2012/04/28

為政第二・10「子曰、視其所以、~」

「みる」という言葉にあてる漢字がいくつかあります。

「見る」「観る」「診る」「視る」「看る」など。

以下は、PC上で「みる」を変換したときに出てくる辞書のキャプチャです。

為政篇の次の言葉を初めて読んだときは、「視」と「観」がでてきていたので、その違いが気になっていました。
子曰く、其の以うる所を視、其の由る所を観、其の安んずる所を察すれば、人焉んぞ廋さんや、人焉んぞ廋さんや。

加地伸行さんの『論語 全訳注』(講談社学術文庫)の注には、
「視」は、注目して見る。「観」は、広く眺める。「察」は、細かく見る。
とあります。

しかし、何度かこの文章を読んでいるうちに、当然と言えば当然ですが、視る対象、観る対象、そして、察する対象というものが何なのかが気になり始めました。

同書では、
その人物の日常生活の現在をしっかりと視る。その人物が経てきた過去を観(なが)めみる。その人物が落ちつこうとしている未来の着地点を察する。そうすれば、その人物は自分を隠すことはできぬ。本当の姿が分かるわな。
と訳されています。

その人の「以(もち)うるところ」を「視て」、その人の「由るところ」を「観て」、その人の「安んずるところ」を「察すれ」ば、どうやって隠すことができようか、隠せるわけがない、ということですが、「以うるところ」というのは、「日常生活の現在」ということなのか、「由るところ」とは「経てきた過去」なのか、「安んずるところ」は「落ち着こうとしている未来の着地点」なのか…。

もちろん、意訳ということではあるでしょう。


もうひとつ、加地伸行さんの『論語 全訳注』(講談社学術文庫)には注がついています。
「以」は、行為、「由」は、動機、「安」は、信念あるいは目的とし、内面的なものを表わすとする解釈がある。
これは宋の朱子(「朱子学」の朱子です)が論語の解釈として注を書いた『論語集注』での解釈とのこと。

「由るところ」というのは「拠りどころ」ともつながり、原点とか出発点、あるいは基盤とも考えられます。

「由る」の「由」という漢字は、「由来」とか「自由」のように、起点を表わすという意味があります。

また、「安んずるところ」というのは、「安心するところ」「満足するところ」「安定するところ」と考えられ、行きつくところ、あるいは行きたいところ、「着地点」「目標」や「目的」とも考えられます。


では、「以うるところ」とは?

「以うる」は「用いる」ともつながります。

「使う」といった意味もあるでしょう。

「使用」の「用」ですね。

「~を以て」というと、「~を使って」と言い換えることもできます。

また「用いる」というのは、「登用」とか「重用」とか、人を使うという意味もあります。

自分の身を使うと考えれば、朱子のいう「以」は「行為」ともいえます。


時間軸でとらえれば、「現在」を視て、「過去」を観て、「未来」を察すれば、その人のことがわかる。

あるいは、「行為」を視て、「動機」を観て、「目的」を察すればわかる。


何となく、コーチングのエッセンスが詰まった言葉に感じます。

2012/04/21

記憶の連鎖反応

自分にとって面白いことが書かれてある(あった)ブログは、大体RSSリーダーに登録しています。

そして、ほぼ毎日ざーっと流し読みをして、読みたい記事のページを開きます。


本日、RSSリーダーで見つけた記事の中に、以下の記事がありました。
「きく」を究めよう!広場●きくスキル研究会「目指せ!ヤマアラシ夫婦」

面白そうなタイトルです。


記事自体も興味深いものでしたが、「ヤマアラシ」という言葉から、いくつかイメージの連鎖がありました。

まずは、ヤマアラシの姿をイメージしました。

実物は見たことがありませんが、特徴はやはり刺(とげ)ですね。


そこで「ブクログのパブー」のキャラクターが浮かびます。
ブクログのパブー | 電子書籍作成・販売プラットフォーム

しかし、ふと思います。

こいつは「ハリネズミ」だ、と。

たしか、ブクログのブログの名前が「ハリネズミ通信」だったな、と。


となると、「ヤマアラシ」と「ハリネズミ」の違いは?となり、今度は京極夏彦さんの中編小説「山嵐」が頭に出てきます。

たしか、この小説の中に「ヤマアラシ」と「ハリネズミ」の違いが書いてあったな、と。


で、本を手に取って探し始めると…、

読んでしまいます。


首尾よく「ヤマアラシ」と「ハリネズミ」の違いが書かれたところを見つけます。

動物分類学上で違うのですね。


と、まあ穏やかな一日を過ごしたのですが、このような連鎖反応が起こると、京極夏彦さんの小説を読んだことも相まって、記憶というものは自分の外にもあるのではないか、ということを考えます。

