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2020/07/30

語呂つきシェイクスピア

柳瀬尚紀『英語遊び』のなかに、シェイクスピア作品についての言及があった。
英語圏の最大の語呂つきは、いうまでもなくシェイクスピアだろう。語呂つきの元締めのごときこの大物は、おびただしい数の語呂つきを世に送った。
ここでは、2つの例を挙げている。ひとつは『ロミオとジュリエット』のマーキュシオの例、もうひとつは『十二夜』のサー・トービー・ベルチの例である。柳瀬の訳ではなく、小田島雄志訳が掲載されている。

幸い手元には、松岡和子訳のシェイクスピア全集(ちくま文庫)があるので、該当の個所を比べてみたい。以下に引用する英文と小田島訳は、柳瀬の『英語遊び』からの孫引きである。

まずは『ロミオとジュリエット』。第3幕第1場で、マーキュシオはティボルトに剣で刺される。そのときのマーキュシオの台詞である。
……ask for me to-morrow, and you shall find me a grave man.
『英語遊び』にある小田島訳は以下。
ためしに明日、おれを訪ねてみろ、はからずも墓に眠る変わりはてたおれの姿をみとめるだろう。
松岡訳は次のようになっている。
明日、俺に会いにきてみろ、はかなく墓に納まってるよ。
grave が「大真面目な、おごそかな」という意味であると同時に「墓」の意味でもあることをつかったマーキュシオの台詞であるが、小田島も松岡も、語彙は異なるものの「はからずも」「はかなく」と「墓」と掛けた言葉を使っている。

『十二夜』はマライアとトービーの会話。第1幕第3場より(人名の太字は筆者)。英語の説明は省略。
Maria   By my troth, Sir Toby, you must come in earlier o' nights: your cousin, my lady, takes great exceptions to your ill hours.
Sir Toby   Why, let her except, before excepted.
Maria   Ay, but you must confine within the modest of order.
Sir Toby   Confine! I'll confine myself no finer than I am: these clothes are good enough to drink in; and so be these boots too: an they be not, let them hang themselves in their own straps.
小田島訳は以下(人名の太字は筆者)。
マライア それより、ねえ、サー・トービー、毎晩もっと早くお帰りにならなくては。あなたの姪のお嬢様も、あんまり遅いんでご機嫌が悪いわよ。
トービー こっちはキリスト紀元以来のいい機嫌なんだ、いいかげんにしろと言いたいな。
マライア でも限度ってものがあるわ、それを越えないようご自分に言いふくめることね。
トービー いいふくめる? おれの服はいい服だぜ、ふくいくたる酒を注ぎこむこのふくよかな腹を包むにゃ不服はない。靴だってそうさ、この靴がおれにキュークツな思いをさせるなら、屈辱を感じててめえの靴紐で首を締めればいいんだ。
マ「ご機嫌が悪い」、ト「紀元以来のいい機嫌」、マ「言いふくめる」、ト「いい服……ふくいくたる……ふくよかな……不服はない。靴だってそうさ……キュークツ……屈辱……靴紐」と語呂つく。

松岡は次のように訳している。
マライア それよりね、サー・トービー、夜はもっと早くお帰りにならなきゃ。あんまり遅いんで、お嬢様はおかんむりですよ。
トービー へん、何がおかんむりだ、早帰りなんざ無理だ。
マライア だけど、限度ってものがあります。少しは身をつつしんでいだかかなきゃ。
トービー 身をつつしむ? これ以上いい服に身を包むなんざごめんだね。酒飲みの土手っ腹包むにゃこれで十分。靴だってそうだ、この靴が理屈こねて俺を退屈させるようなら、てめえの靴紐で首くくれってんだ。
こちらは、マ「おかんむり」、ト「無理」、マ「身をつつしんで」、ト「身を包む……土手っ腹包む……。靴……理屈……退屈……靴紐」と語呂つく。引用して気づいたが、「つつしんでいだかかなきゃ」は「つつしんでいただかなきゃ」の誤植だろうか。

