2011/09/20

物語の力

本日(9/19)、1日かけて京極夏彦さんの『鉄鼠の檻』を読み返しました。

最近、「禅」への興味が再燃してきたためです。

もちろん以前より言葉としては知っていましたが、「禅」について、特に学ぼうとかやってみようと思ったことはありませんでした。

私にとって「禅」に興味を持ったきっかけが、京極さんの『鉄鼠の檻』です。


興味を持っているといっても、禅の考え方に魅かれているだけで、座禅等したことはありません。

「不立文字」が特徴のひとつである「禅」を言葉で知ろうとする、いわゆる野狐禅の類です。

禅は体感するものである、体現するものであるのですが、思考の枠組みにしようとしています。


話はかわって、物語の力について。

京極さんの小説は、ときどき小難しいことを書いていますが、知的な感じがします。勉強している気になります。

特に『鉄鼠の檻』を含む「京極堂シリーズ」は、妖怪談義やら、科学や宗教や、特に認識の在り方がテーマ(薀蓄?)になっていることが多く、それらが上手く物語とマッチしていて好きです。

科学や宗教、認識論などは私の興味があるところ。しかし、専門的な書物やら何やらを読んだりすることは少し苦痛なところです。

しかし、物語の枠組みをあてることで、自然に読める。面白くてためになる、といった感じ。

最近私が読んだものの中では、結城浩さんの「数学ガールシリーズ」もこの分野に入っています。


「ストーリー・シンキング」というような言葉も、最近ではないかもしれませんが、よく聞かれるようになりました。

物語は記憶の定着を支えているのですかね。

以下は、TEDで見つけた映像ですが、これも物語の力を表わしているように思います。
ポール・ブルーム「喜びの根源」


ひとつひとつの知識を学んでいくより、物語としていくつかの知識をまとめて読んだ方が、学習の定着率がいいような気がするのは私だけでしょうか?

私は何かを覚えたりするとき、何かと何か、いろいろなものを関連付けて覚えていく方が性にあっているような気がします。

こうやってブログを書いているのも、自分自身についての物語を書こうとしています。

上手くいっているかいないかはわかりませんが…。