2013/10/19

秘根顔図上幾

時折思い出しては、ジェイムス・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』(柳瀬尚紀訳)に挑戦するのですが、中々読み進めることができません。

理由は、読んでみるとわかるでしょうが、冒頭の一文を引用してみます。
川走せんそう、イブとアダム礼盃亭れいはいていぎ、く岸辺きしべからきょくするわんへ、こんせぬめぐみち媚行ビコウし、めぐもどるは栄地えいちたるホウスじょうとその周円しゅうえん
総ルビ、注釈なし、です。

ここまで書くのにも苦労しました…。

ちなみに、原文を見たことはありませんが、WEBで検索すると、どうやら以下の文章のようです。
riverrun, past Eve and Adam's, from swerve of shore to bend of bay, brings us by a commodius vicus of recirculation back to Howth Castle and Environs.

riverrun と小文字で始まっているのは、最終章と対応しているからだとか…。

最終章の最後にはピリオドがないとか…。

通読すればわかるのでしょうか?


まあ、しかし、最初の一文だけでも、注釈を試みてみます。

というか、思いついたことなどのメモです。

わからないことだらけなので、お暇な方のみお読みください。

区切りは適当です。

専門家でも何でもありませんので、その点ご了承ください。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
川走せんそう
riverrun,
川(river)と走る(run)で「川走」ですが、同音異義語の「戦争」も思い起こします。「戦争」がどのようにかかわっているのかは、通読していないのでわかりません。

イブとアダム礼盃亭れいはいていぎ、
past Eve and Adam's,
「イブ(Eve)」と「アダム(Adam)」は、言わずと知れた『創世記(旧約聖書)』に出て来る人間の名前です。神がはじめて造った人間(男)が「アダム」、そして男(アダム)の肋骨をもとに女(イブ、あるいはエヴァ)を造ります。順序から言うと、「アダムとイブ」という方が一般的かと思いますが、ここでは「イブとアダム」となっていることに何か意味がありそうです。
そして、「礼盃亭」。「礼盃亭」は、どこから来たのか。「礼拝」ではなく「礼盃」であることにも、何か意味がありそうです。
また、文法的には「イブ」と「アダム礼盃亭」と取るべきか。

岸辺きしべから
from swerve of shore
shore は「岸、海岸、川岸」という意味。swerve は「それる、曲がる」という意味。shore と swerve のように語頭の音を一致させた訳として「岸辺」「く寝る」を採用しています。
「くねる」を「く寝る」としたところにも意味がありそうですが、わからず。sleep も s で始まりますね。
文法的に一致するように訳すと「岸辺のくねり」となりそうですが、ここにも意味がありそうです。

きょくするわんへ、
to bend of bay,
bend と bay も頭韻。「輪ん曲」と「湾」も頭韻を踏んでいます。
「湾曲」とせず「輪ん曲」としたのは、「円環」を連想させる現れですかね。Wikipedeia「フィネガンズ・ウェイク」には「この作品の主題は、だれか特定の人物の物語ではなく、人類の原罪による転落と覚醒であり、円環をなす人類の意識の歴史なのである。」とありました。となると、先の「く寝る」は、目覚めを予感させます。
bend は「曲げる、曲がる」という意味で、ここも文法的に一致するように訳すと、「湾の曲がり」となりそう。

こんせぬめぐみち媚行ビコウし、めぐもどるは栄地えいちたるホウスじょうとその周円しゅうえん
brings us by a commodius vicus of recirculation back to Howth Castle and Environs.
さて、最後が難しい。とは言っても冒頭の一文なのですが…。
注目したところから書くと、recirculation という単語が目を引きます。circle は「円」。そこに re- という接頭辞があります。re- は「再び」というようないみがあるので、「円環」というイメージ。冒頭の riverrun が最後からの続きということならば、ウロボロス的な円環を思いうかべます。アダムとイブという創世記の語を配していることから、始まりも終わりもないもののとりあえずの最初としてこの一文が配されているという考え方ができそうです。ラストの Environs も、中学か高校で習った「環境(environment)」という単語を思い起こすものです。そういえば「環境」にも「環」という文字が使われていますね。「巡る」も「戻る」なども呼応します。back なんかは、recirculation の re- なんかと相性がよさそうです。
「今も度失せぬ」からは、「今度」とか、「堂々巡り」とか、「どうする」とか、「今度も」が入れ替わって「今も度」となったとか、いろいろなことを考えましたが、一概には言えず。また、「栄地四囲委蛇たる」というのもどこから来たのかがわかりませんが、「四面楚歌」などを思い浮かべるし、ウロボロスの蛇というのもここにイメージされている気がします。
commodius や vicus という単語は手元の英和辞典にはありませんでした。ついでに言うと、Howth もなし。
commodius からは、commodity(必需品)という単語を思い浮かべますが、どうでしょうか。
『フィネガンズ・ウェイク』では様々な言語を取り入れて書かれていると聞きますので、英単語としては存在しないのかもしれません。語末からは、commodius や vicus は、ラテン語(系)のような気もします。