例えていえば、人間には無意識というデータベースがあって、検索ワードは外から入力する。

データベースには何が入っているのかわからないけれども、何かの知覚として検索ワードが入ってくると瞬時に検索する。


記憶には、短期記憶と長期記憶があると言われています。

長期記憶というのは、ショートカット、ブックマークのイメージです。


無意識のデータベースを記憶といってもいいかもしれませんが、外界の検索ワード、あるいはスイッチがないと記憶と呼べないような気もします。

為政第二・9「子曰、吾與回言。~」

子曰く、吾回と言う。終日違わずして愚なるが如し。退いて其の私を省みれば、亦以て発するに足れり。回や愚ならず。

論語を頭から読むと初登場の顔回です。


孔子が顔回に話をしました。

終日孔子が話をするにも関わらず、顔回は変わることなく愚か者のようでした。

しかし、顔回は孔子の話から何か得たようです。

孔子は、部屋を退いた顔回の行動を省みると、そのことがわかり、「回や愚ならず。」と。


顔回は、孔子のお気に入りの門人です。

お気に入りと言うと語弊があるかもしれませんが。

残念ながら若くして亡くなってしまったようで、孔子は顔回が亡くなったとき嘆き悲しみます。

『論語』のどこかに、「君子は行動してから説明する」というような言葉がありますが、顔回は実行・実践の人です。


しかしここでは、顔回の実践もさることながら、孔子の観察力というか、人の評価のしかたというか、そのようなことが主題となっています。


孔子が話をしている間、顔回は何も変わっていないようでした。

ここで、「顔回は愚か者である」と結論してしまうことをしませんでした。

その後の行動を観察し、顔回には話が通じてその意義を実践していることを確認します。


教育や育成の場面でも、言葉で伝えたことだけで「教えた」となりがちです。

何か指導をしたとき、たいていは「わかった?」と尋ねると、「わかった」と答えます。


「わかる」と「できる」は違うとよく言われますが、孔子も顔回も「できる」ことに主眼を置いていることがわかります。

私は今、「わかります」と書きましたが、できていません…。


2012/04/20

為政第二・8「子夏問孝。~」

「孝」とは何か?

「孝行」「親孝行」とはどんな行動を指すのか?

孔子の門人、子夏が「孝」について尋ねたとき、孔子は次のように答えます。
色難し。事有れば、弟子其の労に服す。酒食有れば、先生に饌す。曾て是を以て孝と為さんや。

何事かあれば、弟子は先生のために働く。

お酒や食事があれば、先生に差し上げる。

こういったことで「孝」と言えるだろうか。

色難し。


「色」というのは、「見た目」ともいえると思います。

「孝」というのは、見た目では判断できない。


「孝」を伴った行動が「孝行」。


「孝」という内面があって、「孝行」として現れるのです。


2012/04/17

祖母のこと

先週末、祖母が亡くなりました。

祖父が今年1月に亡くなり、続いて祖母も。

じいちゃんもばあちゃんも90歳以上で亡くなっているので長寿ではありますが、やはり悲しいことです。


祖母が亡くなる1週間前、父親から祖母が救急車で運ばれ入院した、そして、もう長くはないかもしれない、という電話があり、1度実家に帰りました。

もちろん祖母のお見舞いに。

そのときは、父親の様子から想像していたよりはずっと元気で、少ししんどそうではありましたが、意識もしっかりしていて、言葉も話すことができていました。


思ったよりも元気そうではありますが、ひょっとすると、話すことができるのはこのときが最後かもしれない、という思いはあり、できるだけ話を聞こうと思っていました。

当然言葉をしゃべるのは結構パワーを使うことですので、ばあちゃんに無理はさせない程度に。


そこで出てきた話は、思い出話が中心ですが、あまり祖母自身の話は出てきませんでした。

自分自身がどうのこうのというより、誰それがこんなことをした、あんなことがあった…。


私自身としては、祖母のことを知りたかったのですが、その話は出てきませんでした。

まあ、普段から自分自身のことを話していた記憶もありません。


そこで出てきた、私の思い出話をいくつか。

私自身も覚えていなかったり、話を聞いて、以前にそんな話を誰かから聞いたことがある、というような話です。


一番自慢げに話していたことは、私が子どもの頃に30までの数を数えられた、ということ。

私自身は全く覚えていないのですが、私は祖母の背に負われ、祖母とともに何かの買い物に出かけたときのこと。

何かを30個買おうとしていたとき、私は「僕が数える」と言って、お店の人がひとつずつ袋か何かに入れていくとともに30個まで間違わずに数えることができた、ということを聞きました。

