山崎富治さんの本『ほうれんそうが会社を強くする』が届いた。Amazonで出品されていた中古本である。
まだ通読はしていないが、目次を見るだけでおもしろそうな本だと思う。
4章で構成されていて、章題は以下である。
1章 “ほうれんそう”は、組織活性化の最良の栄養源
2章 “ほうれんそう”は、こうすれば立派に育つ
3章 “ほうれんそう”を育てる8大栄養素
4章 “ほうれんそう”を枯らす8大病原菌
報連相を「する側」からではなく、「育てる」側から書かれていることがわかる。
ここ数日、このブログで「ホウレンソウの育て方」について、いくつか記事を書いてきた。「報告・連絡・相談」のスキルを上げようという自己スキルアップの観点から書かれた本が多いが、「報告・連絡・相談」がしやすい文化を育てようという観点からの本が少ない(見たことがない)という理由からである。
「報告・連絡・相談」を「報連相」とした元祖の本は、育てる側からの観点で書かれたものであったことは驚きである。
私自身の場合は、言葉遊びから「育てる」側から考えてみようというのが最初のきっかけであった。しかし、本書は経営の側から出てきたものであるので、説得力がありそうである。
そして、言葉遊びの観点もしっかり含まれている。
たとえば、「“ほうれんそう”は“賛成”土壌には育たない」という見出しがある。ほうれん草は酸性土壌では育たず、アルカリ性の土壌で育つ。それを踏まえて、“賛成”土壌、つまりイエスマンばかりの会社では、報連相は育たないという。
他にも、「ほうれんそうのゴマあえ」というのもあった。これは、「ほうれんそう運動」が広まっていき、新聞に取り上げられたところに書かれていたこととして紹介されていた。「サラリーマンが出世したかったら、“ほうれんそうのゴマあえ”を欠かさないことだね」とある会社役員が言ったという。報告・連絡・相談に、ちょっぴりゴマすりが必要という意味である。こちらは「する側」からの観点であるが、上手く料理している。
いずれにせよ、しばらくこのブログで書いてきた「ホウレンソウの育て方」は、山崎さんの本を前提として書いていく必要が出てきた。まずは通読してから今後発展させられるかどうかを検討したい。
2017/04/07
文化と風土
Wikipediaの「報・連・相」の項の脚注に、以下の記事へのリンクがあった。
日系パワハラ│多分、報・連・相の意味は間違って伝えられてるよ
昨日のブログ記事で、山崎富治さんの『ほうれんそうが会社を強くする』という本(未読)について言及した。どうやらこの本は、書店のビジネス書コーナーによくあるような「報連相のコツ」など、報連相を「する側」から書いたものではなさそうである。
「風通しのよい会社の条件」であるとか、「上の人間が聞いて不快になりそうな情報は、なるべく伝えないようにしようという土壌がいつのまにかできているとしたら、この土壌には"ほうれんそう"は育たない。」という文章を読むと、報連相を育てることに主眼をおいているようである。
畑でほうれん草を育てるように、文化で報連相を育てることはできないか。
ここでの文化は「企業文化」としてもいい。
企業文化を耕して、報連相を成長しやすくするにはどうすればいいか。
畑を耕すのは、土をやわらかくして、ほうれん草が成長しやすくするためである。畑を耕す意味として、土と空気を混ぜるという意味もある。
風と土で「風土」である。「企業文化」は「企業風土」ともいえる。企業には「社風」もある。風通しをよくするにはつながらないだろうか。
こんな連想をしている。
日系パワハラ│多分、報・連・相の意味は間違って伝えられてるよ
昨日のブログ記事で、山崎富治さんの『ほうれんそうが会社を強くする』という本(未読)について言及した。どうやらこの本は、書店のビジネス書コーナーによくあるような「報連相のコツ」など、報連相を「する側」から書いたものではなさそうである。
「風通しのよい会社の条件」であるとか、「上の人間が聞いて不快になりそうな情報は、なるべく伝えないようにしようという土壌がいつのまにかできているとしたら、この土壌には"ほうれんそう"は育たない。」という文章を読むと、報連相を育てることに主眼をおいているようである。
畑でほうれん草を育てるように、文化で報連相を育てることはできないか。
