体模写を得意とする作家さんで、ジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』のパスティーシュである「船が洲を上へ行く」という短編を書いています。桃太郎などの昔話を下敷きに、柳瀬尚紀訳『フィネガンズ・ウェイク』の文体模写をしています。

『独断流「読書」必勝法』に挙げられている作品も、その作品名はどこかで聞いたり読んだりしたことがあるものです。目次にはタイトルしか書かれていませんが、それぞれの作者は誰であるかを答えることができます。読んではいませんが、どんな小説なのかいうことができるものもあります。

読んだのに忘れたものがある一方で、読んでいないのに知っているものもある。本を読んでいるとはどういうことでしょうか。読んだのに何も覚えていないときに、その本を読んだといえるのか、読んでいないのにその本について語ることができるとき、その本を読んでいないといえるのか。

そういったことをテーマに、フランスのピエール・バイヤールという人が『読んでいない本について堂々と語る方法』という本を書いています。本を読んでいるかいないかを判断することはむずかしい。他人もさることながら、自分のことでもむずかしいといいます。

バイヤールは、読んでいない本について語る場合の心がまえとして、4つのことを挙げています。「気後れしない」「自分の考えを押しつける」「本をでっちあげる」「自分自身について語る」。読書は、多かれ少なかれ、独断流となります。本について語ることもまた然り。言ったもの勝ちです。

少なくとも文体模写は、その文体を知らないことには模写することはできません。文体模写の名手といわれる清水さんの『独断流「読書」必勝法』にはどのようなことが書かれているのでしょうか。

まだ読んでいません。


狐につままれる

読んでいる文章のなかに「狐につままれたように」とあった。

ん?と思ったが、スルーして読み進める。するとまた「狐につままれた」とある。

狐につままれた?

国語辞典を取り出した。【狐(きつね)】の項を見る。【狐につままれる】という表現が載っていた。「つまむ」には「化かす」という意味もあるらしい。「狐に化かされる」という意味で、「狐につままれる」という。

ずっと「狐につつまれる」だと思っていた。狐が大風呂敷を広げて、亜空間を作り出し、幻影のなかで気づかずに過ごしていることを「狐につつまれる」というと思っていた。

狐につままれて目が覚めた。

2020/07/20

胸に抱くあの日セロリと新左衛門

先日、ブログ記事の最後にこんな言葉を書きました。「こうやって、人は信用をなくしていくものです」と。

この一文は、先日のブログ記事で言及している北村薫さんの『詩歌の待ち伏せ』のなかに現れている文で、その言い回しがおもしろく、使ってみたくなったので使ったものです。

文自体の言い回しが気に入り使ったものなのですが、実際に使われている文脈について、何か洒落を言っているのでしょうがそれがわからず、読み飛ばしても差支えがないところでしたのでスルーしていたのですが、しばらくして気になりはじめたので追いかけてみることにしました。

次のように使われています。
 一般的にいって、セロリは新しい食材でしょう。
「いつ頃、伝来したか知っていますか」
 と、編集者の方に話しました。
「さあ………」
「豊臣秀吉の御側衆が伝えたそうです」
「そうなんですか」
「セロリ新左衛門」
「………」
 こうやって、人は信用をなくして行くものです。
セロリを使った短歌や俳句を紹介し、セロリのイメージについて述べているなかでのことでした。

わかる人にはわかるのでしょう。私はわからない側の人でした。落語を聞いていて、周りの観客が笑っているのに、一人笑っていないような感覚です。電車に乗ろうとホームに着いたときに電車のドアが閉まったような。

キーワードは「新左衛門」と「豊臣秀吉の御側衆」。

確認したところで、そっとウィンドウを閉じました。

読書の記録として

ブログタイトルの説明を変更しました。

テーマを決めることなく自由に綴っていけるようにつけた説明でしたが、最近は、買った本、読んだ本のことばかり書いているので、いっそのこと本を中心にしようと変更しました。
(変更前)
誰かのため、何かのために、役に立つ「かも」しれない事々
(変更後)
本の紹介や感想など、読書生活を中心に、誰かのため、何かのために、役に立つ「かも」しれない事々を綴ります。
だからといって、書く内容が変わるわけではありません。 

理想をいえば、自分の読書記録のデータベースとして活用できるようなサイトにしていきたいとは思っています。

役に立つ「かも」の可能性を高めるように意識はしていきますので、今後ともよろしくお願いいたします。

2020/07/19

可愛い蝸牛考

北村薫『詩歌の待ち伏せ』のなかで、可愛い句に出会いました。江戸時代の俳人、椎本才麿(しいのもと・さいまろ)の句です。
猫の子に嗅れてゐるや蝸牛
《蝸牛》を嗅ぐ《猫の子》、可愛いですね。《蝸牛》は「かたつむり」と読みます。

しかし、続く文章にはっとさせられます。可愛いのは《猫の子》なのか《蝸牛》なのかアンケートを取ったとすると、ほとんど全員が《猫の子》と答えるとした上で、
流れとして、視線は《蝸牛》に収束していきます。そこが焦点となる。季語も《猫》の春ではなく、《蝸牛》の夏です。しかし、読み終えた時、読者の眼というカメラは必然的にぐっと引かれ、再び《猫の子》の方を向いてしまう――と思うのです。生まれて初めて見た不思議な物体に初々しい関心を示す彼の、ひくひくする小さな鼻が見えるようです。ところで、この場合、ピンチに陥っているのは、勿論、後者です。そうなると、《定義》はどうなるのでしょう。
引用文中の《定義》というのは、「可愛い」を国語辞典(『新明解国語辞典 第二版』)で引いた意味のことで、《自分より弱い立場にある者に対して保護の手を伸べ、望ましい状態に持って行ってやりたい感じ》です。「ピンチに陥っているのは」《蝸牛》の方ですので、《猫の子》よりも《蝸牛》の方が弱い立場にある。しかし「可愛い」のは《猫の子》。

私も可愛いと思うのは《猫の子》の方ですので、ここに理屈はいらないのですが、はっとさせられたのは、「視線は《蝸牛》に収束していきます。そこが焦点となる」ということです。私は《蝸牛》に焦点を合わせていなかった。もちろん《蝸牛》はそこにいるのですが、背景の一部となっていました。《猫の子》ばかりに焦点をあてていたのです。

季語が《蝸牛》であることは言われなければわからないことでしたが、句の構造的に《蝸牛》が焦点となるはずなのです。句は「猫の子が嗅いでゐる」とは書かれておらず、「猫の子に嗅れてゐる」と書いているのです。文章として書くならば、「猫の子が蝸牛を嗅いでゐる」のではなく、「蝸牛が猫の子に嗅がれてゐる」のです。前者は、《猫の子》が《嗅ぐ》という行為の主体で、能動態の主語です。後者は、《嗅がれる》という受身で、主語は《蝸牛》です。文法的に焦点が《蝸牛》にあてられているのに、《猫の子》の可愛さに目を奪われていました。

