2012/05/04

『中庸』読み下し文

(凡例はこの記事の最後にあります)
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天の命ずるをこれ性と謂う。
性に率うをこれ道と謂う。
道を脩むるをこれ教と謂う。

道なる者は、須臾も離るべからざるなり。
離るべきは道に非ざるなり。

是の故に君子はその睹ざる所に戒慎し、その聞かざる所に恐懼す。
隠れたるより見わるるは莫く、微かなるより顕わるるは莫し。

故に君子はその独を慎むなり。


喜怒哀楽の未だ発せざる、これを中と謂う。
発して皆な節に中る、これを和と謂う。

中なる者は天下の大本なり。
和なる者は天下の達道なり。

中和を致して、天地位し、万物育す。


仲尼曰く「君子は中庸し、小人は中庸に反す。
君子の中庸は、君子にして時に中すればなり。
小人の中庸に反するは、小人にして忌憚するなければなり」と。

子曰く「中庸は其れ至れるかな。
民能くする鮮きこと久し」と。

子曰く「道の行なわれざるや、我これを知れり。
知者はこれに過ぎ、愚者は及ばざるなり。
道の明らかならざるや、我これを知れり。
賢者はこれに過ぎ、不肖者は及ばざるなり。
人は飲食せざるもの莫きも、能く味を知るもの鮮きなり」と。

子曰く「道は其れ行なわれざるかな」と。


子曰く「舜は其れ大知なるか。
舜は問うことを好み、而して邇言を察することを好み、
悪を隠して善を揚げ、その両端を執りて、その中を民に用う。
それ斯を以て舜と為すか」と。

子曰く「人は皆な予は知ありと曰うも、
駆りて諸れを罟擭陥阱の中に納れて、これを避くるを知ること莫きなり。
人は皆な予は知ありと曰うも、
中庸を択びて、期月も守ること能わざるなり」と。


子曰く「回の人と為りや、中庸を択び、
一善を得れば、則ち拳拳服膺して、これを失わず」と。

子曰く「天下国家も均しくすべきなり。
爵禄も辞すべきなり。
白刃も踏むべきなり。
中庸は能くすべからざるなり」と。


子路、強を問う。
子曰く「南方の強か、北方の強か、抑いは而の強か。
寛柔以て教え、無道にも報いざるは、南方の強なり。
君子これに居る。
金革を衽とし、死して厭わざるは、北方の強なり。
而の強者これに居る。
故に君子は和して流れず、強なるかな矯たり。
中立して倚らず、強なるかな矯たり。
国に道あるときは塞を変ぜず、強なるかな矯たり。
国に道なきときも死に至るまで変ぜず、強なるかな矯たり」と。

子曰く「隠れたるを索め怪しきを行なうは、
後世に述ぶること有らんも、吾れはこれを為さず。
君子は道に遵いて行なう。
半塗にして廃するも、吾れは已むこと能わず。
君子は中庸に依る。
世を遯れて知られざるも悔いざるは、唯だ聖者のみこれを能くす」と。


君子の道は、費にして隠なり。
夫婦の愚も、以て与り知るべきも、その至れるに及んでは、
聖人と雖も、亦た知らざる所あり。
夫婦の不肖も、以て能く行なうべきも、その至れるに及んでは、
聖人と雖も、亦た能くせざる所あり。

天地の大なるも、人猶お憾む所あり。
故に君子大を語れば、天下能く載すること莫し。
小を語れば、天下能く破ること莫し。
詩に云う「鳶飛んで天に戻り、魚淵に踊る」と。
その上下に察るを言うなり。

君子の道は、端を夫婦に造め、その至れるに及んでは、天地にも察るなり。


子曰く「道は人に遠からず。
人の道を為して人に遠きは、以て道と為すべからず。
詩に云う「柯を伐り柯を伐る、その則遠からず」と。
柯を執りて以て柯を伐る、睨してこれを視るも、猶お以て遠しと為す。
故に君子は人を以て人を治め、改むるのみ。

忠恕は道を違ること遠からず。
諸れを己れに施して願わざれば、亦た人に施すこと勿かれ。
君子の道は四あり。
丘、未だ一をも能くせず。
子に求むる所、以て父に事うること、未だ能くせざるなり。
臣に求むる所、以て君に事うること、未だ能くせざるなり。
弟に求むる所、以て兄に事うること、未だ能くせざるなり。
朋友に求むる所、先ずこれを施すこと、未だ能くせざるなり。