ここでの文化は「企業文化」としてもいい。
企業文化を耕して、報連相を成長しやすくするにはどうすればいいか。
畑を耕すのは、土をやわらかくして、ほうれん草が成長しやすくするためである。畑を耕す意味として、土と空気を混ぜるという意味もある。
風と土で「風土」である。「企業文化」は「企業風土」ともいえる。企業には「社風」もある。風通しをよくするにはつながらないだろうか。
こんな連想をしている。
2017/04/06
アイデアの種
ほうれん草を育てるように、報連相を育てることはできないか。思いつきから考えていることは重々承知であるが、まだしつこく考えている。
Wikipediaに「報・連・相」の項があったので読んでみた。現時点(2017年4月6日時点)での記述によると、もともと山崎種二さんが提唱し、その次男である山崎富治さんの本『ほうれんそうが会社を強くする』がベストセラーとなり広まったという。
当然のことながら、「報告・連絡・相談」を略して「報連相」としたのは、「ほうれん草」を意識したものであろう。未読であるが、『ほうれんそうが会社を強くする』というタイトルからもそのことが想像できる。その理由は2点ある。
ひとつは、「ほうれんそう」と平仮名表記にしていることである。「報連相」でも「報・連・草」でも、あるいはもっと直接に「報告・連絡・相談」でもよかったはずだが、敢えて平仮名にしている。音として読めば「ほうれん草」と「報連相」をかけているなと思うことはできるが、漢字で「報連相」と書かれているとその表記だけで「ほうれん草」を思い起こすことは難しい。思い起こしたとすれば漢字を読んだわけであり、ひと手間かかる。
もうひとつは、「ほうれんそう」に続いて「会社を強くする」としていることである。ほうれん草は緑黄色野菜として栄養価が高いイメージがある。漫画でポパイがほうれん草の缶詰を食べて、力こぶを出したりすることも思い浮かぶ。鉄分が豊富で、特に貧血気味の人は「ほうれん草を食べなさい」と言われることも多いだろう。ほうれん草には身体を強くするイメージがある。そのイメージで『ほうれんそうが会社を強くする』というタイトルをつけたと思われる。
興味があったので、『ほうれんそうが会社を強くする』をAmazonで検索してみると、新品はなかった。絶版となったようである。中古本はあり、表紙の画像を見たところ、思いっきり「ほうれん草」のイラストが載っていた(この記事の末にリンクあり)。しかも、イラストのほうれん草の葉が、働く人をかたどっている。
Wikipediaに戻り、あらためて「報・連・相」の項を読むと、「報連相の誤解」という箇所があった。
考えていたことが載っていたので、嬉しいことではある。しかし、「ほうれん草を育てるように、報連相を育てることはできないか」と考えていたことが、「報連相」が広まったときから既に述べられていたことは、少し残念な気もする。
もともとアイデアの種は蒔かれていたようである。
Wikipediaに「報・連・相」の項があったので読んでみた。現時点(2017年4月6日時点)での記述によると、もともと山崎種二さんが提唱し、その次男である山崎富治さんの本『ほうれんそうが会社を強くする』がベストセラーとなり広まったという。
当然のことながら、「報告・連絡・相談」を略して「報連相」としたのは、「ほうれん草」を意識したものであろう。未読であるが、『ほうれんそうが会社を強くする』というタイトルからもそのことが想像できる。その理由は2点ある。
ひとつは、「ほうれんそう」と平仮名表記にしていることである。「報連相」でも「報・連・草」でも、あるいはもっと直接に「報告・連絡・相談」でもよかったはずだが、敢えて平仮名にしている。音として読めば「ほうれん草」と「報連相」をかけているなと思うことはできるが、漢字で「報連相」と書かれているとその表記だけで「ほうれん草」を思い起こすことは難しい。思い起こしたとすれば漢字を読んだわけであり、ひと手間かかる。
もうひとつは、「ほうれんそう」に続いて「会社を強くする」としていることである。ほうれん草は緑黄色野菜として栄養価が高いイメージがある。漫画でポパイがほうれん草の缶詰を食べて、力こぶを出したりすることも思い浮かぶ。鉄分が豊富で、特に貧血気味の人は「ほうれん草を食べなさい」と言われることも多いだろう。ほうれん草には身体を強くするイメージがある。そのイメージで『ほうれんそうが会社を強くする』というタイトルをつけたと思われる。