北村さんは「思考は足の遅いランナーです」「《猫クン》を見た瞬間にやって来る微笑みに、追いつくことは出来ません」といいます。

柳田國男が提唱した考えのひとつに『蝸牛考』があります。方言で「カタツムリ」をどのようにいうか(たとえば「デンデン虫」「マイマイ」など)を調査した論文で、その方言の分布が京都を中心として同心円状に広がっていることから、方言周圏論を唱えています。『蝸牛考』は「カギュウコウ」と読みます。『蝸牛考』を読んだことがないので、私の勝手な想像ですが、方言調査ならば別にカタツムリでなくともいいのではないかと思うので、私は勝手に、同心円状のイメージとカタツムリの殻のイメージを重ねるために論文のタイトルを『蝸牛考』としたのではないかと思っています。

《猫の子》が《蝸牛》の臭いを嗅いでいる。これは「蝸牛香」です。

こうやって、人は信用をなくしていくものです。
足の遅いランナーは《猫クン》に追いつくことをあきらめ、別のところへ言葉を放りだします。これを「放言」といいます。


【書名】 詩歌の待ち伏せ
【著者】 北村薫
【出版社】 筑摩書房(ちくま文庫)
【刊行年月日】 2020/7/10
(文藝春秋(文春文庫)より刊行された『詩歌の待ち伏せ1』(2006/2)、『同2』(2006/3)、『同3』(2009/12)の3冊を合本し、加筆訂正を加え文庫化)
【内容】(裏表紙より)
本の達人・北村薫が古今東西、有名無名を問わず、日々の生活の中で出会った詩歌について語るエッセイ集。作品、作家への愛着や思いがけない出会いが、鋭敏な感性や深い想像力とともに丁寧に穏やかに語られるとき“詩歌”の世界の奥深さと溢れる愛情を感じずにはいられない。これまで分冊で刊行されてきたものを1冊に合本し、〈決定版〉としてよみがえる。解説 佐藤夕子

出会えなかったかもしれない

引き続きこの口調で文章を綴っていきたいと思います。

北村薫さんの『詩歌の待ち伏せ』の冒頭は、こんな文章ではじまっています。
『詩歌の待ち伏せ』が、一冊本としてよみがえります。
最初読んだときには単に文庫化されたんだという意味で読んでいましたが、昨日この本のことについて書いていると、あらためて考えさせられました。

いま手元にある『詩歌の待ち伏せ』は、先日書店で見かけて購入したもので、筑摩書房(ちくま文庫)から発行されたばかりの本です。2020年7月10日の発行となっています。以前は3分冊となって刊行されていましたが、その3冊が合本されて発行されたので「一冊本としてよみがえります」と書かれています。

以前の3分冊版は手元にありませんし、そもそも北村さんがこのような本を出版していることすら知りませんでした。ちくま文庫版が書店に並んでいることで読んでみようと思ったしだいです。

ちくま文庫版には「本書は文藝春秋より刊行された『詩歌の待ち伏せ1』(文春文庫 2006年2月)、『同2』(同年3月)、『同3』(2009年12月)の三冊を合本し、加筆訂正を加え文庫化したものです」と書かれていました。インターネットで調べたところ、文藝春秋からは単行本として『詩歌の待ち伏せ』(上・下)、『続・詩歌の待ち伏せ』が出版されていました。発行は、上巻2002年6月、下巻2003年10月、『続』は2005年4月です。おそらくは雑誌に連載されたものをまとめたもので、上・下巻のあと『続』との間が空いているのは中断期間があったからではないかと思います。(最初は『オール讀物』2000年2月号から連載されていたもののようです。掲載月号の詳細は未確認)

雑誌掲載から単行本として刊行、そして文庫化というのは珍しくない流れで、分冊を合本化することや、逆に分冊化されること、また版元が変わることも珍しいことではありません。ただ、――よみがえるのが早すぎではないですか――と思ってしまいました。

よみがえってくれたことは嬉しいことです。そのおかげで私はこの本を手に取ることができ、紹介されている詩歌の待ち伏せに楽しませてもらっています。しかし、よみがえるということは、その前に一度死んでしまったということです。つまり、よみがえるのが早すぎではなく、――死ぬのが早すぎではないですか――ということです。

文春文庫版(3分冊版)の3巻目の発行は2009年12月。ちくま文庫版が2020年7月。この約10年の間に一度死んでしまったということになります。良書であるからよみがえったのでしょうが、良書にもかかわらず10年ほどの命だったと考えると、少し悲しくなりました。

もちろん完全に死んでしまったわけではなく、本を持っている人は持っているでしょうし、図書館などにも存在しているでしょう。どこかしらで生きのびてはいます。また、本になることなく現れては消えていく文章もあるなかで、単行本化され、文庫化され、再度刊行されること自体が良書であることの証であり、本の命が続いていることの現れであると考えることもできます。

とすれば、悲しくなったというのは、ここで出会えてよかったということの裏返しです。出会えてよかったと思っているからこそ、出会えなかったかもしれないことを考えたときに悲しくなるのではないでしょうか。

これは本のことだけではなく、人についてもいえるのかもしれません。別れがつらい、悲しいのは、その人に出会えてよかったと思っているからではないかと思うのです。


【書名】 詩歌の待ち伏せ
【著者】 北村薫
【出版社】 筑摩書房(ちくま文庫)
【刊行年月日】 2020/7/10
(文藝春秋(文春文庫)より刊行された『詩歌の待ち伏せ1』(2006/2)、『同2』(2006/3)、『同3』(2009/12)の3冊を合本し、加筆訂正を加え文庫化)
【内容】(裏表紙より)
本の達人・北村薫が古今東西、有名無名を問わず、日々の生活の中で出会った詩歌について語るエッセイ集。作品、作家への愛着や思いがけない出会いが、鋭敏な感性や深い想像力とともに丁寧に穏やかに語られるとき“詩歌”の世界の奥深さと溢れる愛情を感じずにはいられない。これまで分冊で刊行されてきたものを1冊に合本し、〈決定版〉としてよみがえる。解説 佐藤夕子


北村薫『詩歌の待ち伏せ』

本を読んでいると、その著者の語り口が移ってきたように思うときがあります。本を読みながら考えごとをしていると、ふと作者の口調や言葉遣いで考えていることに気づくのです。今回は、そんな余韻に浸りながら書き連ねていきたいと思います。

最近、少しずつではありますが、北村薫さんの『詩歌の待ち伏せ』を読んでいます。

詩、短歌、俳句などの詩歌について、私はどちらかといえば敬遠していました。何となくいいなと思うものもあれば、よくわからないというものもある。感性が豊かでないと味わえないものではないか。感受性の乏しい私が、詩歌を味わうことは難しいだろう。そのように思い、詩人の感覚や物事の捉え方、言葉の使い方などにあこがれはするものの手の届かぬところにある気がして、なかなか手が出ないのです。

北村さんは、詩歌が待ち伏せをしているといいます。
心魅かれる詩人がいたら、そういう『詩集』で読むのが本筋です。
しかしながら、いきなり、そこに行く読者も少ないと思います。きっかけが必要です。まず、どこかでちらりと出会うのだと思います。
(……中略……)
小説以上に、詩や短歌、俳句は、こういう偶然の出会いから、それぞれにとって大事なものとなることが多いのではないでしょうか。わたしなどは、系統立ててというより、その時々、手に触れたものを読んで行く方だから、なおさらです。
そういったように、いわば心躍る待ち伏せをして、否応無しにわたしを捕らえた詩句について、ここで述べてみたいのです。 
この本は、北村さんが、待ち伏せをしている詩歌に出会い、捕らえられたときの体験をつづったエッセイ集です。