松岡は「訳者あとがき」で次のように書いている。
翻訳の過程で、自分でも思いがけないほどノッたのは、磊落さの化身、サー・トービーの台詞。彼一流の言葉遊びを訳すのはひと苦労だったけれど、ファイトの湧く楽しい作業だった。
『十二夜』には、このブログで引用したところ以外にも、言葉遊びはまだまだありそうだ。もちろん『十二夜』以外にも。 語呂つくシェイクスピアも楽しみたい。
 

2020/07/14

ちくま文庫のシェイクスピア全集(2020年7月時点)

松岡和子訳シェイクスピア全集(ちくま文庫)の一覧を更新(2020年7月時点)。
以前の投稿に、『ジョン王』を追加した。

英語での原題とシェイクスピアの執筆時期は、Wikipedia「シェイクスピア」の項を参照(Wikipediaは『リヴァーサイド版シェイクスピア』による)。記載順はちくま文庫のシェイクスピア全集での順番。英語原題のあとが執筆時期。日本語タイトルの後ろはちくま文庫版の出版年月。
  1. Hamlet(1600-01)
    ハムレット(1996年1月)
  2. Romeo and Juliet(1595-96)
    ロミオとジュリエット(1996年4月)
  3. Macbeth(1606)
    マクベス(1996年12月)
  4. A Midsummer Night's Dream(1595-96)、Comedy of Errors(1592-94)
    夏の夜の夢・間違いの喜劇(1997年4月)
  5. King Lear(1605)
    リア王(1997年12月)
  6. Twelfth Night, or What You Will(1601-02)
    十二夜(1998年9月)
  7. Richard III(1592-93)
    リチャード三世(1999年4月)
  8. The Tempest(1611)
    テンペスト(2000年6月)
  9. The Merry Wives of Windsor(1597)
    ウィンザーの陽気な女房たち(2001年5月)
  10. he Merchant of Venice(1596-97)
    ヴェニスの商人(2002年4月)
  11. Pericles, Prince of Tyre(1607-08)
    ペリクリーズ(2003年2月)
  12. Titus Andronicus(1593-94)
    タイタス・アンドロニカス(2004年1月)
  13. Othello(1604)
    オセロー(2006年4月)
  14. Coriolanus(1607-08)
    コリオレイナス(2007年4月)
  15. As You Like It(1599)
    お気に召すまま(2007年6月)
  16. Love's Labour's Lost(1594-95)
    恋の骨折り損(2008年5月)
  17. Much Ado About Nothing(1598-99)
    から騒ぎ(2008年10月)
  18. The Winter's Tale(1610-11)
    冬物語(2009年1月)
  19. Henry VI(1589-91)
    ヘンリー六世 全三部(2009年10月)
  20. Taming of the Shrew(1593-94)
    じゃじゃ馬馴らし(2010年8月)
  21. Antony and Cleopatra(1606-07)
    アントニーとクレオパトラ(2011年8月)
  22. Cymbeline(1609-10)
    シンベリン(2012年4月)
  23. Troilus and Cressida(1601-02)
    トロイラスとクレシダ(2012年8月)
  24. Henry IV(1596-98)
    ヘンリー四世 第一部、第二部(2013年4月)
  25. Julius Caesar(1599)
    ジュリアス・シーザー(2014年7月)
  26. Richard II(1595)
    リチャード二世(2015年3月)
  27. The Two Gentlemen of Verona(1594)
    ヴェローナの二紳士(2015年8月)
  28. Measure for Measure(1604)
    尺には尺を(2016年4月)
  29. Timon of Athens(1607-08)
    アテネのタイモン(2017年10月)
  30. Henry V(1599)
    ヘンリー五世(2019年1月)
  31. Henry VIII(1612-1613)
    ヘンリー八世(2019年12月)
  32. King John(1594-96)
    ジョン王(2020年6月)
残り作品(戯曲)は、『終わりよければすべてよし』『二人のいとこの貴公子』の2作。この2作を訳し終えると、個人でのシェイクスピア戯曲の全訳は、坪内逍遥、小田島雄志に続いて3人目。

2020/02/05

ちくま文庫のシェイクスピア全集(2020年1月時点)