それが何歳ぐらいのときなのか、また、平均的にいって何歳くらいならば30まで数えられるのかといったことは私にはわかりません。

しかし、祖母にとっては自慢できるようなことであったように、話を聞きながら思いました。


その他は、私にとっては失敗談となります。

もっとも私にはその記憶がないので失敗談という意識はありませんが(^-^;)

例えば…。


軽四トラックがひとりでに動き出したことがあったそうです。

運転席にはハンドルを握った私がいました。

動いている先には、一段下がったところに田んぼがあり、田植えをしたばかりの様子。

ばあちゃんは、私の心配ももちろんありますが、稲の心配もしていたようです。

田んぼに落ちると、苗もつぶれてしまう、と。

ばあちゃんは叫び、私の父親も車が動いていることに気付き、父親は慌てて持っていた湯呑みを投げ捨てて、車に乗り込みサイドブレーキを引いたそうです。

田んぼに落ちる前に車は止まって、私も無事。

私はキャッキャと喜んでいたとのこと(^-^;)


また他には、私が入り込まないようにと、父親が柵を作ったことがあったようです。

しかし私は柵に近づき、そして、柵の間に頭を突っ込み…

抜けなくなりました。

結局、作った柵をのこぎりで切って私を救出。

このときはキャッキャと喜んでいたかどうかは不明。

私自身も覚えておりません。


ばあちゃんがいかに生きてきたか、という話が私は聞きたかったのですが、そんな重い話は全くなく、思い出話や近況の話でお見舞いは終了。

そして、それが祖母と話した最後の会話となりました。


先週末、葬儀のために実家に帰ったとき、ベッドにのり出すようなしぐさをしながら、「ばあちゃんが、とも(私)はこうやって話をしてくれた」と、祖母の入院中そばでずっと看病していた母から聞きました。

その言葉を聞いたとき、私自身の聞き方も悪くはなかったな、と思うとともに、ばあちゃんはいい生き方をしていたのだな、と嬉しくなりました。


死後の世界など私は信じてはいませんが、ばあちゃんは今頃じいちゃんとともに、微笑んでいるような気がします。

2012/04/10

「二のこし」の拍子

『五輪書』水の巻「二のこしの拍子の事」より。
二のこしの拍子、我打ちださんとする時、敵をはやく引き、はやくはりのくるやうなる時は、我打つとみせて、敵のはりてたるむ所を打ち、引きてたるむ所を打つ、是二つのこしの打ち也。此書付斗にては、中々打得がたかるべし。をしへうけては、忽ち合点のゆく所也。

この「二のこしの拍子」「二つのこしの打ち」という原文を読んだとき、「二残しの拍子」「二つ残しの打ち」と読みました。

しかし、訳文では、「二の腰の拍子」「二つの腰の打ち」。


訳文を引用すると、
「二の腰の拍子」というのは、自分が打ち出そうとしたとき、敵がより早く退こうとしたとき、はやく打ってくるようなときは、まず打つとみせ、敵が緊張したあとのわずかな気のゆるみが出たところを、すかさず打ち、引いて気のゆるみがでたところを打つ、これが二の腰の打ちである。

フェイントのようなものですかね。


自分が打ち出そうとしたときに、敵がそれよりも先に退こうとした場合、あるいは早く張り退けようとした場合、つまりは、自分が打ち出そうとしていることを相手に察知されたとき、そんなときは、打つと見せかけて、敵が自分の打ちを張り退けた、あるいはよけたと思って油断したところを打つ。

そんな打ちが「二のこしの打ち」。


この項「二のこしの拍子の事」の前項は、先日の記事で触れた「敵を打つに、一拍子の打の事」でしたので、ひとつ目の拍子でフェイントとして打ち、2つ目の拍子を残しておくのが「二残しの拍子」「二つ残しの打ち」だと思いました。


