ラベル 子夏 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 子夏 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012/04/20

為政第二・8「子夏問孝。~」

「孝」とは何か?

「孝行」「親孝行」とはどんな行動を指すのか?

孔子の門人、子夏が「孝」について尋ねたとき、孔子は次のように答えます。
色難し。事有れば、弟子其の労に服す。酒食有れば、先生に饌す。曾て是を以て孝と為さんや。

何事かあれば、弟子は先生のために働く。

お酒や食事があれば、先生に差し上げる。

こういったことで「孝」と言えるだろうか。

色難し。


「色」というのは、「見た目」ともいえると思います。

「孝」というのは、見た目では判断できない。


「孝」を伴った行動が「孝行」。


「孝」という内面があって、「孝行」として現れるのです。


2011/02/02

学而第一・7「子夏曰、賢賢易色、~」

子夏曰く、賢を賢として色を易んじ、父母に事えて能く其の力を竭くし、君に事えて能く其の身を致し、朋友と交わり、言いて信有らば、未だ学ばずと曰うと雖も、吾は必ず之を学びたりと謂わん。
「賢を賢として色を易んじ」の解釈がわかれているようです(加地伸行全訳注『論語』)。1つは一般的な解釈として、「色を易んじ」を「女色を軽んじる」すなわち女性を追っかけたりしない、という解釈。もう1つは、夫婦のあり方として「容姿などは2の次だ」という解釈(加地伸行全訳注『論語』はこちらの解釈を採用)。

「色」が「外見の美しい人」を表わすのであれば、「姿形にとらわれず、賢いものを賢いとする」という意味にとれるでしょう。斉藤孝訳『現代語訳 論語』では、「美人を好むかわりに、賢人を尊敬し、~」となっています。

どちらにしても、「外見でなく中身を見る」ということですね。

ここでのキーワードは、「学ぶ」。

これから論語の言葉の中で、「学ぶ」を追っかけてみたくなりました。

ブログ アーカイブ