このホレイショーの人物像について気になっている。『ハムレット』の話の筋には影響しないことではあるが。
一番気になっている点は、ホレイショーはいくつくらいの年齢なのか、ということである。原文ではなく日本語訳で読んでいるので解釈が異なるかもしれないということはご容赦いただきたい。以下の引用は、ちくま文庫の松岡和子訳から引用している。
まずはハムレットの年齢についてだが、第5幕第1場のいわゆる「墓掘りの場」において、ハムレットと墓掘りの以下のやり取りがある。
ハムレット (中略)――墓掘りになって何年になる?しばらく後、墓掘りは、30年墓掘りをやってきたことを言う。
墓掘り ほかでもねえ、この稼業を始めたのは先代の王ハムレット様がフォーティンブラス王をやっつけなすったその日からで。
ハムレット とすると何年になる?
墓掘り ご存じねえんで? どんな馬鹿でも知ってまさあ。王子のハムレット様がお生まれになった日だ――ほれ、気が狂ってイギリスに送られなすった。
墓掘り (中略)あっしはここでガキの時分から三十年墓掘りやってんだ。おそらくは「約30年」ということだろうが、このやり取りから、ハムレットは30歳前後であると思われる。ハムレットが生まれた日は、先王ハムレットがノルウェイ王フォーティンブラスを破った日であり、そこから30年墓掘りをやってきたからである。
上記のやり取りの後、墓掘りは「こいつは二十三年前に埋めたやつの頭だ」と言い、道化ヨリックの頭蓋骨を取り出す。ハムレットはヨリックに「しょっちゅうおぶってもらった」ことを覚えていた。ハムレットが30歳前後であれば、ヨリックが墓に入ったのはハムレットが7歳前後ということになる。ハムレットの物心がついたのがいつごろなのかはわからないが、4、5歳のときにヨリックにおぶってもらっていたとすれば、現在30歳前後であるとしても辻褄があう。
ホレイショーはハムレットの親友であるので同年代、つまり30歳前後としてもいいのだが、同年代とするには気になる点がある。それは、ホレイショーが先王ハムレットの亡霊を見たときのセリフである。
第1幕第1場。先王の亡霊が出ると言うマーセラスに頼まれ、ホレイショーはマーセラスたちとともに夜の見張りをしていたところ、本当に亡霊が出てくる。ホレイショーはその先王ハムレットの亡霊に話しかける。
ホレイショー 何ものだ、こんな真夜中我がもの顔で、亡霊が消えた後、マーセラスに「国王そっくりだろう?」と問われ、ホレイショーは答える。
しかも、その見事な甲冑は
亡き国王が出陣のときお召しになったものではないか?
天に賭けて命じる、答えろ。
ホレイショー 生き写しだ。ホレイショーが先王ハムレットとノルウェイ王フォーティンブラスの闘いを見ていたとすれば、その闘いの日にハムレットが生まれているので、ホレイショーはハムレットよりも年上ということになる。しかも戦場で見たということであれば、ホレイショーの幼少期ということはないであろう。仮にホレイショーが15歳のときに闘いを見たとすると、ホレイショーはハムレットより15歳年上、つまり45歳前後ということになる。20歳のときに見たとすれば、50歳前後。ハムレットと同年代とするには、年が離れている。
あの甲冑は
野望に駆られたノルウェイ王と闘われたときのもの。
あの険しい顔つきは、怒号飛び交う談判で
橇に乗ったポーランド兵を打ちのめされたときそのままだ。
不思議だ。
年齢の他にも、ホレイショーの人物像については気になる点がある。
ホレイショーは先王の亡霊を見たことをハムレットに報告に行く。そこで以下の会話がある。
ハムレット (中略)父上は――父上の姿が見えるようだ――文字通りに読むと、ホレイショーは「一度」国王を見たことがある。もしそれが、フォーティンブラスとの闘いのときであれば、30年前に一度見ただけである。
ホレイショー 殿下、どこに?
ハムレット 心の目にだ、ホレイショー。
ホレイショー 一度お目にかかったことがあります。立派な国王でした。
また、第1幕第4場で、夜中、ハムレットとともに見張りに立っているとき、ファンファーレや大砲の音が聞こえる。その場面の会話。
ホレイショー (中略)殿下、あれは一体?ホレイショーはまるで、この国(デンマーク)のしきたりを知らないような口ぶりである。
ハムレット 国王が徹夜で祝宴を張り
飲めや歌えのどんちゃん騒ぎだ。
王が葡萄酒を飲み干すごとに
ああやって太鼓やラッパではやし立て、
見事な飲みっぷりを讃えるわけだ。
ホレイショー そういうしきたりですか?
ハムレット ああ、そうだ。
だが、この国に生まれ
ここの習慣が染み込んでいる俺でさえ、あんなしきたりは
守るより破るほうが名誉だと思う。
ハムレットはドイツのウィッテンバーグの大学に留学(遊学)しており、父親である先王の死のためデンマークに戻ってきた設定である。ホレイショーもウィッテンバーグを離れデンマークのエルノシアに来ている。亡霊の報告にハムレットに会った場面でそれがわかる。
ハムレット (中略)それにしても、ホレイショー、なんでウィッテンバーグからここへ?ハムレットは、ホレイショーがデンマークにいることを知らなかったようだ。
ホレイショーのセリフの中には「わが国」や「わが王」などの言葉があり、それぞれ「デンマーク」「先王ハムレット」を指しているので、ホレイショーはデンマーク人ではあろう。
以上のことを踏まえると、ホレイショーについて次のようなことが想像できる。年齢はハムレットより年上で、45~50歳くらいの初老。若い頃に先王ハムレットとフォーティンブラスの闘いを見たことがある。その後ウィッテンバーグの大学へ行き、学問を長年学んでいた学者である。学んでいたのは自然哲学か神学であろう。そのウィッテンバーグに王子ハムレットが留学してきて、そこで知り合い、親友となった。そんなときにハムレットの父親である先王が亡くなり、ハムレットは急ぎデンマークに帰る。ハムレットを追うためか、新しい国王を見たいためかはわからないが、ホレイショーはデンマークに戻ってきた。
だからどうしたと言われればそれまでだが、こんな想像を楽しんでいる。
ホレイショー(Horatio)には、「語り部」とか「祈る人」とかいう意味があるとも言われている。『ハムレット』では主要な人物はほとんど死んでしまうのだが、ホレイショーは物語の間近にいながら、生きている人物である。亡くなる直前、ハムレットはホレイショーに「生きてくれ。俺のこと、そして、俺の立場を正しく伝えてくれ。/事情を知らない者も納得するように。」と、ハムレットの物語を語り伝えてほしい旨依頼される。語り部の役割としてシェイクスピアが創造した人物であると言われている。
だからこそ、もっとしっくりとした解釈があってもよさそうなのだが、まだ見出だせていない。