しかし、日本語でも英語でもわからない…。
『フィネガンズ・ウェイク』は、イメージを喚起させる抽象化された小説のようなイメージです。
ミロの『アルルカンの謝肉祭(カーニバル)』という作品がありますが、それをさらに隙間なく寄せ集めた絵を思い浮かべました。

フィネガンズ・ウェイク 1 (河出文庫)
フィネガンズ・ウェイク 1 (河出文庫)

2013/10/17

わもんな言葉55-ミジンコ

やぶちゃんは、直感のことを「ミジンコ」と呼んでいます。

下の方から猛スピードで上がってくるミジンコ。

そのミジンコは、水面に上がるか上がらないかのうちに、また潜ってしまう。

猛スピードで上がってくるミジンコ(直感)を素早くキャッチして、それを行動に移す、という話。


直感を感じる感覚は人それぞれだそうで、やぶちゃんは下から上がってくる感じということですが、上から降ってくるという人もいるようです。


さて、自分はどうだろう、と思ったとき、浮かんできたものは…、

「ゲンゴロウ」でした(笑)


ゲンゴロウは翅の下に空気をためて水中を泳ぎます。

空気をためるためにときどきお尻を水面に出します。

その姿が浮かんできました。


本物のゲンゴロウを見たことはありません。

子どものころは昆虫採集などをすることがよくあり、ゲンゴロウもその対象としていましたが、捕まえられず…。

シマゲンゴロウはたくさんいたのですが…。


そう思うと、私は珍しいものが好きです。

あまり見かけないものだったり、思いがけない考え方だったり。

ゲンゴロウを思い浮かべたのは、そういった志向の現れなのかもしれません。

ミジンコよりは目につきやすく、それでいて珍しい。


実はミジンコはそこらじゅうに跳ねているのに目もくれず、空気を取り込むためにゲンゴロウが水面に顔(お尻)を出すのを探しているのかもしれません。


聞けば叶う〜わもん入門
聞けば叶う〜わもん入門

10月は「8」の月?

10月は英語で言うと October です。

この October の oct- には、数字の「8」という意味があります。

8本の足を持つタコは英語で octopus ですし、八角形は octagon、音楽では8音上がると1オクターブ(octave)。


10月なのに、なぜ「8」が関係しているのか。

ローマ暦が関係しているようです。

以下、Wikipedia「ローマ暦」からの引用です。
紀元前753年(紀元前745年説あり)、最初のローマ暦が古代ローマで採用された。この暦法は、ローマを建国したとされる王ロムルスの名をとり、ロムルス暦と呼ばれる。3月から始まり12月で終わっていた。各月の名称と日数は次のとおり。
  • Martius (マルティウス、31日)
  • Aprīlis (アプリーリス、30日)
  • Māius (マーイウス、31日)
  • Jūnius (ユーニウス、30日)
  • Quīntīlis (クィーンティーリス、31日)
  • Sextīlis (セクスティーリス、30日)
  • September (セプテンベル、30日)
  • Octōber (オクトーベル、31日)
  • November (ノウェンベル、30日)
  • December (デケンベル、30日)
1年の長さは304日で、12月30日と3月1日の間に、日付のない日が約61日間続いた。農耕暦だったので、畑仕事のない季節に日付は必要なかったとされる。当時のローマ人は1年の長さが約365日であることを知らなかったため、日付のない日は厳密に61日間ではなく、春めいてきた日に王が新年を宣言するという形をとったと考えられる。
なるほど、8番目が October です。

これに January、February が加わって、12ヵ月がそろうこととなります。


ちなみに、September(9月)、November(11月)、Decenber(12月)の sept-、novem-、decem- というのは、それぞれ7番目、9番目、10番目という意味があります。