庸徳をこれ行ない、庸言をこれ謹しみ、
足らざる所あれば、敢えて勉めずんばあらず、余りあれば敢えて尽くさず。
言は行を顧み、行は言を顧みる。
君子胡んぞ慥慥爾たらざらん」と。


君子はその位に素して行ない、その外を願わず。
富貴に素しては富貴に行ない、貧賤に素しては貧賤に行ない、
夷狄に素しては夷狄に行ない、患難に素しては患難に行なう。
君子は入るとして自得せざることなし。

上位に在りては下を陵がず、下位に在りては上を援かず、
己れを正しくして人に求めざれば、則ち怨みなし。
上は天を怨みず、下は人を尤めず。
故に君子は易に居りて以て命を俟ち、小人は険を行ないて以て幸を徼む。

子曰く「射は君子に似たること有り。
諸れを正鵠に失すれば、反って諸れをその身に求む」と。


君子の道は、辟えば遠きに行くに、必ず邇きよりするが如く、
辟えば高きに登るに、必ず卑きよりするが如し。

詩に曰く「妻子好合すること、瑟琴を鼓するが如し。
兄弟既に翕い、和楽して且つ耽しむ。
爾が室家に宜しく、爾が妻帑を楽しましむ」と。

子曰く「父母は其れ順ならんか」と。


子曰く「舜は其れ大孝なるかな。
徳は聖人たり、尊は天子たり、富は四海の内を有ち、
宗廟これを饗け、子孫これを保つ」と。

故に大徳は必ずその位を得、必ずその禄を得、
必ずその名を得、必ずその寿を得。
故に天の物を生ずるは、必ずその材に因りて篤くす。
故に栽つ者はこれを培い、傾く者はこれを覆えす。

詩に曰く「嘉楽の君子、憲憲たる令徳あり、
民に宜しく人に宜しく、禄を天に受く。
保佑してこれに命じ、天よりこれを申ぬ」と。

故に大徳の者は、必ず命を受く。


子曰く「憂いなき者は、其れ唯だ文王なるかな。
王季を以て父と為し、武王を以て子と為し、
父これを作り、子これを述ぶ」と。

武王は、大王・王季・文王の緒を纘ぎ、
壱たび戎衣して天下を有ち、身は天下の顕名を失わず。
尊は天子たり、富は四海の内を有ち、
宗廟これを饗け、子孫これを保つ。

武王は末に命を受く。
周公は文・武の徳を成し、大王・王季を追王し、
上、先公を祀るに天子の礼を以てす。
斯の礼や、諸侯・大夫及び士・庶人に達す。
父は大夫たり、子は士たらば、葬るに大夫を以てし、祭るに士を以てす。
父は士たり、子は大夫たらば、葬るに士を以てし、祭るに大夫を以てす。
期の喪は大夫に達し、三年の喪は天子に達す。
父母の喪は、貴賤となく一なり。


子曰く「武王・周公は、其れ達孝なるかな。
夫れ孝とは、善く人の志を継ぎ、善く人の事を述ぶる者なり」と。

春秋にはその祖廟を脩め、その宗器を陳ね、
その裳衣を設け、その時食を薦む。
宗廟の礼は、昭穆を序する所以なり。
爵を序するは、貴賤を弁ずる所以なり。
事を序するは、賢を弁する所以なり。
旅酬に下の上の為めにするは、賤に逮ぼす所以なり。
燕毛は、歯を序する所以なり。
その位を践み、その礼を行ない、その楽を奏し、
その尊ぶ所を敬し、その親しむ所を愛し、
死に事うること生に事うるが如くし、
亡に事うること存に事うるが如くするは、孝の至りなり。

郊社の礼は、上帝に事うる所以なり。
宗廟の礼は、その先を祀る所以なり。
郊社の礼・禘嘗の義に明らかなれば、
国を治むること其れ諸れを掌に示るが如きか。


哀公、政を問う。
子曰く「文・武の政は、布きて方策に在り。
その人存すれば、則ちその政挙がり、その人亡ければ、則ちその政息む。
人道は政を敏め、地道は樹を敏む。
夫れ政なる者は蒲盧なり」と。

故に政を為すは人に在り。
人を取るには身を以てし、身を脩むるには道を以てし、
道を脩むるには仁を以てす。

仁とは人なり、親を親しむを大と為す。
義とは宜なり、賢を尊ぶを大と為す。
親を親しむの殺、賢を尊ぶの等は、礼の生ずる所なり。

故に君子は以て身を脩めざるべからず。
身を脩めんと思わば、以て親に事えざるべからず。
親に事えんと思わば、以て人知らざるべからず。
人を知らんと思わば、以て天を知らざるべからず。


