2010/10/04

適度な緊張感は本音を生むこともある

学生の頃、母校の高校に教育実習に行ったことがあります。

授業をするときはもちろん緊張しました。

ですが、もっと緊張したのは、ホームルームの時間です。
 

授業では、ある程度流れが決まっています。担任の先生と打ち合わせしつつ、その授業の授業計画を立て、それに従って実行する。あらかじめ準備しておくべきことはわかっていて、生徒からの質問もある程度は予想できます。

仕事でいうと、プレゼンをするイメージが近いですね。
 

しかし、ホームルームではどのようなことが起こるのかわかりません。

教育実習で行っていたので、ホームルーム時間に「質問コーナー」みたいな時間があり、生徒からの質問に答えるという時間がありました。もちろん、出てきそうな質問は予想できて、その質問に対しても回答を用意して臨んだつもりでした。
 

そのホームルームの時間で、緊張のためすべての質問を覚えているわけではないのですが、いまだに心に残っていることがあります。
 

生徒からの質問で、「なぜ先生になろうと思ったのですか?」というものがありました。

もちろん教育実習で行っているわけですから、「先生になろうとしている」という前提で生徒は質問してますし、また私自身も回答を用意はしていました。

が、用意していた回答は「つくりもの」でした。

教育実習に行ったには行きましたが、その理由は、「せっかく大学に行ったのだから、とれる資格は取っておこうか。」という安易な気持ちです。先生になる気持ちはあまりありませんでした。

そのため、用意していた回答は「つくりもの」です。


しかし、緊張と、生徒の真面目な顔を見てか、その用意していた回答については、さわりだけで終わりました。用意していた答えは、簡単に書けば「担任の先生に憧れて・・・」というものでした。


しかし、その場で回答した内容は以下のようなものです。

「担任の先生のようになりたいと思いました。しかし、『先生』という職業に就きたいというわけではありません。先生のように、誰かの心に残る人になりたいと思っています。」「『虎は死して皮を残し、人は死して名を残す』という言葉がありますが、名前を残したいと思っています。けれども有名人になりたい、とかそのような大それたことではなく、先生のように誰かの心に残っていれば、それはそれでその人の心の中には名前が残っていることになる。」「すべての人の心に名前を刻むことはできないと思うが、誰かの心の中に残るような人になりたい。」

このような回答を、「〇〇先生(担任の先生)はまだ死んでいないけどね(笑)」という冗談を交えながら答えました。


教育実習で生徒と接しているわけですから、「先生になりたいわけではない」と伝えることはちょっとタブーの感があります。が、言ってしまいました。しかし、その回答にウソはないわけで、自分の中では納得しています。
 

後に、担任の先生(教育実習のOJTでもありました)から、「いいこと言ったな」と誉められました。


聞く側、ここでいうと生徒たちの態度は、適度な緊張感を生みます。その緊張感、真摯に回答を聞こうという態度は、本音を引き出す引き金となることを知ったのはこの時です。
 

また、この時話したことは、今でもよく覚えていて、今でも思いは変わっていません。誰かの心には名前を残したいと思っています。

ブログ アーカイブ