2017/07/18

第15回小布施見にマラソン

先日(7/16)、第15回小布施見にマラソンに参加しました。

走るのは、昨年の小布施見にマラソン以来。。。

しばらく練習をしていないこともあり、膝が痛くなりそうになったら歩こうと決めて臨みました。


もともと、この「小布施見にマラソン」は記録を狙うような大会ではなく、大会名が表すように小布施を見ながら走るマラソンです(以下は「小布施見にマラソン」公式サイトからの引用)。
この大会は、速さを競うだけではなく、時には立ち止まり、小布施を見て、楽しみながら走る見に(ミニ)マラソンです。 「土手を行く 野道を駆ける 路地を走る」というコンセプトでコースをめぐりながら、小布施の町の人とランナーのみなさん、 ボランティアのご縁をつなぐ「縁走=えんそう」を楽しみましょう。
年間に町人口の100倍、120万人をお迎えする小布施町のONの道、おもての道ではなく、土手や野道、路地といった、OFFの道、 ふだん着の小布施に浸りながら走る21.0975キロです。

下はスタート前の写真です。



スマホの電池切れのため、途中の写真はありません。。。


半分以上歩いていますが、無事完走しました(^^)



沿道で応援していただいた方々、目を楽しませてくれた仮装ランナーの皆さま、大会をサポートしていただいた小布施の方々、ありがとうございます。

2017/07/12

バニラ・エアの出来事から考える

6月末、朝日新聞が「車いす客に自力でタラップ上がらせる バニラ・エア謝罪」という見出しで、ある出来事を報道した。
鹿児島県奄美市の奄美空港で今月5日、格安航空会社(LCC)バニラ・エア(本社・成田空港)の関西空港行きの便を利用した半身不随で車いすの男性が、階段式のタラップを腕の力で自力で上らされる事態になっていたことがわかった。
その後、その車いすの男性が事前に連絡をしていなかった、などと、いわゆる「炎上」した。今は下火になっている。

ネット上での記事を読んだだけであるため、実際のところ、どのようなやり取り、経緯があったのかはわからない。ただ、様々なことを考えた。大きくは2つある。1つは表現方法と視点について、もう1つはコミュニケーションについて、である。

表現方法と視点については冒頭の見出しがわかりやすい例であると思う。見出しには「車いす客に自力でタラップ上がらせる」とある。主語は明示されていないが、あとに「バニラ・エア謝罪」と続いているので、「(バニラ・エアが)車いす客に自力でタラップ上がらせる」と読むことができる。しかし新聞記事の内容や他のサイトでの記事などからもわかるように、バニラ・エア側が「自力で上れ」と命令したわけではなさそうである。仕方なく自力でタラップを上ったというところであろう。

「(さ)せる」という助動詞は「使役」を表す。使役する人、される人という構図をイメージする。「車いす客に自力でタラップ上がらせる」という表現は、一見、車いすの男性側に立った表現に思えるが、記事内容等から見ると、バニラ・エアを悪者にしようという表現に見えてしまう。たとえば、「車いす客、自力でタラップ上がる バニラ・エア謝罪」という見出しだったらどうだろうか。

もう1つのコミュニケーションについては、憶測も混じっている。車いすの男性もバニラ・エア側も、もう少し歩み寄ることができたのではないかと思ったことである。車いすの男性(木島さん)が書いた記事(歩けない人は乗せれません! 2回目)を読むと、最初のやり取りから壁を感じたのではないかと思う。
階段の搭乗タラップの写真を見せられ、歩けますか?と聞かれ、歩けませんと返答したら「乗れません」の一言。
バニラ・エア側からこの状況を書いたものは見ていないので一概にはいえないかもしれないが、断る前、禁止する前に、バニラ・エア側から手を差し伸べるような一言、たとえば「どのような手助けが必要ですか」というような言葉がけがあれば、良かったのではないかと思う。

また、木島さん側も事前連絡をしていれば良かったのではないかとも思う。もちろん、事前連絡なしでも搭乗拒否などされないような世界が望ましい。しかし、まだそうなっていないからこそ「障害者差別禁止法」があり、木島さんもそのような差別をなくそうと活動している。事前連絡をしたのに搭乗拒否をされるようなことがあれば、それこそ大問題になるであろう。事前連絡をしなかったことが意図的なのか、非意図的なのかはわからないが、早めに手を打つに越したことはないと思う。

だからといって、双方悪いとは思っていない。終わった後で部外者だから何だかんだ言っているだけである。

私にとって大切だと思うことは、もし自分が当事者だったならばどんな態度でどんな行動をとるか、ということである。もし自分が木島さんの立場だったら、もし自分がバニラ・エアの立場だったら、もし第三者の立場でこの出来事に遭遇したら。

