2020/07/20

胸に抱くあの日セロリと新左衛門

先日、ブログ記事の最後にこんな言葉を書きました。「こうやって、人は信用をなくしていくものです」と。

この一文は、先日のブログ記事で言及している北村薫さんの『詩歌の待ち伏せ』のなかに現れている文で、その言い回しがおもしろく、使ってみたくなったので使ったものです。

文自体の言い回しが気に入り使ったものなのですが、実際に使われている文脈について、何か洒落を言っているのでしょうがそれがわからず、読み飛ばしても差支えがないところでしたのでスルーしていたのですが、しばらくして気になりはじめたので追いかけてみることにしました。

次のように使われています。
 一般的にいって、セロリは新しい食材でしょう。
「いつ頃、伝来したか知っていますか」
 と、編集者の方に話しました。
「さあ………」
「豊臣秀吉の御側衆が伝えたそうです」
「そうなんですか」
「セロリ新左衛門」
「………」
 こうやって、人は信用をなくして行くものです。
セロリを使った短歌や俳句を紹介し、セロリのイメージについて述べているなかでのことでした。

わかる人にはわかるのでしょう。私はわからない側の人でした。落語を聞いていて、周りの観客が笑っているのに、一人笑っていないような感覚です。電車に乗ろうとホームに着いたときに電車のドアが閉まったような。

キーワードは「新左衛門」と「豊臣秀吉の御側衆」。

確認したところで、そっとウィンドウを閉じました。

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