松岡和子さん訳シェイクスピア全集(ちくま文庫)の一覧(2020年1月時点)。

英語での原題とシェイクスピアの執筆時期は、Wikipedia「シェイクスピア」の項を参照(Wikipediaは『リヴァーサイド版シェイクスピア』による)。記載順はちくま文庫のシェイクスピア全集での順番。英語原題のあとが執筆時期。日本語タイトルの後ろはちくま文庫版の出版年月。
  1. Hamlet(1600-01)
    ハムレット(1996年1月)
  2. Romeo and Juliet(1595-96)
    ロミオとジュリエット(1996年4月)
  3. Macbeth(1606)
    マクベス(1996年12月)
  4. A Midsummer Night's Dream(1595-96)、Comedy of Errors(1592-94)
    夏の夜の夢・間違いの喜劇(1997年4月)
  5. King Lear(1605)
    リア王(1997年12月)
  6. Twelfth Night, or What You Will(1601-02)
    十二夜(1998年9月) 
  7. Richard III(1592-93)
    リチャード三世(1999年4月)
  8. The Tempest(1611)
    テンペスト(2000年6月)
  9. The Merry Wives of Windsor(1597)
    ウィンザーの陽気な女房たち(2001年5月)
  10. he Merchant of Venice(1596-97)
    ヴェニスの商人(2002年4月)
  11. Pericles, Prince of Tyre(1607-08)
    ペリクリーズ(2003年2月)
  12. Titus Andronicus(1593-94)
    タイタス・アンドロニカス(2004年1月)
  13. Othello(1604)
    オセロー(2006年4月)
  14. Coriolanus(1607-08)
    コリオレイナス(2007年4月)
  15. As You Like It(1599)
    お気に召すまま(2007年6月)
  16. Love's Labour's Lost(1594-95)
    恋の骨折り損(2008年5月)
  17. Much Ado About Nothing(1598-99)
    から騒ぎ(2008年10月)
  18. The Winter's Tale(1610-11)
    冬物語(2009年1月)
  19. Henry VI(1589-91)
    ヘンリー六世 全三部(2009年10月)
  20. Taming of the Shrew(1593-94)
    じゃじゃ馬馴らし(2010年8月)
  21. Antony and Cleopatra(1606-07)
    アントニーとクレオパトラ(2011年8月)
  22. Cymbeline(1609-10)
    シンベリン(2012年4月)
  23. Troilus and Cressida(1601-02)
    トロイラスとクレシダ(2012年8月)
  24. Henry IV(1596-98)
    ヘンリー四世 第一部、第二部(2013年4月)
  25. Julius Caesar(1599)
    ジュリアス・シーザー(2014年7月)
  26. Richard II(1595)
    リチャード二世(2015年3月) 
  27. The Two Gentlemen of Verona(1594)
    ヴェローナの二紳士(2015年8月)
  28. Measure for Measure(1604)
    尺には尺を(2016年4月)
  29. Timon of Athens(1607-08)
    アテネのタイモン(2017年10月)
  30. Henry V(1599)
    ヘンリー五世(2019年1月)
  31. Henry VIII(1612-1613)
    ヘンリー八世(2019年12月)

残り作品(戯曲)は、『ジョン王』『終わりよければすべてよし』『二人のいとこの貴公子』の3作(だと思う)。この3作を訳し終えると、個人でのシェイクスピア戯曲の全訳は、坪内逍遥、小田島雄志に続いて3人目となる。

2019/02/22

ちくま文庫のシェイクスピア全集(2019年1月時点)

以前にも書いたことがあるが、松岡和子さん訳のシェイクスピア全集の一覧をまとめておく(以前の記事は「ちくま文庫のシェイクスピア全集」)。

以前と同じではあらためて書く必要はあまりないので、英語での原題とシェイクスピアの執筆時期も追加した(執筆時期は確定されていないものもあるので、ここでは、Wikipediaより作成。Wikipediaは『リヴァーサイド版シェイクスピア』による)。記載の順番はちくま文庫のシェイクスピア全集での順番。