もし、詩歌が待ち伏せをしているならば、手が出ないといって敬遠していると、出会うことはありません。すべての詩歌が私を待ち伏せしているとは言えないでしょうが、私を待ち伏せしている詩歌はひとつもないと言い切ることもできません。

思えば、私の好きな作家とかアーティストとかそういう人たちの作品も、たとえば小説ならばその小説の一部とどこかでちらりと出会い、その小説を読んでみたくなり、その人が書いた他の小説も読んでみたくなり、と広がってきました。詩歌を別物とする理由はありません。

本を読むことの意味の幅が広がります。本を読むことは、その本の作者と出会い、会話することですが、その作者の友人知人と出会うことでもあります。人と人の間に言葉があるのと同じように、本もそこにあるのです。

北村さんの『詩歌の待ち伏せ』に載っている詩歌やその作者の方々について、私はほとんど知りませんでした。しかし、北村さんを介して語られることで、詩人と呼ばれる方々、そしてその作品たちの人柄を少し垣間見ることができました。

読んだのは半分ほどですので、これからまた、まだ出会ったことのない詩歌に出会えるのが楽しみです。


【書名】 詩歌の待ち伏せ
【著者】 北村薫
【出版社】 筑摩書房(ちくま文庫)
【刊行年月日】 2020/7/10
(文藝春秋(文春文庫)より刊行された『詩歌の待ち伏せ1』(2006/2)、『同2』(2006/3)、『同3』(2009/12)の3冊を合本し、加筆訂正を加え文庫化)
【内容】(裏表紙より)
本の達人・北村薫が古今東西、有名無名を問わず、日々の生活の中で出会った詩歌について語るエッセイ集。作品、作家への愛着や思いがけない出会いが、鋭敏な感性や深い想像力とともに丁寧に穏やかに語られるとき“詩歌”の世界の奥深さと溢れる愛情を感じずにはいられない。これまで分冊で刊行されてきたものを1冊に合本し、〈決定版〉としてよみがえる。解説 佐藤夕子

2020/07/17

燕の尾話

英語の tale と tail は、片仮名で書くと、ともに「テイル」と発音するため、しばしば言葉遊びに用いられる。すぐに思い出されるものは、キャロルの『不思議の国のアリス』にある鼠の尾話である(訳文は柳瀬尚紀訳)。
“Mine is a long and a sad tale!” said the Mouse, turning to Alice, and sighing.
“It is a long tail, certainly,” said Alice, looking down with wonder at the Mouse’s tail: “but why do you call it sad?”
「悲しい長いお話でなあ」鼠はいい、アリスを振り向いて溜息をついた。
「長い尾は無しですって、あんなに長い尾なのに」アリスは鼠の尻尾を先までしげしげと眺めた。「どうして悲しいなんていうんですか?」
引用した箇所は第3章で、章題は A Caucus-Race and a Long Tale である。柳瀬はこれを「コーカス競争と長い長い尾話」と訳している。tale と tail で「尾話」である。

これから書いていくことは、燕の尾話である。 

「スワロウテイル」は、swallowtail と綴る。「揚羽蝶(アゲハチョウ)」のことである。swallowtail は swallow tail で、swallow は「燕(ツバメ)」、tail は「尾」、つまり「燕の尾」という意味である。燕の尾のような羽の蝶が揚羽蝶である。

「燕尾服」という服がある。燕の尾のかたちをした服で「モーニング」とも呼ばれる。「燕尾服」を英語でいうと swallow-tailed coat で、swallow-tailed coat を訳して「燕尾服」としたともいわれている。しかし、今野真二『振仮名の歴史』を読んでいると、次のような文章に出会った。
この「燕尾服」は「swallow-tailed coat」という英語をそのまま日本語に訳したものだといわれている。しかし「エンビ(燕尾)」という漢語は日本語の中でわりあいと古くから使われており、直訳からできた語と断言しない方がよいようにも思う。
ここでいわれていることは、swallow-tailed は「燕の尾のかたちをした」だから「燕尾」という漢語を作って訳したというわけではなく、もともと「燕尾」という漢語があって、ちょうど swallow-tail(ed) に当てはまった可能性があることを述べている。

ためしに手元の漢和辞典で「燕」を引いてみた。「燕」の項には、「燕尾」や「燕尾服」は載っていなかったが、「燕服」という単語が載っていた。「宴服」「讌服」とも書くようで「日常、くつろいだときに着る衣服。普段着」と書いてある。「讌」には「酒盛り、宴会」のような意味がある。「燕」という漢字は鳥である「ツバメ」の意味もあるが、「くつろぎ落ち着いて酒食を楽しむ(こと)」という意味もある。「ゆったりと落ち着く」とか「うちとける」という意味もある。そのため「燕」を、「宴」の字に当てたり「安」の字に当てたりすることもある。

ツバメの特徴のひとつは尾のかたちで、二股に分かれている。swallowtail「燕尾」とはこのかたちを意味していて、裾の後ろが燕の尾のように二股になっている服が swallow-tailed coat「燕尾服」である。「燕服」が普段着であることを考えると、「燕尾服」は燕の格好をしようと努力しているようにも思う。揚羽蝶も燕のようになりたいと思っているのかもしれない。

先に『振仮名の歴史』からの引用を挙げたが、ここには振仮名の例として「燕尾服」などが載っていたわけではない。ここで載っていたのは、「断後衣」という漢字に「テイルコート」と振仮名が付けられていることである。現在、振仮名は通常、縦書きであれば、漢字の右側に書かれているが、「テイルコート」は左側に付いている。1876年(明治11年)に出版された丹羽純一郎(訳)『龍動新繁昌記』(「龍動」は「ロンドン」と読む。ジョン・マレイ著『Handbook to London as it is』の翻案書)という本の中の例で、この本では漢字の左右に振仮名が付いていて、右振仮名が読み、左振仮名が外来語の振仮名であるという。「断後衣」には右振仮名がなかった。
これは翻訳のためにつくった、漢字による書き方であることを示唆しているのではないだろうか。だから「読みとしての振仮名」を付けなかった。つまり「ダンゴイ」という語は安定してみんなが使うような語ではなかった。もしかすると、ここだけにしかみられないかもしれない。
「テイルコート」は tail coat で、swallow-tailed coat つまり「燕尾服」のことである。今では「燕尾服」という服も言葉も知っているから tail coat は「燕尾服」のことだとわかるが、明治11年ということは、開国後、外国(欧米)の文化が押し寄せている時代である。そこに tail coat なる服があり、もちろん日本にはないかたちの服であるのでそれをどのように訳そうかと考えた結果が「断後衣」であると思われる。『振仮名の歴史』の中には書かれていないが、「断後衣」は「裾の後ろが二股に分かれている(断たれている)衣」という意味で付けられたのだろう。tail coat だけでは、ここの tail は swallow-tail の略であることを知ることは難しく、当然「燕尾」という訳語を思いつくことも難しい。

