2020/08/22

仰ぎ見て我田引水天の川

正岡子規『俳諧大要』に「修学第一期」と題された章があり、俳句初心者の心得の数々が述べられている。「俳句をものせんと思はば思うままをものすべし。巧を求むる莫れ、拙を蔽ふ莫れ、他人に恥かしがる莫れ」からはじまり、どんなものでもいいので俳句をつくってみること、古人の俳句に数多く触れることなど、初心者へのアドバイスや注意事項が書かれている。

その中に、次のようなものがある。

初心の人古句に己の言はんと欲する者あるを見て、古人已に俳句を言い尽せりやと疑ふ。これ平等を見て差別を見ざるのみ。試みに今一歩を進めよ。古人は何故にこの好題目を遺して乃公に附与したるかと怪むに至るべし。

これまでに数多くの人々が俳句を詠んでおり、ひとつの題材についても数多くの句が詠まれている。自分が言いたかったこともすでに俳句となっているかもしれない。もう自分が形にするようなことはないのではないか、言い尽くされているのではないか。そんな疑いを抱くかもしれないが、「試みに今一歩進めよ」という。

たとえば、「天の川」という題で俳句を作ろうとする。天の川を詠んだ句には次のようなものがある。

あら海や佐渡に横たふ天の川 芭蕉

真夜中やふりかはりたる天の川 嵐雪

更け行くや水田の上の天の川 惟然

これ以外にも子規は例を挙げる。下記引用では2音にまたがる繰り返し記号(〱、〲)を仮名に書き換えている(「よひよひに」の句)。

一僕を雨に流すな天の川 浪化

打ち叩く駒のかしらや天の川 去来

引はるや空に一つの天の川 乙州

西風の南に勝や天の川 史邦

よひよひに馴れしか此夜天の川 白雄

天の川星より上に見ゆるかな 同

江に沿ふて流るる影や天の川 暁台

天の川飛びこす程に見ゆるかな 士朗

天の川糺の涼み過ぎにけり 同

天の川田守とはなす真上かな 乙二

てゝれ干す竿のはづれや天の川 嵐外

巨鼇山

山嵐や樫も檜も天の川 同

『合本俳句歳時記』の「天の川」の項を見ると、他にも「天の川」を詠んだ句が見える。(「天の川」の語句が入っているもののみ記載。傍題の例句は略)

うつくしや障子の穴の天の川 一茶

天の川の下に天智天皇と臣虚子と 高浜虚子

妻二タ夜あらず二タ夜の天の川 中村草田男

天の川怒涛のごとし人の死へ 加藤楸邨

天の川柱のごとく見て眠る 沢木欣一

うすうすとしかもさだかに天の川 清崎敏郎

天の川礁のごとく妻子ねて 飴山實

列車みな駅に入りて天の川 杉野一博

長生きの象を洗ひぬ天の川 中西夕紀

寝袋に顔ひとつづつ天の川 稲田眸子

天の川漂流船の錆深く 照井翠

自転車の二つ並んで天の川 涼野海音

もちろんここに挙げたものだけでなく、他にもたくさん詠まれているだろう。こんなにもあると、さらに「今一歩」が難しくなると感じるが、逆に、まだ表現のしかたがあるかもしれないという気持ちにもさせてくれる。

子規は言う。

なまじ他人の句を二、三句ばかり見聞きたる時は外に趣向なき心地す。十句二十句百句と多く見聞く時はかへつて無数の趣向を得べし。古人が既に己の意匠を言ひをらん事を恐れて古句を見るを嫌ふが如きは、耳を掩ふて鈴を盗むよりもなほ可笑しきわざなり。


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