バニラ・エアの出来事は、様々なことを考えた出来事である。

2017/07/07

定跡と常識



藤井聡太さんの最多連勝記録(29連勝)や、その連勝をストップさせた佐々木勇気さん、そして先日引退された加藤一二三さんなど、将棋界が注目されている。

それに触発されたということもあり、最近、羽生善治さんの著書を読み返していた。

「直感」と「読み」と「大局観」。棋士はこの3つを駆使して対局に臨んでいる。そして経験を積むにつれ、「直感」と「大局観」を使う比重が高くなると、羽生さんはいう。

これは将棋だけのことではない。仕事でも遊びでも何でも、「直感」と「読み」と「大局観」を使う。そして最初のうちは「読み」の比率が高く、経験を積むにつれ「直感」「大局観」の比率が高くなっていくだろう。

「読み」というのは、論理計算力ともいえる。将棋でいえば、幾通りの手が読めるか、何手先まで読めるか、ということである。

子供のころ、家の近所の地図を作ったことがある。この道を行けばどこにつながっているのか、どこに何があるのか、実際に歩いて確認して作った。歩いて行ける距離なので大した地図ではないが、市販の地図には載っていないような細い道やあぜ道まで描いた記憶がある。こういった試行錯誤が「読み」にあたると思う。

「大局観」は地図のようなものである。俯瞰力ともいう。「鳥の目・虫の目」というとき、「鳥の目」が俯瞰力・大局観にあたり、「虫の目」は「読み」に近い。高く飛べば飛ぶほど地図の範囲は広がる。遠くまで見える。視座を高くすれば視野が広がる。目的地への道筋をつけることができる。

この例でいうと、「直感」は地図と現実のギャップといえるかもしれない。

最近は精度が上がってきているのであまり聞かないが、以前はナビ通りに車で走っていると行き止まりだったというような話を聞くことがあった。途中で何かおかしいなと気づくこともあっただろう。ちょっとした違和感が「直感」の種ではないだろうか。

先の例はあまりよくない方の違和感であるが、良い方の違和感もあるだろう。地図に載っていない道を見つけて、こっちの方にいけば近道できるのではないかというような違和感である。

先人はいる。だから地図は作られていることが多いし、作ることができる。しかし、実際歩いたとき、あるいは走ったとき地図とは違うことが起こるかもしれない。異なる道を見つけるかもしれない。

引退された加藤一二三さんは大山康晴さんに「天才」と呼ばれたという。その加藤さんは羽生さんを天才という。加藤さんも羽生さんも中学生でプロ棋士となった。そして天才と呼ばれる中学生プロ棋士の藤井さん。将棋の戦法や定跡は上書きされる。将棋界の地図も上書きされている。

私の地図はどうだろうか。

地図を持とう。そして、実際に歩いていこう。

2017/06/13

ちくま文庫のシェイクスピア全集

前回のブログでは、シェイクスピアの『ハムレット』を取り上げた。手元にあるのは、松岡和子訳の『ハムレット』(ちくま文庫)である。文庫書き下ろしで、奥付を見ると初版は1996年1月24日であった。

大学は文学部で、一応、英米文学科であった。一応、とつけたのは、英語には興味があったが文学には興味がなかったからである。それでも一応英米文学科であるため、イギリス文学・アメリカ文学の授業の単位はとらなければならない。大学入学まで教科書以外の本をほとんど読んだことがなかったため、大学に入ってから本を読みはじめた。

大学に入学したのは1995年4月である。1年生のときの授業は一般教養が中心であったため、英米文学の授業はほとんどなかった。2年生から専門課程の授業がはじまるので、英米文学の文学作品も少しずつでも読んでいこうと思っていたときに、松岡和子さんの新訳で『ハムレット』が出版されていたのを見つけた。

ちくま文庫の『ハムレット』は「シェイクスピア全集」の1冊目であった。1996年1月に『ハムレット』、それから2ヶ月おきくらいで松岡和子さんの新訳でシェイクスピア作品が刊行されてきた。刊行ペースは遅くなっているが、ちくま文庫「シェイクスピア全集」は現在も刊行されている。シェイクスピアの全作品を一人の訳者が訳すのは、松岡さんが3人目だとどこかで読んだ記憶がある。松岡さんは現在挑戦中である。