天下の達道は五、これを行なう所以の者は三。
曰く、君臣なり、父子なり、夫婦なり、昆弟なり、朋友の交なり。
五者は天下の達道なり。
知・仁・勇の三者は、天下の達徳なり。
これを行なう所以の者なり。

或いは生まれながらにしてこれを知り、或いは学んでこれを知り、
或いは困しんでこれを知る。
そのこれを知るに及んでは、一なり。
或いは安んじてこれを行ない、或いは利としてこれを行ない、
或いは勉強してこれを行なう。
その功を成すに及んでは、一なり。

子曰く「学を好むは知に近し。
力めて行なうは仁に近し。
恥を知るは勇に近し」と。
斯の三者を知れば、則ち身を脩むる所以を知る。
身を脩むる所以を知れば、則ち人を治むる所以を知る。
人を治むる所以を知れば、則ち天下国家を治むる所以を知る。


凡そ天下国家を為むるに、九経あり。
曰く、身を脩むるなり、賢を尊ぶなり、親を親しむなり、
大臣を敬するなり、群臣を体するなり、庶民を子しむなり、
百工を来うなり、遠人を柔ぐるなり、諸侯を懐くるなり。

身を脩むれば、則ち道立つ。
賢を尊べば、則ち惑わず。
親を親しめば、則ち諸父・昆弟怨みず。
大臣を敬すれば、則ち眩わず。
群臣を体すれば、則ち報礼重し。
庶民を子しめば、則ち百姓勧む。
百工を来えば、則ち財用足る。
遠人を柔ぐれば、則ち四方これに帰す。
諸侯を懐くれば、則ち天下これを畏る。

斉明盛服して、礼に非ざれば動かざるは、身を脩むる所以なり。
讒を去り色を遠ざけ、貨を賤しみて徳を尊ぶは、賢を勧むる所以なり。
その位を尊くしその禄を重くし、その好悪を同じくするは、
親を勧むる所以なり。
官盛んにして任使せしむるは、大臣を勧むる所以なり。
忠信にして禄を重くするは、士を勧むる所以なり。
時に使いて薄く斂むるは、百姓を勧むる所以なり。
日に省み月に試みて、既稟事に称うは、百工を勧むる所以なり。
往くを送り来たるを迎え、善を嘉して不能を矜むは、遠人を柔ぐる所以なり。
絶世を継ぎ廃国を挙げ、乱れたるを治め危うきを持し、
朝聘は時を以てせしめ、往くを厚くして来たるを薄くするは、
諸侯を懐くる所以なり。

凡そ天下国家を為むるに、九経あり。
これを行なう所以の者は一なり。


凡そ事は予めすれば則ち立ち、予めせざれば則ち廃す。
言前に定まれば則ち跲かず、事前に定まれば則ち困まず、
行ない前に定まれば則ち疚まず、道前に定まれば則ち窮せず。

下位に在りて上に獲られざれば、民は得て治むべからず。
上に獲らるるに道あり、朋友に信ぜられざれば、上に獲られず。
朋友に信ぜらるるに道あり、親に順ならざれば、朋友に信ぜられず。
親に順なるに道あり、諸れを身に反みて誠ならざれば、親に順ならず。
身を誠にするに道あり、善に明らかならざれば、身に誠ならず。


誠なる者は、天の道なり。
これを誠にする者は、人の道なり。
誠なる者は、勉めずして中たり、思わずして得、
従容として道に中たる、聖人なり。
これを誠にする者は、善を択びて固くこれを執る者なり。

博くこれを学び、審らかにこれを問い、慎みてこれを思い、
明らかにこれを弁じ、篤くこれを行なう。
学ばざることあれば、これを学びて能くせざれば措かざるなり。
問わざることあれば、これを問いて知らざれば措かざるなり。
思わざることあれば、これを思いて得ざれば措かざるなり。
弁ぜらることあれば、これを弁じて明らかならざれば措かざるなり。
行なわざることあれば、これを行ないて篤からざれば措かざるなり。
人一たびしてこれを能くすれば、己れはこれを百たびす。
人十たびしてこれを能くすれば、己れはこれを千たびす。
果たして此の道を能くすれば、
愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強からん。


誠なる自り明らかなる、これを性と謂う。
明らかなる自り誠なる、これを教えと謂う。
誠なれば則ち明らかなり、明らかなれば則ち誠なり。

唯だ天下の至誠のみ、能くその性を尽くすと為す。
能くその性を尽くせば、則ち能く人の性を尽くす。
能く人の性を尽くせば、則ち能く物の性を尽くす。
能く物の性を尽くせば、則ち以て天地の化育を賛くべし。
以て天地の化育を賛くべくんば、則ち以て天地と参なるべし。