  1. Hamlet(1600-01)
    ハムレット(1996年1月)
  2. Romeo and Juliet(1595-96)
    ロミオとジュリエット(1996年4月)
  3. Macbeth(1606)
    マクベス(1996年12月)
  4. A Midsummer Night's Dream(1595-96)、Comedy of Errors(1592-94)
    夏の夜の夢・間違いの喜劇(1997年4月)
  5. King Lear(1605)
    リア王(1997年12月)
  6. Twelfth Night, or What You Will(1601-02)
    十二夜(1998年9月) 
  7. Richard III(1592-93)
    リチャード三世(1999年4月)
  8. The Tempest(1611)
    テンペスト(2000年6月)
  9. The Merry Wives of Windsor(1597)
    ウィンザーの陽気な女房たち(2001年5月)
  10. he Merchant of Venice(1596-97)
    ヴェニスの商人(2002年4月)
  11. Pericles, Prince of Tyre(1607-08)
    ペリクリーズ(2003年2月)
  12. Titus Andronicus(1593-94)
    タイタス・アンドロニカス(2004年1月)
  13. Othello(1604)
    オセロー(2006年4月)
  14. Coriolanus(1607-08)
    コリオレイナス(2007年4月)
  15. As You Like It(1599)
    お気に召すまま(2007年6月)
  16. Love's Labour's Lost(1594-95)
    恋の骨折り損(2008年5月)
  17. Much Ado About Nothing(1598-99)
    から騒ぎ(2008年10月)
  18. The Winter's Tale(1610-11)
    冬物語(2009年1月)
  19. Henry VI(1589-91)
    ヘンリー六世 全三部(2009年10月)
  20. Taming of the Shrew(1593-94)
    じゃじゃ馬馴らし(2010年8月)
  21. Antony and Cleopatra(1606-07)
    アントニーとクレオパトラ(2011年8月)
  22. Cymbeline(1609-10)
    シンベリン(2012年4月)
  23. Troilus and Cressida(1601-02)
    トロイラスとクレシダ(2012年8月)
  24. Henry IV(1596-98)
    ヘンリー四世 第一部、第二部(2013年4月)
  25. Julius Caesar(1599)
    ジュリアス・シーザー(2014年7月)
  26. Richard II(1595)
    リチャード二世(2015年3月) 
  27. The Two Gentlemen of Verona(1594)
    ヴェローナの二紳士(2015年8月)
  28. Measure for Measure(1604)
    尺には尺を(2016年4月)
  29. Timon of Athens(1607-08)
    アテネのタイモン(2017年10月)
  30. Henry V(1599)
    ヘンリー五世(2019年1月)

残り作品(戯曲)は、『ジョン王』『ヘンリー八世』『終わりよければすべてよし』『二人のいとこの貴公子』(だと思う)。

2017/06/13

ちくま文庫のシェイクスピア全集

前回のブログでは、シェイクスピアの『ハムレット』を取り上げた。手元にあるのは、松岡和子訳の『ハムレット』(ちくま文庫)である。文庫書き下ろしで、奥付を見ると初版は1996年1月24日であった。

大学は文学部で、一応、英米文学科であった。一応、とつけたのは、英語には興味があったが文学には興味がなかったからである。それでも一応英米文学科であるため、イギリス文学・アメリカ文学の授業の単位はとらなければならない。大学入学まで教科書以外の本をほとんど読んだことがなかったため、大学に入ってから本を読みはじめた。

大学に入学したのは1995年4月である。1年生のときの授業は一般教養が中心であったため、英米文学の授業はほとんどなかった。2年生から専門課程の授業がはじまるので、英米文学の文学作品も少しずつでも読んでいこうと思っていたときに、松岡和子さんの新訳で『ハムレット』が出版されていたのを見つけた。

ちくま文庫の『ハムレット』は「シェイクスピア全集」の1冊目であった。1996年1月に『ハムレット』、それから2ヶ月おきくらいで松岡和子さんの新訳でシェイクスピア作品が刊行されてきた。刊行ペースは遅くなっているが、ちくま文庫「シェイクスピア全集」は現在も刊行されている。シェイクスピアの全作品を一人の訳者が訳すのは、松岡さんが3人目だとどこかで読んだ記憶がある。松岡さんは現在挑戦中である。