なので、訳文の「二の腰の拍子」「二の腰の打ち」という漢字を見たとき、「この漢字なのか」と驚きました。


ひょっとすると、私以外でも疑問に思った人がいるかもしれない、と思って、Google先生に尋ねてみると、「宮本武蔵」というサイトを見つけました。

そこでは、「二の重」という漢字。(「五輪書 水之巻4」参照)


どうやら、「二のこし」の漢字や意味についても諸説あるようです。

上記サイトでは、「二残し」「二の腰」「二の重」「二の越」の4つの漢字が挙げられ、
我々は、この「二のこし」を、「二の重」、二層の意味と解しておいた。二拍子だから、拍子の重層ということである。
としています。

しかし、どうも、決定打がないように思います。


「二残し」ではないとしている理由は、「やや語呂が悪い。」

「二の越」は、写本にこの漢字をあてているものがあることを述べた上で、
たとえば、筑前系では、早川系は《二のこし》とするが、立花=越後系の諸本には、《二の越》と記す。「こし」を「越」と漢字で書いたのである。またこれは、肥後系でも、丸岡家本・田村家本・富永家本なども同じく《二の越》と記している。つまり、この《二の越》もまた、筑前系/肥後系を横断してあらわれているのである。
このように、《二のこし》も《二の越》も、両方とも筑前系/肥後系に共通する。すると校異の所在によってのみでは、いづれを是とすることもできない。
しかしながら、前条との連続で、ここは「一拍子」に対する「二拍子」についての話である。すでに上記に述べたように、「二のこし」は実は、「二の重〔こし〕」の意である。つまり、二層、二重ということである。
したがって、「二のこし」という文字は、本来「二の重」と書くべき語句なのである。おそらく武蔵が、「二のこし」と仮名で書いたのだろう。だが、そのため、門流末葉の間で、「重」〔こし〕の語義が忘却されて不明になってしまい、この「こし」に「越」と当て字するようになってしまったというのが、その経緯であろう。

「二の腰」は「現代語訳に関連していえば、あろうことか、既成訳はたいてい「二のこし」について「二の腰」と誤訳している。」として、
これはどこから生じた誤謬かと云えば、戦前の岩波版五輪書(高柳光壽校訂)が、この「こし」に「(腰)」と傍注している、そのあたりが起源であろう。高柳は「二の越」とする写本が多数あるのも知らなかったとみえる。かくして、岩波版五輪書において、細川家本の「二のこし」の「こし」に、「腰」という漢字をあてがってしまったのである。しかるに、戦前戦後を通じて五輪書現代語訳はすべてこれに準拠し、「二の腰」と誤解する仕儀になってしまったのである。
しかし、そもそも「二の腰」は明らかに間違いで、「腰」という解釈は、文脈からして何の根拠もない。これが「こし」だとするかぎりは、諸写本が当て字した「越」の方がまだしもである。もとより、既成現代語訳の「二の腰」は論外である。
としています。


文献資料として表れている文字は、「二のこし」とひらがなで書かれているか、「二の越(あるいは、二の越し)」と書かれているかのどちらか。

さて、宮本武蔵はどのような意図で「二のこしの拍子」と言っているのか?

興味深いところです。

まあ、「二の腰」ではなさそうなので、私の読みもあながち悪くはないかも。


2012/04/08

一拍子の打ちのこと

『五輪書』水の巻「敵を打つに、一拍子の打の事」より。
敵を打つ拍子に、一拍子といひて、敵我あたるほどのくらゐを得て、敵のわきまへぬうちを心に得て、我身もうごかさず、心も付けず、いかにもはやく、直に打つ拍子也。敵の太刀、ひかん、はづさん、うたんと思ふ心のなきうちを打つ拍子、是一拍子也。此拍子能くならひ得て、間の拍子をはやく打つ事鍛錬すべし。

会話は勝負ではありませんが、間合いがあります。


兵法では、間合いに入ったら、間髪容れず打つ。

相手の心構えができないうちに、自分の身も動かさず、心を止めることなく素早く一気に打つ。

敵が太刀を引こう、はずそう、打とうと思う心の起こらないうちを打つ拍子が「一拍子の打ち」。


会話でも間合いに入ったら、間髪容れず。

相手に言葉を選ばせる間もない合いの手。

「これを言ってもいいのかな」「この言葉は止めておこう」

そんな気を起こさせず、相手が自然に言葉をつなげられる聞き方。


「間髪容れず」とは、間に髪の毛も入らない、入れないこと。

頭で考えて答えると、間が空く。

この間を空けない聞き方。


「間」といっても沈黙とは違う「間」。

リズム、拍子。


兵法では、リズム・拍子を崩すこともひとつの手だが、会話ではリズム・拍子を創ることが一つの手。


リズム・拍子を創るための一手が「一拍子の打ち」だと考えます。


間髪容れず、自信をもって打つこと。

よくよく鍛錬すべし。

2012/04/05

為政第二・7「子游問孝。~」

さて、『論語』為政篇では、「孝」についての記述が続きます。
子游孝を問う。子曰く、今の孝は、是れ能く養うを謂う。犬馬に至るも、皆能く養う有り。敬せずんば、何を以て別たんや、と。