ちなみに英語の swallow には「ツバメ」の他に、「飲み込む」という意味もある。「ツバメ」と「飲み込む」の関係が薄いのか、手元の英和辞典では、「飲み込む」という意味の swallow と「ツバメ」という意味の swallow は、別項目として掲載されている。また、日本語に「飲み込む」という意味で「嚥下」という漢語があり、「嚥」という字に「燕」が入っているのだが、手元の漢和辞典で「嚥」の字義をみると「燕は音符で、ツバメという意味とは関係がない。咽と同じ」とあった。


2020/07/16

金田一春彦『ことばの歳時記』

まだ全部は読んでいない。1月1日から12月31日までの365日分、365語(+α)の項目が載っているので、当日部分を中心に少しずつ読んでいる。1語につき1頁ほどの文量だ。

本日7月15日の項目は「そうめん」。夏の食の代表的なもののひとつである。しかし「ことばの歳時記」であるので、食べ物の「そうめん」のことというよりは、「そうめん」という言葉についての内容である。

「そうめん」は、漢字で「素麺」と書くが、もともとは「索麺」と書いていた。誰かが「索麺」を「素麺」と書き間違えたところ、それが広まったということが書かれていた。今の観点から見ていることも関係しているかもしれないが、「素の麺」というのは「そうめん」にふさわしい漢字がする。

「そうめん」に関することはこれだけだが、その他、下記誤った漢字が現在も使われている例が3つ書かれていた。「有職(ユウソク)」「一丁字(イッテイジ)」「不入斗(イリヤマズ。地名)」。


【書名】 ことばの歳時記
【著者】 金田一春彦
【出版社】 新潮社(新潮文庫)
【発行年月日】 1973(S48)/8/30
(1965年1月から12月まで、東京新聞と中部日本新聞の夕刊に「ことば歳時記」として書かれたもの。翌年1966年に文藝春秋より『ことばの博物誌』と題して単行本として出版。文庫化の際、『ことばの歳時記』に改題)
【内容】(カバー裏表紙より)
移りかわる日本の美しい四季折々にふれ、ある日は遠く万葉の時代を回顧し、ある日は楚々とした野辺の草木に想いをはせ、ある日は私達が日常生活の中で何げなく使っている言葉の真意と由来を平易明快に説明する――。著者のユニークな発想と深い学識によって捉えられ選ばれた日本語の一語一語が、所を得てみずみずしく躍動し、広い視野と豊かな教養をはぐくむ異色歳時記である。

2020/07/15

復本一郎『俳句実践講義』

復本一郎『俳句実践講義』(岩波現代文庫)を読んだ。俳句とはどのような文芸なのかということが俳句の成立の歴史から述べられており、これまでよりも俳句が楽しめそうな気がする。俳句とは、五・七・五の十七文字で表す詩で、季語を入れるという基本的なルールくらいは知っていたが、俳句の良し悪しはどのように判断すればよいのかはあまりわかっていなかった。しかし、この本を読むことで、特に「切れ」について学ぶことで、俳句に対する理解が深まったように思う。「キレがある」という言い方があるが、もしかすると俳句の「切れ」が語源ではないかと思えた。

俳諧・俳句では「切字」が重視されていた。たしかに学校の授業で「切字」というものがあるということは聞いたことがあったが、その機能、役割については全く認識していなかった。この本では、なぜ「切字」が重視されていたのかについて、俳句成立の歴史的な背景とともに、大学生の実作の評価も加えて丁寧に解説されており、俳句が何を目指して発展してきたのかということの理解が深まった。

俳句とは、2つの世界のぶつかり合いだという。「二つの世界が一句の中でぶつかり合って、一つの世界へと融合するのです。二つの事物・事象の「とり合」(取合せ)によってもたらされる「行てかへる」構造を持った五・七・五の十七音(文字)の世界が発句ということになります」という。二つの世界のうちのひとつは、いわば「季語」の世界。「季語」にはその季語がもつ季節感はもちろん、これまでに歌などで読まれてきたイメージ・印象がある。「雅」の世界ともいえる。その世界に、「俗」の世界、身近なあるいは個人的な事物・事象を取り合わせることでぶつかり合い、融合するというということである。まだ上手く説明はできないが、数学で接線(あるいは接点)を求めるような感覚ではないかと思う。

俳人の夏井いつきさんが、季語の入っていない十二音のフレーズ(「俳句の種」と呼んでいる)と五音の季語を合わせたら俳句になるとYouTubeで言っていた。「切れ」を理解することで、この意味するところがより理解できたように思う。


僕は、これまで俳句を作ろうとすると、季語を探してそこからイメージを広げるというようなやり方をしてきた(してきたというほど俳句を作ったことはないけれど……)。それだとありきたりな陳腐な表現、そして月並になりがちであることも理解できた。

月並については、迷亭が「まず年はニ八か二九からぬと言わず語らず物思いの間に寝転んで居て、此日や天気晴朗とくると必ず一瓢を携えて墨堤に遊ぶ連中」であるとか、「馬琴の胴へメジヨウ、ペンデニスの首をつけて一二年欧州の空気で包んで置く」とできるとか、「中学校の生徒に白木屋の番頭を加えて二で割ると立派な月並が出来上がります」とか言っているので参考にしてほしい。


【書名】 俳句実践講義
【著者】 復本一郎
【出版社】 岩波書店(岩波現代文庫)
【発行年月日】 2012/5/16
(2003年4月、岩波書店より単行本で刊行されたものを文庫化)
【内容】(裏表紙より)
大学生への俳句の実作指導を通して、俳諧・俳句文学の歴史と理論、その味わい方を、具体的かつわかり易く講義する。近世の芭蕉、鬼貫、去来、土芳、近代の子規、虚子、さらに現代俳句の日野草城にいたる代表的な俳論、俳句を広く紹介して、俳句文芸の骨格たる「切字」「季語」「取合せ」「写生」などをテーマにして、俳句の独自性と勘所、その奥深い魅力を解説する。

2020/07/14

猫事記

吾輩はネコである。名前はまだ無い。

どこで生まれたか混沌と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所で名ー無ー泣いていたことだけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。この書生というのは時々我々を捕らえて煮て食うという話である。しかしその当時は何という考えもなかったから別段恐ろしいとも思わなかった。ただ彼の掌に載せられてスーと持ち上げられた時何だか浮羽浮羽した漢字があったばかりである。掌の上で少し落ち着いて書生の顔を見たのが所謂人間というものの見始めであろう。

この書生の掌の内でしばらくはよい心持ちに坐っていたがしばらくすると非常な速力で運転し始めた。書生が動くのか自分だけが動くのか分からないが無暗に眼が廻る。胸が悪くなる。到底助からないと思っているとどさりと音がして右眼から日がでた。それまでは記憶しているがあとは何の事やらいくら考えだそうとしても分からない。

ふと気が付いて見ると書生はいない。沢山おった兄弟が見えぬ。肝心の母親さえ姿を隠してしまった。そのうえ今までの所と違って無暗に明るい。眼を明いておられぬ位だ。果てな何でも様子が可笑しいと淤能語呂と這い出して見ると非常に痛い。吾輩は急に葦原の中に棄てられたのである。

