英語圏の最大の語呂つきは、いうまでもなくシェイクスピアだろう。語呂つきの元締めのごときこの大物は、おびただしい数の語呂つきを世に送った。
ここでは、2つの例を挙げている。ひとつは『ロミオとジュリエット』のマーキュシオの例、もうひとつは『十二夜』のサー・トービー・ベルチの例である。柳瀬の訳ではなく、小田島雄志訳が掲載されている。
幸い手元には、松岡和子訳のシェイクスピア全集(ちくま文庫)があるので、該当の個所を比べてみたい。以下に引用する英文と小田島訳は、柳瀬の『英語遊び』からの孫引きである。
まずは『ロミオとジュリエット』。第3幕第1場で、マーキュシオはティボルトに剣で刺される。そのときのマーキュシオの台詞である。
……ask for me to-morrow, and you shall find me a grave man.
『英語遊び』にある小田島訳は以下。
ためしに明日、おれを訪ねてみろ、はからずも墓に眠る変わりはてたおれの姿をみとめるだろう。
松岡訳は次のようになっている。
明日、俺に会いにきてみろ、はかなく墓に納まってるよ。
grave
が「大真面目な、おごそかな」という意味であると同時に「墓」の意味でもあることをつかったマーキュシオの台詞であるが、小田島も松岡も、語彙は異なるものの「はからずも」「はかなく」と「墓」と掛けた言葉を使っている。
『十二夜』はマライアとトービーの会話。第1幕第3場より(人名の太字は筆者)。英語の説明は省略。
Maria By my troth, Sir Toby, you must come in earlier o' nights: your cousin, my lady, takes great exceptions to your ill hours.Sir Toby Why, let her except, before excepted.Maria Ay, but you must confine within the modest of order.Sir Toby Confine! I'll confine myself no finer than I am: these clothes are good enough to drink in; and so be these boots too: an they be not, let them hang themselves in their own straps.
小田島訳は以下(人名の太字は筆者)。
マライア それより、ねえ、サー・トービー、毎晩もっと早くお帰りにならなくては。あなたの姪のお嬢様も、あんまり遅いんでご機嫌が悪いわよ。トービー こっちはキリスト紀元以来のいい機嫌なんだ、いいかげんにしろと言いたいな。マライア でも限度ってものがあるわ、それを越えないようご自分に言いふくめることね。トービー いいふくめる? おれの服はいい服だぜ、ふくいくたる酒を注ぎこむこのふくよかな腹を包むにゃ不服はない。靴だってそうさ、この靴がおれにキュークツな思いをさせるなら、屈辱を感じててめえの靴紐で首を締めればいいんだ。
マ「ご機嫌が悪い」、ト「紀元以来のいい機嫌」、マ「言いふくめる」、ト「いい服……ふくいくたる……ふくよかな……不服はない。靴だってそうさ……キュークツ……屈辱……靴紐」と語呂つく。
松岡は次のように訳している。
マライア それよりね、サー・トービー、夜はもっと早くお帰りにならなきゃ。あんまり遅いんで、お嬢様はおかんむりですよ。トービー へん、何がおかんむりだ、早帰りなんざ無理だ。マライア だけど、限度ってものがあります。少しは身をつつしんでいだかかなきゃ。トービー 身をつつしむ? これ以上いい服に身を包むなんざごめんだね。酒飲みの土手っ腹包むにゃこれで十分。靴だってそうだ、この靴が理屈こねて俺を退屈させるようなら、てめえの靴紐で首くくれってんだ。
こちらは、マ「おかんむり」、ト「無理」、マ「身をつつしんで」、ト「身を包む……土手っ腹包む……。靴……理屈……退屈……靴紐」と語呂つく。引用して気づいたが、「つつしんでいだかかなきゃ」は「つつしんでいただかなきゃ」の誤植だろうか。
松岡は「訳者あとがき」で次のように書いている。
翻訳の過程で、自分でも思いがけないほどノッたのは、磊落さの化身、サー・トービーの台詞。彼一流の言葉遊びを訳すのはひと苦労だったけれど、ファイトの湧く楽しい作業だった。
『十二夜』には、このブログで引用したところ以外にも、言葉遊びはまだまだありそうだ。もちろん『十二夜』以外にも。
語呂つくシェイクスピアも楽しみたい。
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