興味があったので、『ほうれんそうが会社を強くする』をAmazonで検索してみると、新品はなかった。絶版となったようである。中古本はあり、表紙の画像を見たところ、思いっきり「ほうれん草」のイラストが載っていた(この記事の末にリンクあり)。しかも、イラストのほうれん草の葉が、働く人をかたどっている。
Wikipediaに戻り、あらためて「報・連・相」の項を読むと、「報連相の誤解」という箇所があった。
「上司の状況判断に必要な、部下からの自発的な情報伝達」を習慣的に行わせるためのしつけとして捉えられているが、そもそも、提唱者の山崎の著書では、管理職が「イヤな情報、喜ばしくないデータ」を遠ざけず、問題点を積極的に改善していくことで、生え抜きでない社員や末端社員であっても容易に報告・連絡・相談が行える風通しの良い職場環境をつくるための手段して報連相を勧めているのであって、部下の努力目標ではない。
考えていたことが載っていたので、嬉しいことではある。しかし、「ほうれん草を育てるように、報連相を育てることはできないか」と考えていたことが、「報連相」が広まったときから既に述べられていたことは、少し残念な気もする。
もともとアイデアの種は蒔かれていたようである。
2017/04/05
植木の名人の話
孟子の「助長」の話を書いたので、似たような話も書いておこう。
柳宗元の「種樹郭橐駝伝」での話である。原典は読んだことはないが、松本肇『故事成語の知恵』(日経プレミアムシリーズ)と、森三樹三郎『老子・荘子』に概要が載っていた。孫引きのようなものである。
「橐駝(たくだ)」とは「駱駝(らくだ)」のことらしい。植木屋の郭さんは背中が曲がっていて駱駝に似ているところから、駱駝の郭さんと呼ばれていた。郭さんは植木の名人で、その植えた木は枯れず、よく茂り、よく実をつけたので人気があった。
あるとき柳宗元が郭さんに植木の秘訣を尋ねたところ、次のように答えた。
「秘訣というのはありません。ただ樹木の自然の性にしたがっているだけです」と。
植木というものは、木の根が広がり、土が平均にゆきわたり、古土が落ちず、木が倒れないくらいに土を固めておくことが必要とされる。その条件を整えさえすれば、あとは動かしたり揺すったりする必要はない。木の求めるようにするだけで、余計なことをしないだけだという。
木の成長を早めたり、よく実をつけさせたりすることはできず、成長を妨害しないようにするだけである。木は自然に成長する。
しかし、他の植木屋を見ていると、心配しすぎている。爪で引っかいて枯れていないか調べたり、根を揺すって土に隙間がないか確かめたり。木を大事にしているようだが、かえって危害を加えている、と。
『孟子』のたとえでも、この植木の名人の話でも、環境を整えることは大切ではあるが、作物(植木)自体には何もしていない。直接引っぱったり、揺すったりすることはしていない。
植物を育てるのと人を育てるのではやり方は違うかもしれないが、その育てる対象の特徴・性格を知り、それに合わせた環境を整えることは共通していると思う。
柳宗元の「種樹郭橐駝伝」での話である。原典は読んだことはないが、松本肇『故事成語の知恵』(日経プレミアムシリーズ)と、森三樹三郎『老子・荘子』に概要が載っていた。孫引きのようなものである。
「橐駝(たくだ)」とは「駱駝(らくだ)」のことらしい。植木屋の郭さんは背中が曲がっていて駱駝に似ているところから、駱駝の郭さんと呼ばれていた。郭さんは植木の名人で、その植えた木は枯れず、よく茂り、よく実をつけたので人気があった。
あるとき柳宗元が郭さんに植木の秘訣を尋ねたところ、次のように答えた。
「秘訣というのはありません。ただ樹木の自然の性にしたがっているだけです」と。
植木というものは、木の根が広がり、土が平均にゆきわたり、古土が落ちず、木が倒れないくらいに土を固めておくことが必要とされる。その条件を整えさえすれば、あとは動かしたり揺すったりする必要はない。木の求めるようにするだけで、余計なことをしないだけだという。