漸くの思いで這い出すと向こうに大きな柱がある。余は柱の前に坐ってどうしたらよかろうと考えて見た。別にこれという分別も出ない。暫くして泣いたら書生がまた迎えに来てくれるかと考え付いた。試みにやって見たが誰も来ない。そのうちさらさらと風が渡って日が暮れかかる。腹が非常に減って来た。いざ泣きたくても声が出ない。仕方がない何でもよいから食物のある所まで歩こうと決心をしてそろりそろりと柱を左に廻り始めた。どうも非常に苦しい。そこを我慢して無理やりに這って行くと何となく人間臭い所へ出た。ここへ這入ったらどうにかなると思ってもぐり込んだ。ここで余は書生以外の人間を再び見るべき機会に遭遇したのである。大地にあったのがお産である。我輩を見るや否やいきなり「あなにやし、えをとこを」と頸筋をつかんで地表へ抛り出した。いやこれは駄目だと思ったから眼をねぶって運を天に任せていた。何でも同じ事を繰り返したのを記憶している。吾輩が最後につまみ出され様としたときに主人が騒々しい何だといいながら出て来た。主人は鼻の下の黒い毛を撚りながら吾輩の顔をしばらく眺めておった。やがて「女の先だち言いしに因りて良はず、亦還り降りて改め言え」と云った。

ちくま文庫のシェイクスピア全集(2020年7月時点)

松岡和子訳シェイクスピア全集(ちくま文庫)の一覧を更新(2020年7月時点)。
以前の投稿に、『ジョン王』を追加した。

英語での原題とシェイクスピアの執筆時期は、Wikipedia「シェイクスピア」の項を参照(Wikipediaは『リヴァーサイド版シェイクスピア』による)。記載順はちくま文庫のシェイクスピア全集での順番。英語原題のあとが執筆時期。日本語タイトルの後ろはちくま文庫版の出版年月。
  1. Hamlet(1600-01)
    ハムレット(1996年1月)
  2. Romeo and Juliet(1595-96)
    ロミオとジュリエット(1996年4月)
  3. Macbeth(1606)
    マクベス(1996年12月)
  4. A Midsummer Night's Dream(1595-96)、Comedy of Errors(1592-94)
    夏の夜の夢・間違いの喜劇(1997年4月)
  5. King Lear(1605)
    リア王(1997年12月)
  6. Twelfth Night, or What You Will(1601-02)
    十二夜(1998年9月)
  7. Richard III(1592-93)
    リチャード三世(1999年4月)
  8. The Tempest(1611)
    テンペスト(2000年6月)
  9. The Merry Wives of Windsor(1597)
    ウィンザーの陽気な女房たち(2001年5月)
  10. he Merchant of Venice(1596-97)
    ヴェニスの商人(2002年4月)
  11. Pericles, Prince of Tyre(1607-08)
    ペリクリーズ(2003年2月)
  12. Titus Andronicus(1593-94)
    タイタス・アンドロニカス(2004年1月)
  13. Othello(1604)
    オセロー(2006年4月)
  14. Coriolanus(1607-08)
    コリオレイナス(2007年4月)
  15. As You Like It(1599)
    お気に召すまま(2007年6月)
  16. Love's Labour's Lost(1594-95)
    恋の骨折り損(2008年5月)
  17. Much Ado About Nothing(1598-99)
    から騒ぎ(2008年10月)
  18. The Winter's Tale(1610-11)
    冬物語(2009年1月)
  19. Henry VI(1589-91)
    ヘンリー六世 全三部(2009年10月)
  20. Taming of the Shrew(1593-94)
    じゃじゃ馬馴らし(2010年8月)
  21. Antony and Cleopatra(1606-07)
    アントニーとクレオパトラ(2011年8月)
  22. Cymbeline(1609-10)
    シンベリン(2012年4月)
  23. Troilus and Cressida(1601-02)
    トロイラスとクレシダ(2012年8月)
  24. Henry IV(1596-98)
    ヘンリー四世 第一部、第二部(2013年4月)
  25. Julius Caesar(1599)
    ジュリアス・シーザー(2014年7月)
  26. Richard II(1595)
    リチャード二世(2015年3月)
  27. The Two Gentlemen of Verona(1594)
    ヴェローナの二紳士(2015年8月)
  28. Measure for Measure(1604)
    尺には尺を(2016年4月)
  29. Timon of Athens(1607-08)
    アテネのタイモン(2017年10月)
  30. Henry V(1599)
    ヘンリー五世(2019年1月)
  31. Henry VIII(1612-1613)
    ヘンリー八世(2019年12月)
  32. King John(1594-96)
    ジョン王(2020年6月)
残り作品(戯曲)は、『終わりよければすべてよし』『二人のいとこの貴公子』の2作。この2作を訳し終えると、個人でのシェイクスピア戯曲の全訳は、坪内逍遥、小田島雄志に続いて3人目。

2020/7/13購入本

先日買った本をまだ読み終えてもいないのに、また本を買ってしまった。衝動買いの感がある。目的の本だけにすべきだったのかどうかは読後の楽しみといったところ。

●シェイクスピア『ジョン王』(ちくま文庫)
 今回書店に行った目的はこの本を買うことだった。松岡和子訳のシェイクスピア全集の最新刊(全集32)である。以前にも書いたことがあると思うが、本を読みはじめた頃に全集1として『ハムレット』が発刊され、そこから新しく発刊されるたびに買いそろえている(買いそろえているというのは、買っただけで読んでいないのもあるから……)。個人によるシェイクスピアの戯曲全訳まで、あと2作。

●ジョイス『ダブリナーズ』(新潮文庫)
 先日買った『ダブリン市民』は(もちろん)まだ読めていない。今回買ったのは柳瀬訳の方。どうせ買うなら今日買っておこうと思い購入。

●復本一郎『俳句実践講義』(岩波現代文庫)
 俳句に興味が出てきたので、俳句についてもう少し知りたいと思い選んだ本。俳句の作り方というようなハウツー系の本はたくさんあり、俳人や有名な俳句の紹介や解説の本もたくさんあったが、その両方を満たすようなものはないかと探したところ、この本が目についた。購入後、さっそく読みはじめ、まだ途中ではあるが、俳句の成立の歴史から実践の方法まで載っていて、学術的な俳論入門といった感じで、自分にとっては好みの書。読み進めていきたい。

●北村薫『詩歌の待ち伏せ』(ちくま文庫)
 北村薫さんの本をいくつか読んだことがある。ミステリの「円紫さんシリーズ」と『盤上の敵』、そして『謎物語』というミステリに関するエッセイ。もと国語の先生だったと記憶している。詩歌に対して、僕はよくわからないことがおおく、北村さんの感受性のようなものは持ち合わせていないので、触れておきたいと思い購入。

●グレアム・ウォーラス『思考の技法』(ちくま学芸文庫)
 帯に、ジェームス・ヤングの『アイデアのつくり方』の源泉となった本、という文句にひかれて購入。発想法・発見法の類の本は結構好きでいろいろと読んできている(実践できていないのが玉に瑕……)ので、その源泉となれば読んでみたいと思った。

●今野真二『振仮名の歴史』(岩波現代文庫)
 以前見かけたとき購入をためらった本。今回また目に留まり、再三気にするならば、と購入。以前にもどこかに書いたかと思うが、僕の本の買うときのルールというか、迷ったときの基準として、その本の奥付を見て初版初刷りであれば買うということにしている。この岩波現代文庫は2020年3月刊で第1刷であった。
 以前は集英社新書で2009年7月に発行されていて、岩波現代文庫への収録の際に、「補章」と「現代文庫版あとがき」が追加されているとのこと。