子游が孔子に「孝」の意味を尋ねたところ、孔子の答えは「最近の孝は、父母を養うことができることをいうようだが、犬や馬に至っても養うことができる。尊敬するということがなければ、どのように区別することができるだろうか」。

ここで、今までの「孝」についてまとめると、
  • 3年の喪が明けるまで、父が定めた家のありかたはそのままにしておくこと(学而11)
  • 父母がお元気なときは、もちろん礼に従ってお仕えし、お亡くなりになれば、礼に従って葬り、また礼を守って、祖先となられた御霊をお祭りすること(為政5)
  • 父母に対して、病気ではあるまいか〔と健康状態を〕ただただ心配すること(為政6)
  • 父母に対して尊敬しつつ養うこと(為政7)
となります(訳は加地伸行『論語』による)。

「孝」の近くには「礼」「敬」が存在するようです。

合わせると「敬礼」。

試しに、Wikipediaで「敬礼」を検索してみると、様々な敬礼がありました。


尊敬とお礼。感謝です。


2012/04/04

為政第二・6「孟武伯問孝。~」

先日、「為政第二・5「孟懿子問孝。~」」の記事を書いた後、facebookでコメントをいただきました。

そのコメントは、今回の論語の言葉に近い言葉。
孟武伯孝を問う。子曰く、父母には唯其の疾を之れ憂えよ。

孟武殿が孔子に「孝」の意味を尋ねたところ、孔子が言うには、「父母には唯其の疾を之れ憂えよ」とのこと。


原文で書くと「父母唯其疾之憂」。

先ほどの書き下し文は加地伸行さんの『論語』によるもので、訳としては次のように書かれています。
「父母に対して、病気ではあるまいか〔と健康状態を〕ただただ心配することだ」

一方で注として、別の解釈があることも述べています。

「其の疾」の「其」を父母ではなく子とする解釈として、「父母をして其の疾を之れ憂えしむ」。

意味としては、「子としては、父母に病気のときにのみ心配をかけるようにして、その他のことでは心配をかけてはならない」との解釈です。


「其」を父母とすると「其の疾」は「父母の病気」。

「其」を子とすると「其の疾」は「子の病気」。

代名詞が何を指すかによって解釈が変わります。


しかし、解釈は変わろうとも、父母には健康でいてほしいと思い、そして、自分のことでも心配をかけたくない。

それが「孝」なのかもしれません。

2012/04/03

為政第二・5「孟懿子問孝。~」

今回は、少し長い文章です。
孟懿子孝を問う。子曰く、違うこと無かれ、と。樊遅御す。子之に告げて曰く、孟孫孝を我に問う。我対えて曰く、違うこと無かれ、と。樊遅曰く、何の謂いぞや、と。子曰く、生けるときは之に事うるに礼を以てし、死せるときは之を葬むるに礼を以てし、之を祭るに礼を以てす、と。

孟懿子が「孝」の意味を孔子に質問しました。

孔子の回答は「違うこと無かれ」。


そのときか、その後かはわかりませんが、孔子が御者をしていた樊遅にこのことを告げたところ、樊遅は「どういう意味ですか?」と質問します。

孔子が言うには、「父母が生きているときは礼に従いお仕えし、亡くなったときは礼に従って葬り、また礼に従って祭ることである」と。


『論語』でのキーワードでもある「孝」と「礼」。

「孝」は、親孝行の「孝」。「礼」は、礼儀の「礼」。


為政篇ではこれより後、しばらく「孝」についての文言が続きます。

孔子は人を見てふさわしい言葉を投げかけるため一概には言えませんが、ここでの「孝」は「違(たが)うことがないようにすることだ」との回答。


では、何に「違うこと無かれ」なのか?