だから、というわけでもないが、本屋さんに行ったときに必ずといっていいほど、新刊文庫の棚とちくま文庫の棚をチェックする。シェイクスピア全集が出ていないかどうかの確認である。出版されていたら買うことに決めている。Wikipedeia「松岡和子」の項の「シェイクスピア全集」を見ると、28まで出ていた。筑摩書房のホームページ等で確認したわけではないので間違っているかもしれないが、現時点(2017/06/13)で私の手元にも28まである(以下はWikipediaのコピぺ。2017/04/12更新版)。
  1. ハムレット(1996年)
  2. ロミオとジュリエット(1996年)
  3. マクベス(1996年)
  4. 夏の夜の夢・間違いの喜劇(1997年)
  5. リア王(1997年)
  6. 十二夜(1998年) 
  7. リチャード三世(1999年)
  8. テンペスト(2000年)
  9. ウィンザーの陽気な女房たち(2001年)
  10. ヴェニスの商人(2002年)
  11. ペリクリーズ(2003年)
  12. タイタス・アンドロニカス(2004年)
  13. オセロー(2006年)
  14. コリオレイナス(2007年)
  15. お気に召すまま(2007年)
  16. 恋の骨折り損(2008年)
  17. から騒ぎ(2008年)
  18. 冬物語(2009年)
  19. ヘンリー六世 全三部(2009年)
  20. じゃじゃ馬馴らし(2010年)
  21. アントニーとクレオパトラ(2011年8月)
  22. シンベリン(2012年4月)
  23. トロイラスとクレシダ(2012年8月)
  24. ヘンリー四世 第一部、第二部(2013年4月)
  25. ジュリアス・シーザー(2014年7月)
  26. リチャード二世(2015年3月) 
  27. ヴェローナの二紳士(2015年8月)
  28. 尺には尺を(2016年)
これらのすべてを読んでいるわけではない。ただ全集の途中が抜けてしまうと、どうも気になってしまう。だから読まないかもしれないけれど買っている。

「シェイクスピア全集」を買いはじめたきっかけは、シェイクスピアが有名だったからである。英米文学の文学作品として知っていたのがシェイクスピアだったというような軽い気持ちである。全集の最初の方は、有名どころであるため、ある程度読んでいる。英米文学を本格的に勉強していたわけではないので、途中で買うのをやめるタイミングはあったと思う。しかし、大学を卒業しても、そして今でも、刊行されるごとに買っている。少しずつは読んでいる。

これは単なる私の収集癖もあるだろう。シェイクスピア作品の魅力なのかもしれない。

しかし私は、松岡和子さんの翻訳の魅力、そして全作品の新訳への応援だと思っていたい。

2017/06/12

ホレイショーの人物像

シェイクスピアの有名な悲劇『ハムレット』に、王子ハムレットの親友としてホレイショーという人物が登場する。

このホレイショーの人物像について気になっている。『ハムレット』の話の筋には影響しないことではあるが。

一番気になっている点は、ホレイショーはいくつくらいの年齢なのか、ということである。原文ではなく日本語訳で読んでいるので解釈が異なるかもしれないということはご容赦いただきたい。以下の引用は、ちくま文庫の松岡和子訳から引用している。

まずはハムレットの年齢についてだが、第5幕第1場のいわゆる「墓掘りの場」において、ハムレットと墓掘りの以下のやり取りがある。
ハムレット (中略)――墓掘りになって何年になる?
墓掘り ほかでもねえ、この稼業を始めたのは先代の王ハムレット様がフォーティンブラス王をやっつけなすったその日からで。
ハムレット とすると何年になる?
墓掘り ご存じねえんで? どんな馬鹿でも知ってまさあ。王子のハムレット様がお生まれになった日だ――ほれ、気が狂ってイギリスに送られなすった。
しばらく後、墓掘りは、30年墓掘りをやってきたことを言う。
墓掘り (中略)あっしはここでガキの時分から三十年墓掘りやってんだ。
おそらくは「約30年」ということだろうが、このやり取りから、ハムレットは30歳前後であると思われる。ハムレットが生まれた日は、先王ハムレットがノルウェイ王フォーティンブラスを破った日であり、そこから30年墓掘りをやってきたからである。

上記のやり取りの後、墓掘りは「こいつは二十三年前に埋めたやつの頭だ」と言い、道化ヨリックの頭蓋骨を取り出す。ハムレットはヨリックに「しょっちゅうおぶってもらった」ことを覚えていた。ハムレットが30歳前後であれば、ヨリックが墓に入ったのはハムレットが7歳前後ということになる。ハムレットの物心がついたのがいつごろなのかはわからないが、4、5歳のときにヨリックにおぶってもらっていたとすれば、現在30歳前後であるとしても辻褄があう。