その次は曲を致す。
曲に能く誠あり。
誠なれば則ち形われ、形われば則ち著るしく、
著るしければ則ち明らかに、明らかなれば則ち動かし、
動かせば則ち変じ、変ずれば則ち化す。
唯だ天下の至誠のみ、能く化すると為す。


至誠の道は、以て前知すべし。
国家将に興らんとすれば、必ず禎祥あり。
国家将に亡びんとすれば、必ず妖孽あり。
蓍亀に見われ、四体に動く。
禍福将に至らんとすれば、
善も必ず先にこれを知り、不善も必ず先にこれを知る。
故に至誠は神の如し。

子曰く「鬼神の徳たる、其れ盛んなるかな。
これを視れども見えず、これを聴けども聞こえず、物を体して遺すべからず。
天下の人をして、斉明盛服して、以て祭祀を承けしむ。
洋洋乎として、その上に在るが如く、その左右に在るが如し」と。
詩に曰く「神の格るは、度るべからず、矧んや射うべけんや」と。

夫れ微の顕なる、誠の揜うべからざるは、此くの如きかな。


誠なる者は自ら成るなり。
而して道は自ら道びくなり。
誠なる者は物の終始なり。
誠ならざれば物なし。
是の故に君子はこれを誠にするを貴しと為す。

誠なる者は自ら己れを成すのみに非ざるなり、物を成す所以なり。
己れを成すは仁なり。
物を成すは知なり。
性の徳なり。
外内を合するの道なり。
故に時にこれを措きて宜しきなり。

故に至誠は息むことなし。
息まざれば則ち久しく、久しければ則ち徴あり。
徴あれば則ち悠遠なり、悠遠なれば則ち博厚なり、
博厚なれば則ち高明なり。
博厚は物を載する所以なり、高明は物を覆う所以なり、
悠久は物を成す所以なり。
博厚は地に配し、高明は天に配し、悠久は疆りなし。
此くの如き者は、見さずして章われ、
動かさずして変じ、為す無くして成る。


天地の道は、壱言にして尽くすべきなり。
その物たる弐ならざれば、則ちその物を生ずること測られず。
天地の道は、博きなり、厚きなり、高きなり、明らかなり、久しきなり。

今夫れ天は、斯の昭昭の多きなり。
その窮まりなきに及びては、日月星辰繋り、万物も覆わる。
今夫れ地は、一撮土の多きなり。
その広厚なるに及びては、華嶽を載せて重しとせず、
河海を振めて洩らさず、万物も載る。
今夫れ山は、一巻石の多きなり。
その広大なるに及びては、草木これに生じ、
禽獣これに居り、宝蔵興る。
今夫れ水は、一勺の多きなり。
その測られざるに及びては、黿鼉鮫竜魚鼈生じ、貨財殖す。

詩に曰く「惟れ天の命、於穆として已まず」と。
蓋し天の天たる所以を曰うなり。
「於乎、不いに顕かなり、文王の徳の純なる」と。
蓋し文王の文たる所以を曰うなり。
純も亦た已まず。


大なるかな、聖人の道。
洋洋乎として万物を発育し、峻くして天に極る。
優優として大なるかな。
礼儀三百、威儀三千、その人を待ちて而して後に行なわる。
故に曰く「苟くも至徳ならざれば、至道は凝らず」と。

故に君子は、徳性を尊びて問学に道り、
広大を致して精微を尽くし、高明を極めて中庸に道り、
故きを温めて新しきを知り、敦厚にして以て礼を崇ぶ。

是の故に上に居りて驕らず、下と為りて倍かず、
国に道あれば、その言以て興すに足り、
国に道なければ、その黙以て容れらるるに足る。
詩に曰く「既に明にして且つ哲、以てその身を保つ」と。
其れ此れをこれ謂うか。


子曰く「愚にして自ら用うることを好み、
賤にして自ら専らにすることを好み、
今の世に生まれて古えの道に反る。
此くの如き者は、烖いその身に及ぶ者なり」と。

天子に非ざれば礼を議せず、度を制せず、文を考えず。
今は天下、車は軌を同じくし、書は文を同じくし、行ないは倫を同じくす。
その位ありと雖も、苟くもその徳なければ、敢えて礼楽を作らず。
その徳ありと雖も、苟くもその位なければ、亦た敢えて礼楽を作らず。