●セバスチアン・ジャプリゾ『シンデレラの罠』(創元推理文庫)
 『物語の詩学』(だったか、『ミステリの詩学』だったか)という本で知った本。一人四役(探偵、被害者、記述者、犯人、だったか)のミステリということでいつかは読んでみたいと思っていたもの。たまたま目につき、他にも多数の本を購入しようとしていたので、この際一緒に買っておけと、今日買った本のなかでは衝動買いというのにふさわしい。

2020/07/13

旗艦店

WEB記事で「旗艦店」という語が目に留まった。「キカンテン」と読む。目に留まった理由は次のように思ったからだ。――はて、漢字が違っているのではないか、「仕事」を「志事」と書く人もいるから、こんな風に「旗艦店」と書いたのかな、と。

結論からいうと、僕の認識が誤っていた。僕は「キカンテン」は「基幹店」と書くものと思っていた。幸いにも、これまで「キカンテン」と書く機会はなく、会話の中にも「キカンテン」が出てくるような話題はなかったから、認識の誤りを指摘されることはなかった。

「旗艦店」は、英語 flagship shop の訳であるということを知った。「販売の拠点となる中心店舗。多店舗展開をしているグループ店の中でも、とりわけ力を注ぎ、ブランドの浸透を図るための店。店舗展開を艦隊に見立てた語」であるらしい(weblio辞書「旗艦店」コトバンク「旗艦店」)。

意味的には「基幹店」でも間違ってなさそうであるが、もととなる英語があるということは「旗艦店」の方がもともとの漢字であろう。冒頭の「シゴト」の漢字の例でいえば、「仕事」にあたるのが「旗艦店」である。

「旗艦」とは「司令官(司令・司令長官などを含む)やその幕僚が座乗し、指令・命令を発する艦を指す海軍用語」であるらしい(Wikipedia「旗艦」)。経営論や企業論では軍事用語がよく使われる。旗艦店が向かっているのは「レッドオーシャン」か「ブルーオーシャン」か。

2020/07/12

星新一(訳)『竹取物語』

先日、購入した星新一(訳)『竹取物語』を読んだ。

ストーリーは原文に忠実に訳されているが、章の終わりごとに「ひと息」と断りをつけて、星さんの解説・感想が挟まれていること、そして「竹カンムリ」の漢字が出てくるごとに一言加えられているのがおもしろい。たとえば、冒頭はこんな風にはじまる。
 むかし、竹取じいさんと呼ばれる人がいた。名はミヤツコ。時には、讃岐の造麻呂と、もっともらしく名乗ったりする。
 野や山に出かけて、竹を取ってきて、さまざまな品を作る。
 笠、竿、笊、籠、筆、箱、筒、箸。
 筍は料理用。そのほか、すだれ、ふるい、かんざし、どれも竹カンムリの字だ。
 自分でも作り、職人たちに売ることもある。竹については、くわしいのだ。
竹カンムリの漢字を確認したくなってくる。たとえば引用文の「すだれ」「ふるい」「かんざし」を漢字で書くと「簾」「篩」「簪」となり、竹カンムリの漢字である。

巻末には『竹取物語』の原文が載っているのもうれしいところ。

引用文の個所のつづきの原文は「その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける」で、筋も竹カンムリの漢字であるが、訳中では触れず、章末の「ひと息」で触れている。物語の雰囲気を壊さないように配慮しているのだろう。

「もと光る竹」ということで、「竹カンムリ」に「光」という漢字はないかと漢和辞典をぱらぱらとめくったが、発見できなかった。

代わり、というわけではないが「簧」という漢字を見つけた。「竹カンムリ」に「黃(黄の旧字体)」で、「コウ」と読む。そして「黄」のもともとの意味は「四方に広がる光」である。「もと光る竹」を「簧」と読めばどんな物語になるか。ちなみに「簧」は「笙などの穴の所にあって、吹いて振動させて音を出すもの。笛の舌。リード」と漢和辞典にあった。竹取の翁が、リードを発明し、大金持ちになったような話を想像する。竹取の翁は家具屋のおやじにしようか、家具屋から楽器店に業態転換したところでツキがなくなるとか、変な想像を膨らませる。

こんな想像をさせてくれて、読んでよかったと思う。


(以下、書誌情報)
購入した文庫本は1987年8月発行のもの。下記Amazonリンクは2008年7月発行の改版。Amazonリンクの下にある書誌情報は1987年版に基づく。

 

【書名】 竹取物語
【訳者】 星新一
【出版社】 角川書店(角川文庫)
【発行年月】 1987(S62)/8/10
【内容】(カバー見返し)
 『竹取物語』の大筋については、ほとんどの日本人が知っている。それほどポピュラーなこの物語が、世界で最も古い「SF」ではないかといわれている。アポロ宇宙船が月に到達して、人類が初めて地球以外の地に立ったのは、ついこの前のことだ。それよりも、何と1000年以上も前の日本に、月からやって来た美しい人がいた――という発想にはあらためて驚かされる。
 SF界の第一人者が、わかり易い文章で、忠実に「古典」の現代語訳にいどんだ名訳! 章の終わりごとに書き加えられた訳者の“ちょっと、ひと息”が、この物語の味わいを、いっそう引きたてている。

2020/07/11

2020/7/11購入本

しばらく降り続いた雨が止み、日中には晴れ間が差し、ふと気づくと蝉の声が聞こえる。梅雨明けはまだであろうが、夏の盛りに近づいていることを感じる。

漱石の全集でいろいろなところを拾い読みしていることもあり、最近、俳句に興味を持ちはじめた。蝉の声が聞こえたことで、よし一句つくってみるかと意気込むものの、すぐに出てくるわけではない。

ただ、今年初めての蝉の声ではないかと思い、「初蝉」という言葉が浮かんだ。おそらく「初蝉」は季語にあるだろう。WEBで検索してみると「初蝉」はやはり夏の季語としてあり、読みとしては「はつぜみ」が主流であるようである。「初蝉」という語が浮かんだときには「はつせみ」と読んでいた。読み方に正解不正解はなさそうだが、実際に「初蝉」という言葉があること、そして「はつぜみ」と読むことを確認することができた。

自転車で、少し遠いところにあるブックオフに出かけた。手頃なサイズ、価格の『歳時記』があったらいいなと思ったからである。近くの本屋で売っているのだが、いまのところちょっと俳句に興味を持ちはじめたというところであり、きちんとした『歳時記』を定価で買っておこうという気にはまだなっていないというところである。

今日のブックオフには『歳時記』はなかった。ひととおり店内を歩き回る。『歳時記』の代わりではないが、いくつか文庫本を購入した。以下、購入した本の記録として。当然ながら、まだ読んでいない。

●金田一春彦『ことばの歳時記』(新潮文庫)
 『歳時記』目的で訪れたこともあり、代わりではないが『ことばの歳時記』を見つけた。目次をみると、1日1語、365日分あるようである。季語ではなさそうな言葉も挙げられているので、俳句用ではないと思う。ブログのネタがないときに使ってみることができそうである。