ホレイショーはハムレットの親友であるので同年代、つまり30歳前後としてもいいのだが、同年代とするには気になる点がある。それは、ホレイショーが先王ハムレットの亡霊を見たときのセリフである。

第1幕第1場。先王の亡霊が出ると言うマーセラスに頼まれ、ホレイショーはマーセラスたちとともに夜の見張りをしていたところ、本当に亡霊が出てくる。ホレイショーはその先王ハムレットの亡霊に話しかける。
ホレイショー 何ものだ、こんな真夜中我がもの顔で、
しかも、その見事な甲冑は
亡き国王が出陣のときお召しになったものではないか?
天に賭けて命じる、答えろ。
亡霊が消えた後、マーセラスに「国王そっくりだろう?」と問われ、ホレイショーは答える。
ホレイショー 生き写しだ。
あの甲冑は
野望に駆られたノルウェイ王と闘われたときのもの。
あの険しい顔つきは、怒号飛び交う談判で
橇に乗ったポーランド兵を打ちのめされたときそのままだ。
不思議だ。
ホレイショーが先王ハムレットとノルウェイ王フォーティンブラスの闘いを見ていたとすれば、その闘いの日にハムレットが生まれているので、ホレイショーはハムレットよりも年上ということになる。しかも戦場で見たということであれば、ホレイショーの幼少期ということはないであろう。仮にホレイショーが15歳のときに闘いを見たとすると、ホレイショーはハムレットより15歳年上、つまり45歳前後ということになる。20歳のときに見たとすれば、50歳前後。ハムレットと同年代とするには、年が離れている。

年齢の他にも、ホレイショーの人物像については気になる点がある。

ホレイショーは先王の亡霊を見たことをハムレットに報告に行く。そこで以下の会話がある。
ハムレット (中略)父上は――父上の姿が見えるようだ――
ホレイショー 殿下、どこに?
ハムレット 心の目にだ、ホレイショー。
ホレイショー 一度お目にかかったことがあります。立派な国王でした。
文字通りに読むと、ホレイショーは「一度」国王を見たことがある。もしそれが、フォーティンブラスとの闘いのときであれば、30年前に一度見ただけである。

また、第1幕第4場で、夜中、ハムレットとともに見張りに立っているとき、ファンファーレや大砲の音が聞こえる。その場面の会話。
ホレイショー (中略)殿下、あれは一体?
ハムレット 国王が徹夜で祝宴を張り
飲めや歌えのどんちゃん騒ぎだ。
王が葡萄酒を飲み干すごとに
ああやって太鼓やラッパではやし立て、
見事な飲みっぷりを讃えるわけだ。
ホレイショー そういうしきたりですか?
ハムレット ああ、そうだ。
だが、この国に生まれ
ここの習慣が染み込んでいる俺でさえ、あんなしきたりは
守るより破るほうが名誉だと思う。
ホレイショーはまるで、この国(デンマーク)のしきたりを知らないような口ぶりである。

ハムレットはドイツのウィッテンバーグの大学に留学(遊学)しており、父親である先王の死のためデンマークに戻ってきた設定である。ホレイショーもウィッテンバーグを離れデンマークのエルノシアに来ている。亡霊の報告にハムレットに会った場面でそれがわかる。
ハムレット (中略)それにしても、ホレイショー、なんでウィッテンバーグからここへ?
ハムレットは、ホレイショーがデンマークにいることを知らなかったようだ。

ホレイショーのセリフの中には「わが国」や「わが王」などの言葉があり、それぞれ「デンマーク」「先王ハムレット」を指しているので、ホレイショーはデンマーク人ではあろう。

以上のことを踏まえると、ホレイショーについて次のようなことが想像できる。年齢はハムレットより年上で、45~50歳くらいの初老。若い頃に先王ハムレットとフォーティンブラスの闘いを見たことがある。その後ウィッテンバーグの大学へ行き、学問を長年学んでいた学者である。学んでいたのは自然哲学か神学であろう。そのウィッテンバーグに王子ハムレットが留学してきて、そこで知り合い、親友となった。そんなときにハムレットの父親である先王が亡くなり、ハムレットは急ぎデンマークに帰る。ハムレットを追うためか、新しい国王を見たいためかはわからないが、ホレイショーはデンマークに戻ってきた。