木の成長を早めたり、よく実をつけさせたりすることはできず、成長を妨害しないようにするだけである。木は自然に成長する。
しかし、他の植木屋を見ていると、心配しすぎている。爪で引っかいて枯れていないか調べたり、根を揺すって土に隙間がないか確かめたり。木を大事にしているようだが、かえって危害を加えている、と。
『孟子』のたとえでも、この植木の名人の話でも、環境を整えることは大切ではあるが、作物(植木)自体には何もしていない。直接引っぱったり、揺すったりすることはしていない。
植物を育てるのと人を育てるのではやり方は違うかもしれないが、その育てる対象の特徴・性格を知り、それに合わせた環境を整えることは共通していると思う。
2017/04/04
心に忘るることなかれ、助けて長ぜしむることなかれ
『孟子』公孫丑上に以下の話が載っている。「助長」の語源ともいわれている話である。(小林勝人訳『孟子(上)』岩波文庫より)
この話が、実際にあった話であるのか、それとも作り話であるのかはわからないが、『孟子』の中ではたとえ話として出てくる。もしかすると、『孟子』のたとえ話のために、「助長」に否定的な意味が付されたのかもしれない。
孟子は「浩然の気」を養うことを説明するために、上記のたとえ話を挙げた。先ほどの引用箇所の続きは以下である。
「浩然の気」とは何かということはさておき、作物の育て方については当たり前のことを言っている。
無益なこととして見向きもせず、草取りもしないようでは作物は育たないし、早く早くとあせって苗を引っぱるようなことをしては作物にとって害になってしまう。目をかけて育てるが無理をしてはいけないということである。
心に忘るることなかれ。
助けて長ぜしむることなかれ。
これは人の育て方でもいえる。
むかし宋の国のある百姓が、苗の成長がおくれているのを心配して、なんとか早めたいものと一本一本引っぱってやった。グッタリ疲れきって家にかえるなり、『ああ、今日は疲れたわい。苗をみんな引きのばしてやったものだから』と家のものに話したので、息子が〔変に思って〕いそいで田圃へかけつけて見たら、苗はすっかり枯れていたとのことだ。世間にはこうした馬鹿げたことをするものが少なくない。
この話が、実際にあった話であるのか、それとも作り話であるのかはわからないが、『孟子』の中ではたとえ話として出てくる。もしかすると、『孟子』のたとえ話のために、「助長」に否定的な意味が付されたのかもしれない。
孟子は「浩然の気」を養うことを説明するために、上記のたとえ話を挙げた。先ほどの引用箇所の続きは以下である。
浩然の気を養うなどとは無益なことだとして〔告子のように〕見向きもしないのは、田圃の草取りをしないようなものだし、また浩然の気を養うことは大切だと知っていても〔北宮黝や孟施舎のように〕早く早くとあせって助長しようとするのは、苗を引っぱるようなものだ。こういうことは無益なばかりか、かえって害になるばかりだ。
「浩然の気」とは何かということはさておき、作物の育て方については当たり前のことを言っている。
無益なこととして見向きもせず、草取りもしないようでは作物は育たないし、早く早くとあせって苗を引っぱるようなことをしては作物にとって害になってしまう。目をかけて育てるが無理をしてはいけないということである。
心に忘るることなかれ。
助けて長ぜしむることなかれ。
これは人の育て方でもいえる。
2017/04/03
【メモ】ホウレンソウ関連記事
最近、ほうれん草のことについて考えていたので、ほうれん草や野菜関連の記事が目に止まった。メモとして書いているので、大したことは書いていない。
ひとつはGIZMODEの「ホウレンソウが人間の心臓になっちゃう!?」という記事である。
ほうれん草の葉脈を血管として利用し、心臓組織の修復に役立てようという技術で、実用化にはまだ至っていないが実験は成功したとのこと。
食べるのではないほうれん草の活用法のひとつとしてリンクを残しておく。
もうひとつは、日経ビジネスONLINEの「最強の植物工場は「手づくり」で完成させた」という記事である。こちらはほうれん草ではなく、植物工場の記事である。