子曰く、「吾れ夏の礼を説く、杞は徴とするに足らざるなり。
吾れ殷の礼を学ぶ、宋の存するあり。
吾れ周の礼を学ぶ、今これを用う。
吾れは周に従わん」と。

天下に王として三重あれば、其れ過ち寡なからんか。
上なる者は、善しと雖も徴なく、徴なければ信ならず、
信ならざれば民従わず。
下なる者は、善しと雖も尊からず、尊からざれば信ならず、
信ならざれば民従わず。


故に君子の道は、諸れを身に本づけ、諸れを庶民に徴し、
諸れを三王に考えて繆らず、諸れを天地に建てて悖らず、
諸れを鬼神に質して疑いなく、百世以て聖人を俟ちて惑わず。
諸れを鬼神に質して疑いなきは、天を知るなり。
百世以て聖人を俟ちて惑わざるは、人を知るなり。

是の故に君子は、動きて世々天下の道となり、
行ないて世々天下の法と為り、
言いて世々天下の則と為る。
これに遠ざかれば則ち望むあり、これに近づけば則ち厭わず。

詩に曰く「彼に在りて悪まるることなく、此に在りても射わるることなし。
庶幾くは夙夜、以て永く誉れを終えん」と。
君子未だ此くの如くならずして、而も蚤く天下に誉れある者はあらざるなり。


仲尼は尭・舜を祖述し、文・武を憲章す。
上は天時に律り、下は水土に襲る。
辟えば天地の持載せざることなく、覆幬せざることなきが如し。
辟えば四時の錯いに行るが如く、日月の代々る明らかなるが如し。
万物並び育して相い害わず、道並び行われて相い悖らず。
小徳は川流れ、大徳は敦化す。
此れ天地の大たる所以なり。


唯だ天下の至聖のみ、能く聡明叡知にして、以て臨むことあるに足り、
寛裕温柔にして以て容るることあるに足り、
発強剛毅にして以て執ることあるに足り、
斉荘中正にして以て敬することあるに足り、
文理密察にして以て別つことあるに足ると為す。

溥博淵泉にして、而してこれを出だす。
溥博は天の如く、淵泉は淵の如し。
見れて民敬せざること莫く、言いて民信ぜざること莫く、
行ないて民説ばざること莫し。

是を以て声名は中国に洋溢し、施きて蛮貊に及ぶ。
舟車の至る所、人力の通ずる所、天の覆う所、地の載する所、
日月の照らす所、霜露の隊つる所、凡そ血気ある者は、尊親せざること莫し。
故に天に配すと曰う。


唯だ天下の至誠のみ、能く天下の大経を経綸し、
天下の大本を立て、天地の化育を知ると為す。
夫れ焉くんぞ倚る所あらん。
肫肫として其れ仁なり、淵淵として其れ淵なり、浩浩として其れ天なり。

苟くも固に聡明聖知にして天徳に達する者ならざれば、
其れ孰か能くこれを知らん。


詩に曰く「錦を衣て絅を尚う」と。
その文の著わるるを悪むなり。
故に君子の道は、闇然として而も日々に章かに、
小人の道は、的然として而も日々に亡ぶ。
君子の道は、淡くして厭われず、簡にして文あり、温にして理あり。
遠きの近きことを知り、風の自ることを知り、
微の顕なることを知れば、与て徳に入るべし。

詩に云う「潜みて伏するも、亦た孔だこれ昭かなり」と。
故に君子は内に省みて疚しからず、志に悪むことなし。
君子の及ぶべからざる所の者は、其れ唯だ人の見ざる所か。

詩に云う「爾の室に在るを相るに、尚わくは屋漏に愧じざれ」と。
故に君子は動かずして而も敬せられ、言わずして而も信ぜらる。

詩に曰く「奏仮するに言なく、時れ争いあること靡し」と。
是の故に君子は賞せずして民勧み、怒らずして民は鈇鉞よりも威る。

詩に曰く「不いに顕らかなり惟れ徳、百辟其れこれに刑る」と。
是の故に君子は篤恭にして天下平らかなり。

詩に曰く「予れ明徳を懐う、声と色とを大にせず」と。
子曰く「声色の以て民を化するに於けるは、末なり」と。
詩に曰く「徳の輶きこと毛の如し」と。
毛は猶お倫あり。
「上天の載は、声も無く臭も無し」
至れるかな。

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凡例
  • 読み下し文は金谷治(訳注)『大学・中庸』(岩波文庫)より。
  • 読みやすさを考慮し、適宜改行をしています。
  • 一部、環境依存文字を使っていますので、文字化けする可能性があります。
  • 誤字・脱字等の可能性があります。

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