語源はラテン語。

ラテン語の流れを汲むフランス語では、数字の 7、8、9、10 を sept、huit、neuf、dix といいます。

sept なんかは、seven に近いし、huit と eight、neuf と nine なども近いといえば近いです。


フランス語はロマンス系言語、英語はゲルマン系言語ですが、国も近いので交流があったのでしょう。


今回、暦月の後半について書きましたが、前半も語源を調べるとローマ神話の神様の名前が入っていたり、結構おもしろいと思います。

気が向けばブログにも書こうと思いますが、今回はこの辺で。

2013/10/10

わもんな言葉54-楽読

わもん界に楽読に関わる方々が多くなっています。

あるいは逆に、楽読界にわもんに関わる方々が多くなっているのかも。

楽読とわもんがつながってきています。


私は楽読のことをあまり知りません。

そこで、最近出版された楽読の本『世界一楽しい速読』を購入。

DVD付で、我らがピースさんが登場しています♪


楽読は書名からもわかるように「楽しい速読」。

読むことと聞くことの違いはありますが、楽読とわもんがつながってきているということは、楽読とわもんに共通したものがあるということです。


『世界一楽しい速読』の中では、「楽読のコツ」として次の4つのポイントが挙げられていました。
  1. 速く見る
  2. 見る幅を広げる
  3. 見たことと記憶の照合を速める
  4. 見えたことで勘を使う
ここから、「わもんのコツ」を探ってみましょう。


とりあえず、「見る」を「聞く」に替えてみます。
  1. 速く聞く
  2. 聞く幅を広げる
  3. 聞いたことと記憶の照合を速める
  4. 聞こえたことで勘を使う

1の「速く聞く」というのが、何だかわもんにはしっくりとしないような気がします。

話し手に速くしゃべってもらうわけにもいきません。

「見る」ならば速くすることはできそうですが、「聞く」を速くすることはちょっと無理かも、と思ってしまいます。


ならば、「ゆっくり聞く」というのはどうか。

話し手の話のスピードを上げることは聞き手にはできないことかもしれませんが、聞き手が聞くスピードを遅くすることで、相対的に話し手のスピードを上げてみるという提案です。


人の話す速さと、聞く速さでは、聞く方が3倍から4倍も速いと言われています。

聞く方が早いため、聞き手には余裕があり、聞きながら他のことを考えたりすることができます。

「ゆっくり聞く」というのは、話し手の話すスピードに、聞くスピードを合わせていくことです。


文字を読むときには、頭の中で音読をしています。

その音読をやめて、文字を見ることによって読む速度を上げるのが速読です。


ならば「ゆっくり聞く」には、話し手の話を音読すればいいのではないか。

「わもん流シャドーイング」は効果的なトレーニングですね。


世界一楽しい速読: 全脳開発トレーニング楽読講座51分DVDつき
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聞けば叶う〜わもん入門
聞けば叶う〜わもん入門

2013/10/02

わもんな言葉53-アプリ

一昔前はパソコン上で動くプログラムを「ソフトウェア」、略して「ソフト」と呼んでいました。

「ワープロソフト」や「表計算ソフト」など。

しかし、いつの間にか「アプリケーション」、略して「アプリ」と呼ぶことが主流になってきました。

スマホが普及し始めた頃からではないかと思います。


厳密な定義は知りませんが、「ソフト」と「アプリ」の違いは、使いやすさだと思います。


「ソフトウェア」に対応する語としては、「ハードウェア」、略して「ハード」があります。

パソコンで言えば、CPUとかハードディスクとかDVDドライブとか、物理的な装置などのことを「ハード」と言います。

一方「ソフト」というのは、「ハード」の上で動くプログラム全てのこと。


なので、WindowsやiOSなどのOS(Operating System)も「ソフト」。

「基本ソフト」という言い方もあります。


「アプリ」というのは、「ソフト」の中でも、人間にとってより使いやすくわかりやすいもの、あるいは「基本ソフト」上で動く「応用ソフト」だと思っています。


最近、やぶちゃんは、「アプリ」という言葉をよく使います。

「あまのじゃくアプリ」や「人と違うことをやりたいアプリ」など、その人の考え方や癖などを総称して「アプリ」と呼んでいます。


そういった癖や考え方、行動様式など「アプリ」を否定するわけではありません。

「アプリ」は使いやすく、わかりやすく、便利なものです。

人が生きていく中で、「これは使いやすいかも」「便利かも」と取り入れたものが「アプリ」です。


皆さんの持っているパソコンやスマホにも、様々なアプリが入っています。

それらのアプリは用途、機能が決まっているものがほとんどです。

「もう少しこんな機能がほしいな」とか「ここはちょっと使いにくいな」というようなアプリもあるかもしれません。

知らぬ間に動いているアプリもあるかもしれません。

また、Android用とかiOS用とか、特定のOS上でしか動かないアプリもあります。

自分専用の自分が使いやすく便利なアプリがほしいものです。


書籍『わもん入門』には、「わもんはコミュニケーションのOSです」という本間正人先生の推薦文がついています。

OSは基本ソフト。

わもんOSをインストールすると、わもんOS上では動かないアプリがでてくるかもしれません。

バージョンアップをしなければならないアプリもあるかもしれません。


人間というハードを理解し、わもんというOSをインストールして、自分自身が一番使いやすいアプリをつくってみたいと思います。


聞けば叶う〜わもん入門
聞けば叶う〜わもん入門