普通に考えると、父母にそむかないようにすること。

生きている間も、亡くなってからも、父母にそむかないようにすることが「孝」。


もうひとつは、礼にそむかないようにすること。

父母が生きている間も、亡くなってからも、「礼」にそむかないようにすることが「孝」。


今までの『論語』の言葉では、学而篇の11に「孝」のことが出ています(他にもあります)。
父親が存命ならば、父親の志を見よ。父親が亡くなっていれば、父親の行ったことを見よ。三年間父親の道を改めるということをしないならば、「孝」ということができる。

3年間というのは、儒教での喪に服す期間とのこと。

「礼」は誰に対してもあるものですが、その対象が父母となったときに「孝」というのかもしれません。


2012/04/01

暮らしのなかの発見と工夫

最近の当たりの本は松浦弥太郎さんの『今日もていねいに。』(PHP文庫)。

エッセイ集はあまり読んだこともなく、また(失礼ながら)松浦弥太郎さんの名前も存じ上げず。

それでもタイトルや装丁が良かったので奥付を確認して購入決定。


この本が、私にとっては、とてもよかった。

愛読書のひとつとなりそうです。


この本には副題がついています。

「暮らしのなかの工夫と発見ノート」というものです。

日々の暮らしのなかでの小さな工夫・小さな発見。

最近よく見かける「ライフハック」とはちょっと違っていました。


私の「ライフハック」の大まかなイメージは、何らかの道具やアイテムをうまく活用する方法のようなもの。

しかし『今日もていねいに。』でつづられる「暮らしのなかの工夫と発見」は、考え方や動作・行動の工夫・発見。


抽象的になってしまいますが、「ライフハック」は外側の工夫・発見、「暮らしのなかの工夫と発見」は内側の工夫・発見。


この『今日もていねいに。』のなかでも、特に、素敵だな、と思ったのが「木が香る地図」の話です。

最寄駅から自宅までを道案内をする場合、私もそうですが、目立つ建物や店、信号やポスト、あるいは3つ目の交差点などを目印として案内します。

しかし、道案内のとき、
「桜並木をしばらくまっすぐ行くと、小さい花壇がありますから、そこを右へ」
「大きな菩提樹の木が目印です」
など、
見慣れた風景をとっくり観察し、街路樹、知らない家のベランダの花といった、ごくささやかな自然をていねいにすくいあげ、木が香る地図をつくるのです。


なんと素敵な道案内。

そして、私には今のところ、できません…。


このような、暮らしのなかでのささやかな工夫。

小さな発見、小さなよろこび。


取り入れていきたいです。

本の買い方

最近、本を買うと「当たり」が多くなってきたように思います。


目当ての本を買いに行ったとき、あるいはふらっと立ち寄ったとき、本屋で「面白そうだな」と思う本に出くわすことがあります。

しかも大量に(笑)

そして、中身をパラパラと見て買うか買わないかを決めるのですが、このときには本の内容は基本的に読みません。

時間的な制約もあるし、読んでしまうと続きが読みたくなって買ってしまうからです。


読みたい本や買うことに決めた本は別として、私は本の買い方にひとつの基準を設けています。

それは、奥付を見て「第1版第1刷」だったら買う、というもの。


タイトルや表紙や帯などを見て魅かれたもの、その本を手に取ります。

そして、奥付を確認。

「第1版第1刷」は買い、です。


なぜそのような買い方をし始めたのかは覚えていませんが、2つの理由があります。


ひとつは、出版された最初の方に買った、という自己満足。

たくさん売れ始めて流行に遅れまいとして買ったものではなく、自分が選んで自分がいいと思って買ったのだという優越感。

もしその本がベストセラーなどになったとしたら、「出版されたときからこれはいいと思っていた」という気分が味わえます。


そしてもうひとつは、その本には2度と会えないかもしれないという危惧。

世の中には数多くの本が出版されていて、書店のスペースも限られています。

新しい本が出てくると、売れない本は書店から消えていく。

買おうか迷って買わなかった本が、次に書店に行ったときになかったりするとショックです。

第2刷、3刷、あるいは第2版だったりすると、少なくともそこそこ売れている本と判断でき、次に本屋に行ったときにも出会える確率は高くなりますし、評判なんかを確認してからでも間に合うかな、と思っています。


こんな買い方をしているので、ときどき、思っていたよりもちょっと違うな、と感じることも。


しかし最近はこの買い方で結構当たりの確率が高くなってきたように思います。

目利きになったとは言えませんが、本のタイトルや表紙などの外側から中身を推測することができるようになってきたのかな、とちょっとうれしく思います。

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