2012/04/17

祖母のこと

先週末、祖母が亡くなりました。

祖父が今年1月に亡くなり、続いて祖母も。

じいちゃんもばあちゃんも90歳以上で亡くなっているので長寿ではありますが、やはり悲しいことです。


祖母が亡くなる1週間前、父親から祖母が救急車で運ばれ入院した、そして、もう長くはないかもしれない、という電話があり、1度実家に帰りました。

もちろん祖母のお見舞いに。

そのときは、父親の様子から想像していたよりはずっと元気で、少ししんどそうではありましたが、意識もしっかりしていて、言葉も話すことができていました。


思ったよりも元気そうではありますが、ひょっとすると、話すことができるのはこのときが最後かもしれない、という思いはあり、できるだけ話を聞こうと思っていました。

当然言葉をしゃべるのは結構パワーを使うことですので、ばあちゃんに無理はさせない程度に。


そこで出てきた話は、思い出話が中心ですが、あまり祖母自身の話は出てきませんでした。

自分自身がどうのこうのというより、誰それがこんなことをした、あんなことがあった…。


私自身としては、祖母のことを知りたかったのですが、その話は出てきませんでした。

まあ、普段から自分自身のことを話していた記憶もありません。


そこで出てきた、私の思い出話をいくつか。

私自身も覚えていなかったり、話を聞いて、以前にそんな話を誰かから聞いたことがある、というような話です。


一番自慢げに話していたことは、私が子どもの頃に30までの数を数えられた、ということ。

私自身は全く覚えていないのですが、私は祖母の背に負われ、祖母とともに何かの買い物に出かけたときのこと。

何かを30個買おうとしていたとき、私は「僕が数える」と言って、お店の人がひとつずつ袋か何かに入れていくとともに30個まで間違わずに数えることができた、ということを聞きました。

それが何歳ぐらいのときなのか、また、平均的にいって何歳くらいならば30まで数えられるのかといったことは私にはわかりません。

しかし、祖母にとっては自慢できるようなことであったように、話を聞きながら思いました。


その他は、私にとっては失敗談となります。

もっとも私にはその記憶がないので失敗談という意識はありませんが(^-^;)

例えば…。


軽四トラックがひとりでに動き出したことがあったそうです。

運転席にはハンドルを握った私がいました。

動いている先には、一段下がったところに田んぼがあり、田植えをしたばかりの様子。

ばあちゃんは、私の心配ももちろんありますが、稲の心配もしていたようです。

田んぼに落ちると、苗もつぶれてしまう、と。

ばあちゃんは叫び、私の父親も車が動いていることに気付き、父親は慌てて持っていた湯呑みを投げ捨てて、車に乗り込みサイドブレーキを引いたそうです。

田んぼに落ちる前に車は止まって、私も無事。

私はキャッキャと喜んでいたとのこと(^-^;)


また他には、私が入り込まないようにと、父親が柵を作ったことがあったようです。

しかし私は柵に近づき、そして、柵の間に頭を突っ込み…

抜けなくなりました。

結局、作った柵をのこぎりで切って私を救出。

このときはキャッキャと喜んでいたかどうかは不明。

私自身も覚えておりません。


ばあちゃんがいかに生きてきたか、という話が私は聞きたかったのですが、そんな重い話は全くなく、思い出話や近況の話でお見舞いは終了。

そして、それが祖母と話した最後の会話となりました。


先週末、葬儀のために実家に帰ったとき、ベッドにのり出すようなしぐさをしながら、「ばあちゃんが、とも(私)はこうやって話をしてくれた」と、祖母の入院中そばでずっと看病していた母から聞きました。

その言葉を聞いたとき、私自身の聞き方も悪くはなかったな、と思うとともに、ばあちゃんはいい生き方をしていたのだな、と嬉しくなりました。


死後の世界など私は信じてはいませんが、ばあちゃんは今頃じいちゃんとともに、微笑んでいるような気がします。

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