2011/10/11

禅の四聖句

坐禅したこともないですが、禅に興味があります。

おかしな言い方ですが、禅の考え方が好きです。禅者に言わせれば、「野狐禅」です。


禅の根本義と言われるものに「四聖句」というものがあります。4つの聖句です。その4つの聖句とは、「不立文字」「教外別伝」「直指人心」「見性成仏」。禅宗を確立した初祖達磨大師の残した言葉とされています。


ひとつめの「不立文字(ふりゅうもんじ)」。文字を立てない、ということですが、文字や言葉を否定しているわけではありません。「釈迦の悟り」を伝えるものは文字や言葉では言い表せない。体験するしかない。言葉や文字は、補足にはなるかもしれないが、伝えたいものは釈迦の言葉や文字ではない。体感、経験が必要であることをいいます。

「教外別伝(きょうげべつでん)」の「教」は、お経・経典の「きょう」ともいえるかもしれません。経典のように言葉や文字で伝えるのではなく、以心伝心で、直接の体験として、師から弟子へ伝えていく。

世尊、昔、霊山会上に在って花を拈じて衆に示す。是の時、衆皆な黙然たり。惟だ迦葉尊者のみ破顔微笑す。世尊云く、「吾に正法眼蔵、涅槃妙心、実相無相、微妙の法門有り。不立文字、教外別伝、摩訶迦葉に付嘱す」。

釈迦牟尼世尊が、昔、霊鷲山で説法された時、一本の花を持ち上げ、聴衆の前に示された。すると、大衆は皆黙っているだけであったが、唯だ迦葉尊者だけは顔を崩してにっこりと微笑んだ。そこで世尊は言われた、「私には深く秘められた正しい真理を見る眼、説くに解くことのできぬ覚りの心、そのすがたが無相であるがゆえに、肉眼では見ることができないような不思議な真実在というものがある。それを言葉や文字にせず、教えとしてではなく、別の伝え方で摩訶迦葉にゆだねよう」。
(岩波文庫『無門関』より)

「世尊拈花」あるいは「拈華微笑」といわれるエピソードですが、このとき、釈迦から摩訶迦葉に微妙の法が伝わりました。摩訶迦葉を1祖とすると、達磨大師は28祖です。

「直指人心(じきしにんしん)」は、「直ちに人の心を指せ」。単純にいうと、「自分を見つめろ」。自分の心をただただ見つめなさい、と言っています。

そして「見性成仏(けんしょうじょうぶつ)」。「性」は「心」ともいえるでしょう。心を見つめると仏に成る。「悉有仏性」。自分の中の仏性を見つけ、見つめることで、あなたが仏である。


最後の「見性成仏」は、禅宗も仏教であるから仏様としていますが、自分自身を見つめることで、(この言い方は本当の自分が別にあるようで嫌なのですが、)「本来の自己」になれる、とも言い換えることができるかと思います。

禅では、「坐禅」、「ただただ坐れ」といいますが、坐ることは目的ではなく手段なのです。

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