2020/06/28

夏目漱石「一夜」のホトトギス

前回のつづき)

夏目漱石「一夜」における、ホトトギスの表記を確認する。以下の引用箇所が該当する。引用は『定本 漱石全集 第2巻 倫敦塔ほか・坊っちゃん』より。

引用にあたり、繰り返し記号(「ゝ」など)は該当する文字に書き直している。またホトトギスの個所を太字にしている。引用文冒頭にある②133などの数字は、漱石全集第2巻の133頁という意味である。
②133
此時「脚気かな、脚気かな」と頻りにわが足を玩べる人、急に膝頭をうつ手を挙げて、叱と二人を制する。三人の声が途切れる間をククーと鋭き鳥が、檜の上枝を掠めて裏の禅寺の方へ抜ける。ククー。
「あの声がほととぎすか」と羽団扇を棄てて是も椽側へ這ひ出す。見上げる軒端を斜めに黒い雨が顔にあたる。脚気を気にする男は、指を立てて坤の方をさして「あちらだ」と云ふ。鉄牛寺の本堂の上のあたりでククー、ククー。
「一声でほととぎすだと覚る。二声で好い声だと思ふた」と再び床柱に倚りながら嬉しそうに云ふ。此髯男は杜鵑を生れて始めて聞いたと見える。「ひと目見てすぐ惚れるのも、そんな事でしよか」と女が問をかける。別に恥づかしと云う気色も見えぬ。五分刈は向き直つて「あの声は胸がすくよだが、惚れたら胸は痞へるだろ。惚れぬ事。惚れぬ事……。どうも脚気らしい」と拇指で向脛へ力穴をあけて見る。「九仞の上に一簣を加へる。加へぬと足らぬ、加へると危うい。思ふ人には逢はぬがましだろ」と羽団扇が又動く。「然し鉄片が磁石に逢ふたら?」「はじめて逢ふても会釈はなかろ」と拇指の穴を逆に撫でて済まして居る。
②140
「南無三、好事魔多し」と髯ある人が軽く膝頭を打つ。「刹那に千金を惜まず」と髯なき人が葉巻の飲み殻を庭先へ先へ抛きつける。隣りの合奏はいつしかやんで、樋を伝う雨点の音のみが高く響く。蚊遣火はいつの間にやら消えた。
「夜も大分更けた」
ほととぎすも鳴かぬ」
「寐ましよか」
夢の話しはつい中途で流れた。三人は思い思いに臥床に入る。
「ほととぎす」とひらがなで表記している箇所と、「杜鵑」と漢字で表記している箇所があった(以前ざっと確認したときには、漢字に気づいていなかった)。ここでの使い分けとして単純に考えられることは、会話文のなかでは「ほととぎす」、地の文では「杜鵑」としているということである。

「一夜」の初出は、雑誌『中央公論』第20年第9号(明治38年9月1日発行)で、雑誌掲載時には本文末尾に「(38年7月26日)」と記されていたとのこと(本来は日付等は縦書きのため漢数字で表記されているが、ここではアラビア数字としている)。その後、単行本『漾虚集』に所収。

 

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