畑で栽培ではなく、工場でレタスを栽培する。従来の植物工場はコストがかかり黒字化できないことが多かったが、この記事で紹介されている工場では黒字化できたということである。
安定的に育てるためには、環境を整えることが大切である。その難しさと具体例が載っている。
ひとつはGIZMODEの「ホウレンソウが人間の心臓になっちゃう!?」という記事である。
ほうれん草の葉脈を血管として利用し、心臓組織の修復に役立てようという技術で、実用化にはまだ至っていないが実験は成功したとのこと。
食べるのではないほうれん草の活用法のひとつとしてリンクを残しておく。
もうひとつは、日経ビジネスONLINEの「最強の植物工場は「手づくり」で完成させた」という記事である。こちらはほうれん草ではなく、植物工場の記事である。
畑で栽培ではなく、工場でレタスを栽培する。従来の植物工場はコストがかかり黒字化できないことが多かったが、この記事で紹介されている工場では黒字化できたということである。
工場が本格稼働したのは2008年はじめ。「光、温度、湿度、空調、溶液など栽培環境の各要素をどう組み合わせるかというノウハウが重要。ハードだけそろえても、うまくいかない」。スプレッドの稲田信二社長に黒字化できたわけを聞くと、真っ先にそう答えた。
安定的に育てるためには、環境を整えることが大切である。その難しさと具体例が載っている。
2017/04/02
文化とあり方
ほうれん草が畑で育つならば、報連相は文化で育つのではないか。これをもう少し掘り下げていきたい。
畑を耕すことで、ほうれん草が成長しやすくなる。土をやわらかくすることで、芽が出やすく根が伸びやすくなる。
ここからいくつかの疑問が出てくる。文化を耕すとはどういうことか。土にあたるもの(あるいは、こと)は何か。報連相における芽や根は何に当たるか。
考えなくてもいいような疑問ではあるが、考えてみたい。
そもそも、文化とは何かということも考えておこう。
手元の国語辞典で「文化」を引くと、以下の意味が載っていた。
①ひらけない状態から、技術が進み生活が便利になり、また程度が高くなる状態。
②進歩・向上をはかる、人間の精神的ないとなみ(によって作り出されたもの)。
③その社会で受けつがれる、生活・行動のあり方。
報連相が大切だと言われているのは、主にビジネスシーンである。そこで、報連相を育てる畑としての文化を「企業文化」としよう。そうすると、文化の③の意味が一番近いように思う。つまり「社会」ではなく、「その会社で受けつがれる、生活・行動のあり方」である。「生活」というのはしっくりこないので「活動」としよう。
文化は一朝一夕でできるものではない。企業文化も同じである。
畑もまた最初から存在していたわけではない。開拓開墾して畑ができる。
畑を作ったらそれで終わりではない。毎年ほうれん草を育てるならば、種を蒔く前には畑を耕す。
企業文化も報連相を定期的に育てていくならば、耕すことは必要であろう。
文化を耕すとはどういうことか。これが次の疑問である。
畑を耕すことで、ほうれん草が成長しやすくなる。土をやわらかくすることで、芽が出やすく根が伸びやすくなる。
ここからいくつかの疑問が出てくる。文化を耕すとはどういうことか。土にあたるもの(あるいは、こと)は何か。報連相における芽や根は何に当たるか。
考えなくてもいいような疑問ではあるが、考えてみたい。
そもそも、文化とは何かということも考えておこう。
手元の国語辞典で「文化」を引くと、以下の意味が載っていた。
①ひらけない状態から、技術が進み生活が便利になり、また程度が高くなる状態。
②進歩・向上をはかる、人間の精神的ないとなみ(によって作り出されたもの)。
③その社会で受けつがれる、生活・行動のあり方。
報連相が大切だと言われているのは、主にビジネスシーンである。そこで、報連相を育てる畑としての文化を「企業文化」としよう。そうすると、文化の③の意味が一番近いように思う。つまり「社会」ではなく、「その会社で受けつがれる、生活・行動のあり方」である。「生活」というのはしっくりこないので「活動」としよう。
文化は一朝一夕でできるものではない。企業文化も同じである。
畑もまた最初から存在していたわけではない。開拓開墾して畑ができる。
畑を作ったらそれで終わりではない。毎年ほうれん草を育てるならば、種を蒔く前には畑を耕す。
