2017/06/13

ちくま文庫のシェイクスピア全集

前回のブログでは、シェイクスピアの『ハムレット』を取り上げた。手元にあるのは、松岡和子訳の『ハムレット』(ちくま文庫)である。文庫書き下ろしで、奥付を見ると初版は1996年1月24日であった。

大学は文学部で、一応、英米文学科であった。一応、とつけたのは、英語には興味があったが文学には興味がなかったからである。それでも一応英米文学科であるため、イギリス文学・アメリカ文学の授業の単位はとらなければならない。大学入学まで教科書以外の本をほとんど読んだことがなかったため、大学に入ってから本を読みはじめた。

大学に入学したのは1995年4月である。1年生のときの授業は一般教養が中心であったため、英米文学の授業はほとんどなかった。2年生から専門課程の授業がはじまるので、英米文学の文学作品も少しずつでも読んでいこうと思っていたときに、松岡和子さんの新訳で『ハムレット』が出版されていたのを見つけた。

ちくま文庫の『ハムレット』は「シェイクスピア全集」の1冊目であった。1996年1月に『ハムレット』、それから2ヶ月おきくらいで松岡和子さんの新訳でシェイクスピア作品が刊行されてきた。刊行ペースは遅くなっているが、ちくま文庫「シェイクスピア全集」は現在も刊行されている。シェイクスピアの全作品を一人の訳者が訳すのは、松岡さんが3人目だとどこかで読んだ記憶がある。松岡さんは現在挑戦中である。

だから、というわけでもないが、本屋さんに行ったときに必ずといっていいほど、新刊文庫の棚とちくま文庫の棚をチェックする。シェイクスピア全集が出ていないかどうかの確認である。出版されていたら買うことに決めている。Wikipedeia「松岡和子」の項の「シェイクスピア全集」を見ると、28まで出ていた。筑摩書房のホームページ等で確認したわけではないので間違っているかもしれないが、現時点(2017/06/13)で私の手元にも28まである(以下はWikipediaのコピぺ。2017/04/12更新版)。
  1. ハムレット(1996年)
  2. ロミオとジュリエット(1996年)
  3. マクベス(1996年)
  4. 夏の夜の夢・間違いの喜劇(1997年)
  5. リア王(1997年)
  6. 十二夜(1998年) 
  7. リチャード三世(1999年)
  8. テンペスト(2000年)
  9. ウィンザーの陽気な女房たち(2001年)
  10. ヴェニスの商人(2002年)
  11. ペリクリーズ(2003年)
  12. タイタス・アンドロニカス(2004年)
  13. オセロー(2006年)
  14. コリオレイナス(2007年)
  15. お気に召すまま(2007年)
  16. 恋の骨折り損(2008年)
  17. から騒ぎ(2008年)
  18. 冬物語(2009年)
  19. ヘンリー六世 全三部(2009年)
  20. じゃじゃ馬馴らし(2010年)
  21. アントニーとクレオパトラ(2011年8月)
  22. シンベリン(2012年4月)
  23. トロイラスとクレシダ(2012年8月)
  24. ヘンリー四世 第一部、第二部(2013年4月)
  25. ジュリアス・シーザー(2014年7月)
  26. リチャード二世(2015年3月) 
  27. ヴェローナの二紳士(2015年8月)
  28. 尺には尺を(2016年)
これらのすべてを読んでいるわけではない。ただ全集の途中が抜けてしまうと、どうも気になってしまう。だから読まないかもしれないけれど買っている。

「シェイクスピア全集」を買いはじめたきっかけは、シェイクスピアが有名だったからである。英米文学の文学作品として知っていたのがシェイクスピアだったというような軽い気持ちである。全集の最初の方は、有名どころであるため、ある程度読んでいる。英米文学を本格的に勉強していたわけではないので、途中で買うのをやめるタイミングはあったと思う。しかし、大学を卒業しても、そして今でも、刊行されるごとに買っている。少しずつは読んでいる。

これは単なる私の収集癖もあるだろう。シェイクスピア作品の魅力なのかもしれない。

しかし私は、松岡和子さんの翻訳の魅力、そして全作品の新訳への応援だと思っていたい。

2017/06/12

ホレイショーの人物像

シェイクスピアの有名な悲劇『ハムレット』に、王子ハムレットの親友としてホレイショーという人物が登場する。

このホレイショーの人物像について気になっている。『ハムレット』の話の筋には影響しないことではあるが。

一番気になっている点は、ホレイショーはいくつくらいの年齢なのか、ということである。原文ではなく日本語訳で読んでいるので解釈が異なるかもしれないということはご容赦いただきたい。以下の引用は、ちくま文庫の松岡和子訳から引用している。

まずはハムレットの年齢についてだが、第5幕第1場のいわゆる「墓掘りの場」において、ハムレットと墓掘りの以下のやり取りがある。
ハムレット (中略)――墓掘りになって何年になる?
墓掘り ほかでもねえ、この稼業を始めたのは先代の王ハムレット様がフォーティンブラス王をやっつけなすったその日からで。
ハムレット とすると何年になる?
墓掘り ご存じねえんで? どんな馬鹿でも知ってまさあ。王子のハムレット様がお生まれになった日だ――ほれ、気が狂ってイギリスに送られなすった。
しばらく後、墓掘りは、30年墓掘りをやってきたことを言う。
墓掘り (中略)あっしはここでガキの時分から三十年墓掘りやってんだ。
おそらくは「約30年」ということだろうが、このやり取りから、ハムレットは30歳前後であると思われる。ハムレットが生まれた日は、先王ハムレットがノルウェイ王フォーティンブラスを破った日であり、そこから30年墓掘りをやってきたからである。