●星新一(訳)『竹取物語』(角川文庫)
 今日の掘り出し物といった感。『竹取物語』は、いろいろな人が現代語訳をしていて、川端康成や星新一も訳しているということを何かで読んで知っており、機会あれば、だれがどんな風に訳しているのか読み比べてみるのもおもしろいかもしれないと思ったことがあった。SF、ショートショートで著名な星新一がどのように訳しているかが読みどころ。

●松浦弥太郎『最低で最高の本屋』(集英社文庫)
 松浦弥太郎のエッセイは丁寧でやわらかいが芯がある感じがして好きである。まだ読んだことのない本であったので購入。

●清水義範『独断流「読書」必勝法』(講談社文庫)
 ジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』やその関連本を読んでいるなかで、清水義範が柳瀬訳『フィネガンズ・ウェイク』の文体で短編小説(「船が洲を上へ行く」)を書いたという話があった。それが収録されている短編集はなかったが、なんとなくおもしろそうなタイトルだったので購入。

●ジョイス『ダブリン市民』(新潮文庫)
 まだ少し先になりそうだが、ジョイスの『ユリシーズ』を読んだ後、同じジョイスの『ダブリナーズ』を読もうと思っていた。そのときは柳瀬訳の『ダブリナーズ』を購入予定であるが、今日この新潮文庫の『ダブリン市民』を見つけたときに、ひょっとするとこの『ダブリン市民』(安藤一郎訳)は絶版となっているのではないかと思い購入。柳瀬訳『ダブリナーズ』は新潮文庫から出ている。

●立川志の輔(選・監修)『古典落語100席』(PHP文庫)
 落語の簡易な辞典として使えないかと購入。落語は話芸であるので、落語を楽しむには寄席で聞くのが一番だとは思っているが、いまのところは大まかな知識として落語を知っておきたいというところ。漱石の『吾輩は猫である』など、落語を知っていればもっと楽しめるのではないかという思いから。

●正岡子規『仰臥漫録』(岩波文庫)
 漱石、俳句とくれば、正岡子規が連想される。俳句の良し悪しはわからないし、岩波文庫なので、逐一詳しい句釈があるわけでもないだろうから、あまり目を通さない可能性はある。110円本にあったので購入。

●大江健三郎『あいまいな日本の私』(岩波新書)
 大江健三郎がノーベル賞を受賞したときだったと記憶しているが、その講演が「あいまいな日本の私」というタイトルで、新聞に全文が掲載されていた。当時の新聞の切り抜きがまだあると思う(捨ててなければ)。その講演が著作になったものだと思い購入。

夜になると、また雨が降りはじめた。雨の音が大きくなる。もしかすると、今日が初蝉ではなく、すでに鳴いていたのかもしれないが雨の音でかき消されていたのかもしれないとも思った。
雨音散り初蝉の声散り散りに
俳句らしくひねり句練り出してみたものの、情景としてはぱっとしない。

2020/06/29

夏目漱石『虞美人草』のホトトギス

前回のつづき)

『虞美人草』におけるホトトギスの表記について。まずは該当箇所を引用する。
④27(『虞美人草』2の2)
「ぢや、斯んな色ですか」と女は青き畳の上に半ば敷ける、長き袖を、さつと捌いて、小野さんの鼻の先に翻へす。小野さんの眉間の奥で、急にクレオパトラの臭がぷんとした。
「え?」と小野さんは俄然として我に帰る。空を掠める子規の、駟も及ばぬに、降る雨の底を突き通して過ぎたる如く、ちらと動ける異しき色は、疾く収まつて、美くしい手は膝頭に乗つてゐる。脈打つとさへ思へぬ程に静かに乗つてゐる。
④233(『虞美人草』12の7)
「昨夕行つたつて?」と小野さんの眼は一時に坐る。
「ああ」
小野さんはああの後から何か出てくるだらうと思つて、控へてゐる。時鳥は一声で雲に入つたらしい。
「一人で行つたのかい」と今度は此方から聞いて見る。
「いいや。誘はれたから行つた」
甲野さんには果して連があつた。小野さんはもう少し進んで見なければ済まない様になる。
④27では「子規」、④233では「時鳥」が使われている。どちらも地の文で、実際のホトトギスの描写ではなく、喩えとしてホトトギスが登場している。

④27は、小野さんと女の会話の場面。ここではまだ名前が出ていないが、この女は藤尾である。④233は、小野さんと甲野さんの会話の場面。藤尾と甲野さんの違いが「子規」と「時鳥」の違いか、それとも「空を掠める」と「一声で雲に入」ったホトトギスの違いか。判然とはしない。

2020/06/28

夏目漱石「一夜」のホトトギス

前回のつづき)

夏目漱石「一夜」における、ホトトギスの表記を確認する。以下の引用箇所が該当する。引用は『定本 漱石全集 第2巻 倫敦塔ほか・坊っちゃん』より。

引用にあたり、繰り返し記号(「ゝ」など)は該当する文字に書き直している。またホトトギスの個所を太字にしている。引用文冒頭にある②133などの数字は、漱石全集第2巻の133頁という意味である。
②133
此時「脚気かな、脚気かな」と頻りにわが足を玩べる人、急に膝頭をうつ手を挙げて、叱と二人を制する。三人の声が途切れる間をククーと鋭き鳥が、檜の上枝を掠めて裏の禅寺の方へ抜ける。ククー。
「あの声がほととぎすか」と羽団扇を棄てて是も椽側へ這ひ出す。見上げる軒端を斜めに黒い雨が顔にあたる。脚気を気にする男は、指を立てて坤の方をさして「あちらだ」と云ふ。鉄牛寺の本堂の上のあたりでククー、ククー。
「一声でほととぎすだと覚る。二声で好い声だと思ふた」と再び床柱に倚りながら嬉しそうに云ふ。此髯男は杜鵑を生れて始めて聞いたと見える。「ひと目見てすぐ惚れるのも、そんな事でしよか」と女が問をかける。別に恥づかしと云う気色も見えぬ。五分刈は向き直つて「あの声は胸がすくよだが、惚れたら胸は痞へるだろ。惚れぬ事。惚れぬ事……。どうも脚気らしい」と拇指で向脛へ力穴をあけて見る。「九仞の上に一簣を加へる。加へぬと足らぬ、加へると危うい。思ふ人には逢はぬがましだろ」と羽団扇が又動く。「然し鉄片が磁石に逢ふたら?」「はじめて逢ふても会釈はなかろ」と拇指の穴を逆に撫でて済まして居る。
②140
「南無三、好事魔多し」と髯ある人が軽く膝頭を打つ。「刹那に千金を惜まず」と髯なき人が葉巻の飲み殻を庭先へ先へ抛きつける。隣りの合奏はいつしかやんで、樋を伝う雨点の音のみが高く響く。蚊遣火はいつの間にやら消えた。
「夜も大分更けた」
ほととぎすも鳴かぬ」
「寐ましよか」
夢の話しはつい中途で流れた。三人は思い思いに臥床に入る。
「ほととぎす」とひらがなで表記している箇所と、「杜鵑」と漢字で表記している箇所があった(以前ざっと確認したときには、漢字に気づいていなかった)。ここでの使い分けとして単純に考えられることは、会話文のなかでは「ほととぎす」、地の文では「杜鵑」としているということである。