企業文化も報連相を定期的に育てていくならば、耕すことは必要であろう。
文化を耕すとはどういうことか。これが次の疑問である。
2017/04/01
畑を耕すこと
ほうれん草を育てるために必要なものには、どのようなものがあるだろうか。ほうれん草を育てようとすると、何を準備するだろうか。
ほうれん草の種は必要だろう。種を蒔くための場所も必要である。他にも、肥料であるとか、鋤や鍬などの道具類も準備した方がいい。
プランターや土、肥料を用意して庭やベランダで栽培することもできるとは思うが、ここでは畑でほうれん草を育てることを考えてみたい。
種を蒔く前には、畑を耕す。鋤や鍬で畑を掘り返す。余談ではあるが、掘り返すという文字を打ったとき、「耕す」は「田(た)・返す」から来ているのではないかと想像した。方言で、ひっくり返すことを「かやす」という。
さて、なぜ畑を耕すのだろうか。
もっとも大きな理由は、土をやわらかくするためであろう。種を蒔くといっても畑の表面にぱらぱらと蒔くわけではなく、土中に種を埋める。土が固いとやりにくい。また、種から芽が出る、根が生えるときに土が固いと成長しにくい。やわらかい土の中に植えることで芽や根が伸びやすくなる。土中に石などの障害物があれば、掘り返すことで見つけやすく取り除きやすくなるだろう。
他の理由として、土と空気と混ぜるということもあるかもしれない。土と空気を混ぜるのでやわらかくなるともいえる。植物の根にも多少の空気は必要であろう。また適度な水分を保つためにも空気が混ざっていた方がよさそうだ。
他にも、雑草の繁殖を防ぐためであるとか、肥料をまいたあとに混ぜるためであるとか、様々な理由があるだろう。
なぜこのようなことに拘っているのかというと、ほうれん草と報連相を関連づけたいためである。
ほうれん草がよく育つように畑を耕す。報連相がよく育つように「畑を耕す」に相当することは何かを探りたい。
きっかけとなるのは言葉である。
「耕す」を英語でいうと、「cultivate」という。cultivateはラテン語のcolereから来ている。このラテン語colereから派生したcultivateとは別の英単語がある。「culture」である。「耕す」ことと「カルチャー(文化)」は同語源の言葉である。ちなみに「農業」を英語でいうと「agriculture」である。
畑を耕すことは、文化といえる。文化という土壌で、報連相が育つと考えてみたい。
ほうれん草の種は必要だろう。種を蒔くための場所も必要である。他にも、肥料であるとか、鋤や鍬などの道具類も準備した方がいい。
プランターや土、肥料を用意して庭やベランダで栽培することもできるとは思うが、ここでは畑でほうれん草を育てることを考えてみたい。
種を蒔く前には、畑を耕す。鋤や鍬で畑を掘り返す。余談ではあるが、掘り返すという文字を打ったとき、「耕す」は「田(た)・返す」から来ているのではないかと想像した。方言で、ひっくり返すことを「かやす」という。
さて、なぜ畑を耕すのだろうか。
もっとも大きな理由は、土をやわらかくするためであろう。種を蒔くといっても畑の表面にぱらぱらと蒔くわけではなく、土中に種を埋める。土が固いとやりにくい。また、種から芽が出る、根が生えるときに土が固いと成長しにくい。やわらかい土の中に植えることで芽や根が伸びやすくなる。土中に石などの障害物があれば、掘り返すことで見つけやすく取り除きやすくなるだろう。
他の理由として、土と空気と混ぜるということもあるかもしれない。土と空気を混ぜるのでやわらかくなるともいえる。植物の根にも多少の空気は必要であろう。また適度な水分を保つためにも空気が混ざっていた方がよさそうだ。
他にも、雑草の繁殖を防ぐためであるとか、肥料をまいたあとに混ぜるためであるとか、様々な理由があるだろう。
なぜこのようなことに拘っているのかというと、ほうれん草と報連相を関連づけたいためである。
ほうれん草がよく育つように畑を耕す。報連相がよく育つように「畑を耕す」に相当することは何かを探りたい。
きっかけとなるのは言葉である。
