2011/01/03

宇和島東高校と牛鬼

私の母校、宇和島東高校が全国高校サッカー選手権に出場していました。結果は2回戦敗退でしたが、52年ぶりの全国大会出場、そして愛媛県勢として何年かぶりの初戦突破と、これからの活躍に期待が持てる内容でした。

1回戦(12/31):宇和島東3-0遠野(岩手)
2回戦(01/02):宇和島東0-2静岡学園(静岡)

静岡学園高校は、サッカー王国静岡県の代表校。さすがに実力の差が見えた試合でしたが、善戦したと思います。

さて、愛媛といえば、野球王国ともいわれることがあり、宇和島東高校もサッカーよりは野球のイメージがあります。宇和島東高校が甲子園に出場したときには、「牛鬼打線」と言われていました。今回のサッカーでは「牛鬼イレブン」と言われていました。宇和島は「牛鬼(うしおに)」のイメージも強いですね。

子どものころは、年中行事のひとつとして、「牛鬼」がありました。牛鬼を担いで、竹笛を吹きながら家々を廻ったものです。今でもやっているのでしょうか?

で、「牛鬼」の行事はどこから来たのか、そして「牛鬼」とは何か?と少し疑問に思ったので調べてみました。

鳥山石燕『画図百鬼夜行』より「牛鬼」


行事としての「牛鬼」は、以下のサイトが詳しいと思います。
『宇和島市観光ガイドWEBSITE』「牛鬼の歴史と仕組み」

そして「牛鬼」自体のことですが、Wikipediaによると、
宇和島地方の牛鬼伝説は、牛鬼の伝承の中でも特に知られている。かつて牛鬼が人や家畜を襲っており、喜多郡河辺村(現・大洲市)の山伏が退治を依頼された。村で牛鬼と対決した山伏は、ホラガイを吹いて真言を唱えたところ、牛鬼がひるんだので、山伏が眉間を剣で貫き、体をバラバラに斬り裂いた。牛鬼の血は7日7晩流れ続け、淵となった。これは高知県土佐山、徳島県白木山、香川県根来寺にそれぞれ牛鬼淵の名で、後に伝えられている。
別説では、愛媛県に出没した牛鬼は顔が龍で体が鯨だったという。同じ「牛鬼」の名の伝承でも地域によって著しく姿形が異なることから、妖怪研究家・山口敏太郎は、水から上がってくる大型怪獣はすべて「牛鬼」の名で呼ばれていたのではないかと述べている。
とのこと(リンクはこちら)。宇和島地方の牛鬼は結構有名なんですね。

田舎から離れて暮らしていると、こういった年中行事なども忘れていってしまいます。季節の移り変わりとともに行われている行事は、子どものころは何とも思っていませんでしたが、今となっては大切にしたいものです。

全く関係ありませんが、高校野球・高校サッカーでは、宇和島東高校に「牛鬼」の名がついていました。宇和島南高校など他の高校が出場した時にはどんなキャッチフレーズがつくのか、にも興味があります。

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