「一夜」の初出は、雑誌『中央公論』第20年第9号(明治38年9月1日発行)で、雑誌掲載時には本文末尾に「(38年7月26日)」と記されていたとのこと(本来は日付等は縦書きのため漢数字で表記されているが、ここではアラビア数字としている)。その後、単行本『漾虚集』に所収。

 

2020/06/27

漱石のホトトギスの俳句(メモ)

前回のつづき)

漱石全集に載っている俳句より、「ホトトギス(時鳥、郭公、子規)」が使われているものを以下に挙げる。ホトトギスは夏の季語で、漱石がホトトギスを使った句ではそのほとんどが季語として使われているが、1219だけは季語ではない(1219の季語は「蚤」)。俳句の頭に付いている数字は、漱石全集第17巻での俳句の通し番号である。
明治22年
1 帰ろふと泣かずに笑へ時鳥
2 聞かふとて誰も待たぬに時鳥
明治25年
38 鳴くならば満月になけほとゝぎす
明治28年
160 時鳥あれに見ゆるが知恩院
190 時鳥たつた一声須磨明石
191 五反帆の真上なり初時鳥
192 裏河岸の杉の香ひや時鳥
193 猫も聞け杓子も是へ時鳥
194 湖や湯元へ三里時鳥
195 時鳥折しも月のあらはるゝ
196 五月雨ぞ何処まで行ても時鳥
197 時鳥名乗れ彼山此峠
299 時鳥物其物には候はず
300 時鳥弓杖ついて源三位
513 明け易き夜ぢやもの御前時鳥
明治29年
528 時鳥馬追ひ込むや梺川
819 さもあらばあれ時鳥啼て行く
857 国の名を知つておぢやるか時鳥
868 琵琶の名は青山とこそ時鳥
明治30年
1130 浪人の刀錆びたり時鳥
1184 郭公茶の間へまかる通夜の人
1185 蹴付たる讐の枕や子規
1186 辻君に袖牽れけり子規
1219 逃すまじき蚤の行衛や子規
明治33年
1807 京に行かば寺に宿かれ時鳥
1819 貧乏な進士ありけり時鳥
明治35年
1844 病んで一日枕にきかん時鳥
明治37年
1891 十銭で名画を得たり時鳥
明治40年
1955 時鳥厠半ばに出かねたり
全部で29句。内訳は「時鳥」24、「子規」3、「ほとゝぎす」1、「郭公」1であり、基本は「時鳥」であるといってもいいだろう。

「子規」「郭公」が使われている句が、明治30年に固まっているのには、なにかわけがあるのだろうか。俳句以外の例では、作成時期を考慮していなかったので、詳細を確認する際に合わせて確認したい。

漱石のホトトギスの漢字(メモ)

前回の続き)

漱石は「ホトトギス」の漢字をどのように使い分けていたのか。ひとまず、漱石全集から「ホトトギス」を抜き出してみよう。

こんなときに漱石全集が役に立つ。漱石全集の第28巻『総索引』から「ホトトギス」が掲載されているところを確認していく。俳句雑誌『ほとゝぎす』については別項目として取り扱われているので助かる。

『総索引』での「ホトトギス」の掲載箇所は以下であった。丸で囲んだ数字は巻数で、たとえば②133ならば第2巻の133頁に記載されているという意味である。
時鳥/郭公/子規/杜鵑/不如帰
 ②133、140 ④27、233 ⑯17、18、141、204
 ⑰526、季語 ⑱111 ⑳159 ㉒4 ㉔35 ㉖249
これらの個所をざっとメモしておく。

第2巻の133頁、140頁はともに「一夜」という短編内であった。表記はどちらも「ほとゝぎす」である。

第4巻27頁、233頁は『虞美人草』で、27頁は「子規」、233頁は「時鳥」。

第16巻の17頁、18頁は先日の「不言の言」の個所。17頁「杜鵑」、18頁「不如帰」。141頁は藪野椋十『東京見物』の序。「子規」が見える。204頁(203頁が正しいか?)は「創作家の態度」で、「時鳥」だが、蕪村の句「時鳥平城京を筋違に」について述べている箇所である。

第17巻は『俳句・詩歌』で、526頁は無題の俳体詩で、「ほとゝぎす」とひらがな。またホトトギスを季語とした俳句が多数掲載されているので、別に記載しようと思う。

第18巻111頁は漢詩。「杜鵑」と書いて、書き下し文には「とけん」との振り仮名。

第20巻159頁は明治43年7月10日付の日記。「不如帰」と「時鳥」があったが、「時鳥」の方は藤井節太郎の手紙の引用内。

第22巻4頁、明治22年5月13日付書簡。正岡子規宛の書簡で、俳句内に「時鳥」の漢字が使われている。第17巻にも同じ俳句が掲載されている。

第24巻35頁、大正2年5月18日書簡。大谷繞石宛の書簡。「子規」が使われている。

第26巻249頁、正岡子規の小説集『銀世界』の評。「ほとゝぎす」が使われているが、子規の本文「山桜かなほととぎす」への書き込みである。

俳句の季語を除いてざっと確認した。⑯204と㉖249は除外してもいいだろう。㉒4も俳句の季語として確認するときにあらためて確認できるので、ここでは省いた。

②133(ほとゝぎす)、②140(ほとゝぎす)、④27(子規)、④233(時鳥)、⑯17(杜鵑)、⑯18(不如帰)、⑯141(子規)、⑰526(ほとゝぎす)、⑱111(杜鵑)、⑳159(不如帰)、㉔35(子規)

さて、何か見えてくるだろうか。

俳句の季語を確認したあと、あらためて詳細を確認していこうと思う。

2020/06/25

流枕ワーク

漱石というペンネームは、中国の故事に基づくことは有名である。

ある人が「石に枕し、流れに漱ぐ」と言おうとして、誤って「石に漱ぎ、流れに枕す」と言ってしまった。それを聞いた人が間違いを指摘すると、「石で漱ぐのは歯を磨くため、流れを枕とするのは耳を洗うため」と間違いを認めず屁理屈をつけたという話で、偏屈であるとか、負けず嫌いであるとか、そんなことを「漱石枕流」というようになった。漱石というペンネームはここから来ている。

そこで、単なる思いつきだが「流枕ワーク」という言葉が浮かんだ。

ルーティンワークというのは手順が決まっている作業というような意味で、決まった動作をすることで、たとえば気持ちをリセットしたり、その日の状態を確認したりできるようなメリットがあるような意味で使われることもあれば、同じ作業の繰り返しでつまらないというような意味で使われることもある。

では「流枕ワーク」とはどんな意味か? 「枕流」ではなく「流枕」であることに注意されたい。「流れに枕す」ではなく「枕を流す」、つまり「流枕ワーク」とは「枕を流す作業」である。「たらちねの母」とか「あしひきの山」とかの「たらちねの」「あしひきの」という言葉を枕詞というが、枕を流すというのは「たらちねのタランチュラ」とか「あしひきのゴーシュ」とか言って枕詞を無視するようなことである。

つまりはこのブログ記事のように、「漱石枕流」を枕として、それとはあまり関係ないことを書くような作業のことを「流枕ワーク」という。

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