だから、というわけでもないが、本屋さんに行ったときに必ずといっていいほど、新刊文庫の棚とちくま文庫の棚をチェックする。シェイクスピア全集が出ていないかどうかの確認である。出版されていたら買うことに決めている。Wikipedeia「松岡和子」の項の「シェイクスピア全集」を見ると、28まで出ていた。筑摩書房のホームページ等で確認したわけではないので間違っているかもしれないが、現時点(2017/06/13)で私の手元にも28まである(以下はWikipediaのコピぺ。2017/04/12更新版)。
  1. ハムレット(1996年)
  2. ロミオとジュリエット(1996年)
  3. マクベス(1996年)
  4. 夏の夜の夢・間違いの喜劇(1997年)
  5. リア王(1997年)
  6. 十二夜(1998年) 
  7. リチャード三世(1999年)
  8. テンペスト(2000年)
  9. ウィンザーの陽気な女房たち(2001年)
  10. ヴェニスの商人(2002年)
  11. ペリクリーズ(2003年)
  12. タイタス・アンドロニカス(2004年)
  13. オセロー(2006年)
  14. コリオレイナス(2007年)
  15. お気に召すまま(2007年)
  16. 恋の骨折り損(2008年)
  17. から騒ぎ(2008年)
  18. 冬物語(2009年)
  19. ヘンリー六世 全三部(2009年)
  20. じゃじゃ馬馴らし(2010年)
  21. アントニーとクレオパトラ(2011年8月)
  22. シンベリン(2012年4月)
  23. トロイラスとクレシダ(2012年8月)
  24. ヘンリー四世 第一部、第二部(2013年4月)
  25. ジュリアス・シーザー(2014年7月)
  26. リチャード二世(2015年3月) 
  27. ヴェローナの二紳士(2015年8月)
  28. 尺には尺を(2016年)
これらのすべてを読んでいるわけではない。ただ全集の途中が抜けてしまうと、どうも気になってしまう。だから読まないかもしれないけれど買っている。

「シェイクスピア全集」を買いはじめたきっかけは、シェイクスピアが有名だったからである。英米文学の文学作品として知っていたのがシェイクスピアだったというような軽い気持ちである。全集の最初の方は、有名どころであるため、ある程度読んでいる。英米文学を本格的に勉強していたわけではないので、途中で買うのをやめるタイミングはあったと思う。しかし、大学を卒業しても、そして今でも、刊行されるごとに買っている。少しずつは読んでいる。

これは単なる私の収集癖もあるだろう。シェイクスピア作品の魅力なのかもしれない。

しかし私は、松岡和子さんの翻訳の魅力、そして全作品の新訳への応援だと思っていたい。

2017/06/12

ホレイショーの人物像

シェイクスピアの有名な悲劇『ハムレット』に、王子ハムレットの親友としてホレイショーという人物が登場する。

このホレイショーの人物像について気になっている。『ハムレット』の話の筋には影響しないことではあるが。

一番気になっている点は、ホレイショーはいくつくらいの年齢なのか、ということである。原文ではなく日本語訳で読んでいるので解釈が異なるかもしれないということはご容赦いただきたい。以下の引用は、ちくま文庫の松岡和子訳から引用している。

まずはハムレットの年齢についてだが、第5幕第1場のいわゆる「墓掘りの場」において、ハムレットと墓掘りの以下のやり取りがある。
ハムレット (中略)――墓掘りになって何年になる?
墓掘り ほかでもねえ、この稼業を始めたのは先代の王ハムレット様がフォーティンブラス王をやっつけなすったその日からで。
ハムレット とすると何年になる?
墓掘り ご存じねえんで? どんな馬鹿でも知ってまさあ。王子のハムレット様がお生まれになった日だ――ほれ、気が狂ってイギリスに送られなすった。
しばらく後、墓掘りは、30年墓掘りをやってきたことを言う。
墓掘り (中略)あっしはここでガキの時分から三十年墓掘りやってんだ。
おそらくは「約30年」ということだろうが、このやり取りから、ハムレットは30歳前後であると思われる。ハムレットが生まれた日は、先王ハムレットがノルウェイ王フォーティンブラスを破った日であり、そこから30年墓掘りをやってきたからである。

上記のやり取りの後、墓掘りは「こいつは二十三年前に埋めたやつの頭だ」と言い、道化ヨリックの頭蓋骨を取り出す。ハムレットはヨリックに「しょっちゅうおぶってもらった」ことを覚えていた。ハムレットが30歳前後であれば、ヨリックが墓に入ったのはハムレットが7歳前後ということになる。ハムレットの物心がついたのがいつごろなのかはわからないが、4、5歳のときにヨリックにおぶってもらっていたとすれば、現在30歳前後であるとしても辻褄があう。

ホレイショーはハムレットの親友であるので同年代、つまり30歳前後としてもいいのだが、同年代とするには気になる点がある。それは、ホレイショーが先王ハムレットの亡霊を見たときのセリフである。