だからどうしたと言われればそれまでだが、こんな想像を楽しんでいる。

ホレイショー(Horatio)には、「語り部」とか「祈る人」とかいう意味があるとも言われている。『ハムレット』では主要な人物はほとんど死んでしまうのだが、ホレイショーは物語の間近にいながら、生きている人物である。亡くなる直前、ハムレットはホレイショーに「生きてくれ。俺のこと、そして、俺の立場を正しく伝えてくれ。/事情を知らない者も納得するように。」と、ハムレットの物語を語り伝えてほしい旨依頼される。語り部の役割としてシェイクスピアが創造した人物であると言われている。

だからこそ、もっとしっくりとした解釈があってもよさそうなのだが、まだ見出だせていない。

2017/05/04

トゥモロウ・スピーチ

松岡和子さんの『深読みシェイクスピア』で、「トゥモロウ・スピーチ(Tomorrow Speech)」という言葉を知った。シェイクスピア『マクベス』第五幕第五場でのマクベスの独白部分のことである。このトゥモロウ・スピーチについて、松岡さんは「音と意味とイメージのつながりがパーフェクト!」であるという。
To-morrow, and to-morrow, and to-morrow,
Creeps in this petty pace from day to day,
To the last syllable of recorded time;
And all our yesterdays have lighted fools
The way to dusty death. Out, out, brief candle!
Life's but a walking shadow, a poor player,
That struts and frets his hour upon the stage,
And then is heard no more: it is a tale
Told by an idiot, full of sound and fury,
Signifying nothing.

明日も、明日も、また明日も、
とぼとぼと小刻みにその日その日の歩みを進め、
歴史の記述の最後の一言にたどり着く。
すべての昨日は、愚かな人間が土に還る
死への道を照らしてきた。消えろ、消えろ、束の間の灯火!
人生はたかが歩く影、哀れな訳者だ、
出場のあいだは舞台で大見得を切っても
袖へ入ればそれきりだ。
白痴のしゃべる物語、たけり狂うわめき声ばかり、
筋の通った意味などない。
――松岡和子訳『マクベス』
音と意味とイメージがどのようにつながっているかということは『深読みシェイクスピア』を読んでいただくこととして、私はこの部分を読んで、ソクラテスの「洞窟の比喩」を思い出した。

洞窟の比喩は、プラトンの『国家』のなかでソクラテスが言ったこととして記述されている。『国家』を読んだことはないが、洞窟の比喩については言及を見ることがある。Wikipediaにも「洞窟の比喩」という項目があった。

私が洞窟の比喩で思い出した本は、小林秀雄さんの『考えるヒント』である。確認のため、『考えるヒント』に収められている「プラトンの「国家」」をあらためて読むと、文脈は異なるが、私の勝手な関連づけがはじまった。

「プラトンの「国家」」のなかで、小林さんは以下のように書いている。
もし囚人のなかに一人変り者がいて、非常な努力をして、背後を振りかえり、光源を見たとしたら、彼は、人間達が影を見ているに過ぎない事を知るであろうが、闇に慣れていた眼が光でやられるから、どうしても行動がおかしくなる。影の社会で、影に準じて作られた社会のしきたりの中では、胡乱臭い人物にならざるを得ない。人間達は、そんな男は、殺せれば殺したいだろう、とソクラテスは言う。つまり、彼は洞窟の比喩を語り終ると直ぐ自分の死を予言するのである。
マクベスは夫人と共謀し、国王ダンカンを暗殺し王位を得る。そしてその地位を守るため罪を重ねていく。冒頭の「トゥモロウ・スピーチ」は、夫人が亡くなったという知らせを受けた直後の独白である。そしてその後、バーナムの森が動き戦いがはじまり、その戦いでマクベスは殺される。

もしかするとマクベスは、束の間の灯火であったかもしれないが、洞窟の比喩での光源を見たのではないか。そして、洞窟の比喩を語り終えると自分の死を予言したのではないか。そんな勝手な想像が生まれた。

『マクベス』はまだ読み返していない。明日にしよう。

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