上記のやり取りの後、墓掘りは「こいつは二十三年前に埋めたやつの頭だ」と言い、道化ヨリックの頭蓋骨を取り出す。ハムレットはヨリックに「しょっちゅうおぶってもらった」ことを覚えていた。ハムレットが30歳前後であれば、ヨリックが墓に入ったのはハムレットが7歳前後ということになる。ハムレットの物心がついたのがいつごろなのかはわからないが、4、5歳のときにヨリックにおぶってもらっていたとすれば、現在30歳前後であるとしても辻褄があう。

ホレイショーはハムレットの親友であるので同年代、つまり30歳前後としてもいいのだが、同年代とするには気になる点がある。それは、ホレイショーが先王ハムレットの亡霊を見たときのセリフである。

第1幕第1場。先王の亡霊が出ると言うマーセラスに頼まれ、ホレイショーはマーセラスたちとともに夜の見張りをしていたところ、本当に亡霊が出てくる。ホレイショーはその先王ハムレットの亡霊に話しかける。
ホレイショー 何ものだ、こんな真夜中我がもの顔で、
しかも、その見事な甲冑は
亡き国王が出陣のときお召しになったものではないか?
天に賭けて命じる、答えろ。
亡霊が消えた後、マーセラスに「国王そっくりだろう?」と問われ、ホレイショーは答える。
ホレイショー 生き写しだ。
あの甲冑は
野望に駆られたノルウェイ王と闘われたときのもの。
あの険しい顔つきは、怒号飛び交う談判で
橇に乗ったポーランド兵を打ちのめされたときそのままだ。
不思議だ。
ホレイショーが先王ハムレットとノルウェイ王フォーティンブラスの闘いを見ていたとすれば、その闘いの日にハムレットが生まれているので、ホレイショーはハムレットよりも年上ということになる。しかも戦場で見たということであれば、ホレイショーの幼少期ということはないであろう。仮にホレイショーが15歳のときに闘いを見たとすると、ホレイショーはハムレットより15歳年上、つまり45歳前後ということになる。20歳のときに見たとすれば、50歳前後。ハムレットと同年代とするには、年が離れている。

年齢の他にも、ホレイショーの人物像については気になる点がある。

ホレイショーは先王の亡霊を見たことをハムレットに報告に行く。そこで以下の会話がある。
ハムレット (中略)父上は――父上の姿が見えるようだ――
ホレイショー 殿下、どこに?
ハムレット 心の目にだ、ホレイショー。
ホレイショー 一度お目にかかったことがあります。立派な国王でした。
文字通りに読むと、ホレイショーは「一度」国王を見たことがある。もしそれが、フォーティンブラスとの闘いのときであれば、30年前に一度見ただけである。

また、第1幕第4場で、夜中、ハムレットとともに見張りに立っているとき、ファンファーレや大砲の音が聞こえる。その場面の会話。
ホレイショー (中略)殿下、あれは一体?
ハムレット 国王が徹夜で祝宴を張り
飲めや歌えのどんちゃん騒ぎだ。
王が葡萄酒を飲み干すごとに
ああやって太鼓やラッパではやし立て、
見事な飲みっぷりを讃えるわけだ。
ホレイショー そういうしきたりですか?
ハムレット ああ、そうだ。
だが、この国に生まれ
ここの習慣が染み込んでいる俺でさえ、あんなしきたりは
守るより破るほうが名誉だと思う。
ホレイショーはまるで、この国(デンマーク)のしきたりを知らないような口ぶりである。

ハムレットはドイツのウィッテンバーグの大学に留学(遊学)しており、父親である先王の死のためデンマークに戻ってきた設定である。ホレイショーもウィッテンバーグを離れデンマークのエルノシアに来ている。亡霊の報告にハムレットに会った場面でそれがわかる。
ハムレット (中略)それにしても、ホレイショー、なんでウィッテンバーグからここへ?
ハムレットは、ホレイショーがデンマークにいることを知らなかったようだ。

ホレイショーのセリフの中には「わが国」や「わが王」などの言葉があり、それぞれ「デンマーク」「先王ハムレット」を指しているので、ホレイショーはデンマーク人ではあろう。

以上のことを踏まえると、ホレイショーについて次のようなことが想像できる。年齢はハムレットより年上で、45~50歳くらいの初老。若い頃に先王ハムレットとフォーティンブラスの闘いを見たことがある。その後ウィッテンバーグの大学へ行き、学問を長年学んでいた学者である。学んでいたのは自然哲学か神学であろう。そのウィッテンバーグに王子ハムレットが留学してきて、そこで知り合い、親友となった。そんなときにハムレットの父親である先王が亡くなり、ハムレットは急ぎデンマークに帰る。ハムレットを追うためか、新しい国王を見たいためかはわからないが、ホレイショーはデンマークに戻ってきた。

だからどうしたと言われればそれまでだが、こんな想像を楽しんでいる。

ホレイショー(Horatio)には、「語り部」とか「祈る人」とかいう意味があるとも言われている。『ハムレット』では主要な人物はほとんど死んでしまうのだが、ホレイショーは物語の間近にいながら、生きている人物である。亡くなる直前、ハムレットはホレイショーに「生きてくれ。俺のこと、そして、俺の立場を正しく伝えてくれ。/事情を知らない者も納得するように。」と、ハムレットの物語を語り伝えてほしい旨依頼される。語り部の役割としてシェイクスピアが創造した人物であると言われている。

だからこそ、もっとしっくりとした解釈があってもよさそうなのだが、まだ見出だせていない。

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