第1幕第1場。先王の亡霊が出ると言うマーセラスに頼まれ、ホレイショーはマーセラスたちとともに夜の見張りをしていたところ、本当に亡霊が出てくる。ホレイショーはその先王ハムレットの亡霊に話しかける。
ホレイショー 何ものだ、こんな真夜中我がもの顔で、
しかも、その見事な甲冑は
亡き国王が出陣のときお召しになったものではないか?
天に賭けて命じる、答えろ。
亡霊が消えた後、マーセラスに「国王そっくりだろう?」と問われ、ホレイショーは答える。
ホレイショー 生き写しだ。
あの甲冑は
野望に駆られたノルウェイ王と闘われたときのもの。
あの険しい顔つきは、怒号飛び交う談判で
橇に乗ったポーランド兵を打ちのめされたときそのままだ。
不思議だ。
ホレイショーが先王ハムレットとノルウェイ王フォーティンブラスの闘いを見ていたとすれば、その闘いの日にハムレットが生まれているので、ホレイショーはハムレットよりも年上ということになる。しかも戦場で見たということであれば、ホレイショーの幼少期ということはないであろう。仮にホレイショーが15歳のときに闘いを見たとすると、ホレイショーはハムレットより15歳年上、つまり45歳前後ということになる。20歳のときに見たとすれば、50歳前後。ハムレットと同年代とするには、年が離れている。

年齢の他にも、ホレイショーの人物像については気になる点がある。

ホレイショーは先王の亡霊を見たことをハムレットに報告に行く。そこで以下の会話がある。
ハムレット (中略)父上は――父上の姿が見えるようだ――
ホレイショー 殿下、どこに?
ハムレット 心の目にだ、ホレイショー。
ホレイショー 一度お目にかかったことがあります。立派な国王でした。
文字通りに読むと、ホレイショーは「一度」国王を見たことがある。もしそれが、フォーティンブラスとの闘いのときであれば、30年前に一度見ただけである。

また、第1幕第4場で、夜中、ハムレットとともに見張りに立っているとき、ファンファーレや大砲の音が聞こえる。その場面の会話。
ホレイショー (中略)殿下、あれは一体?
ハムレット 国王が徹夜で祝宴を張り
飲めや歌えのどんちゃん騒ぎだ。
王が葡萄酒を飲み干すごとに
ああやって太鼓やラッパではやし立て、
見事な飲みっぷりを讃えるわけだ。
ホレイショー そういうしきたりですか?
ハムレット ああ、そうだ。
だが、この国に生まれ
ここの習慣が染み込んでいる俺でさえ、あんなしきたりは
守るより破るほうが名誉だと思う。
ホレイショーはまるで、この国(デンマーク)のしきたりを知らないような口ぶりである。

ハムレットはドイツのウィッテンバーグの大学に留学(遊学)しており、父親である先王の死のためデンマークに戻ってきた設定である。ホレイショーもウィッテンバーグを離れデンマークのエルノシアに来ている。亡霊の報告にハムレットに会った場面でそれがわかる。
ハムレット (中略)それにしても、ホレイショー、なんでウィッテンバーグからここへ?
ハムレットは、ホレイショーがデンマークにいることを知らなかったようだ。

ホレイショーのセリフの中には「わが国」や「わが王」などの言葉があり、それぞれ「デンマーク」「先王ハムレット」を指しているので、ホレイショーはデンマーク人ではあろう。

以上のことを踏まえると、ホレイショーについて次のようなことが想像できる。年齢はハムレットより年上で、45~50歳くらいの初老。若い頃に先王ハムレットとフォーティンブラスの闘いを見たことがある。その後ウィッテンバーグの大学へ行き、学問を長年学んでいた学者である。学んでいたのは自然哲学か神学であろう。そのウィッテンバーグに王子ハムレットが留学してきて、そこで知り合い、親友となった。そんなときにハムレットの父親である先王が亡くなり、ハムレットは急ぎデンマークに帰る。ハムレットを追うためか、新しい国王を見たいためかはわからないが、ホレイショーはデンマークに戻ってきた。

だからどうしたと言われればそれまでだが、こんな想像を楽しんでいる。

ホレイショー(Horatio)には、「語り部」とか「祈る人」とかいう意味があるとも言われている。『ハムレット』では主要な人物はほとんど死んでしまうのだが、ホレイショーは物語の間近にいながら、生きている人物である。亡くなる直前、ハムレットはホレイショーに「生きてくれ。俺のこと、そして、俺の立場を正しく伝えてくれ。/事情を知らない者も納得するように。」と、ハムレットの物語を語り伝えてほしい旨依頼される。語り部の役割としてシェイクスピアが創造した人物であると言われている。

だからこそ、もっとしっくりとした解釈があってもよさそうなのだが、まだ見出だせていない。