「耕す」を英語でいうと、「cultivate」という。cultivateはラテン語のcolereから来ている。このラテン語colereから派生したcultivateとは別の英単語がある。「culture」である。「耕す」ことと「カルチャー(文化)」は同語源の言葉である。ちなみに「農業」を英語でいうと「agriculture」である。
畑を耕すことは、文化といえる。文化という土壌で、報連相が育つと考えてみたい。
2017/03/31
ホウレンソウの育て方(まえがき)その②
「ホウレンソウ」と聞くと、何を思い浮かべるだろうか。
大半の人は、野菜の「ほうれん草」を思い浮かべるであろう。また、会社などでビジネスに関わる人ならば、「報告・連絡・相談」を略した「報連相」を思い浮かべる人もいるであろう。
「報告・連絡・相談」いわゆる「報連相」は、仕事でのコミュニケーションの基本とされている。現在は一人でする仕事はあまりない。会社に勤めたり、チームを組んだり、仲間で集まったりして仕事をしている人がほとんどであり、意思疎通や情報伝達などのコミュニケーションがない状態で仕事をすることは不可能に近い。
書店のビジネス書のコーナーに行けば、報連相を取り扱った本に巡り合うこともしばしばある。「報連相のコツ」や「上手な報連相のしかた」などのタイトルが目立つ。
報連相に関するすべての本の内容を読んでいるわけではないので一概には言えないかもしれないが、それらの本は報告、連絡、相談を「する側」から書かれていることが多いように思う。上手く報告するにはどのようなことを報告すればいいのか、連絡するツールや媒体は何を選べばいいのか、相談する時間をつくるにはどうすればいいのか、など、新社会人向けに報告・連絡・相談のノウハウを紹介する内容である。
報連相を「される側」から書かれたものは少ないように思う。
「報告がない」「連絡をしっかりしてくれ」「事前に相談すべきだろう」など、報連相が少ない、あるいは、もっと詳しい報連相がほしいと思っているのは「される側」の方である。「される側」の方に、報連相についての課題意識、問題意識がある。しかし、書籍などで取り扱われている報連相の大半は「する側」向けの内容であるのは不釣り合いな気がする。「報連相をしたい/もっと上手くなりたい」という人より、「報連相をしてほしい/もっと上手になってほしい」という人の方が多数であると思う。
これから複数に分けて書いていくことは、報連相を「してほしい側」の人向けの内容である。
そして、ひとつの試みでもある。「ほうれん草を育てるように、報連相を育てられないか」ということを考えてみたい。
幸いにも実家は兼業農家で、自家消費用ではあるけれども、ほうれん草を育てている。また、報告・連絡・相談を受ける側にとって共通する「聞く」ということについては、ここ数年仲間とともに修行をしてきている。そのため相談者にも事欠かない。
そして何より、「言葉あそび」が好きで、「ほうれん草の育て方」と「報連相の育て方」をこじつけてみることにワクワクする。
昨日に引き続き「まえがき」のようになってしまったが、そろそろはじめよう。
大半の人は、野菜の「ほうれん草」を思い浮かべるであろう。また、会社などでビジネスに関わる人ならば、「報告・連絡・相談」を略した「報連相」を思い浮かべる人もいるであろう。
「報告・連絡・相談」いわゆる「報連相」は、仕事でのコミュニケーションの基本とされている。現在は一人でする仕事はあまりない。会社に勤めたり、チームを組んだり、仲間で集まったりして仕事をしている人がほとんどであり、意思疎通や情報伝達などのコミュニケーションがない状態で仕事をすることは不可能に近い。
書店のビジネス書のコーナーに行けば、報連相を取り扱った本に巡り合うこともしばしばある。「報連相のコツ」や「上手な報連相のしかた」などのタイトルが目立つ。
報連相に関するすべての本の内容を読んでいるわけではないので一概には言えないかもしれないが、それらの本は報告、連絡、相談を「する側」から書かれていることが多いように思う。上手く報告するにはどのようなことを報告すればいいのか、連絡するツールや媒体は何を選べばいいのか、相談する時間をつくるにはどうすればいいのか、など、新社会人向けに報告・連絡・相談のノウハウを紹介する内容である。
報連相を「される側」から書かれたものは少ないように思う。
「報告がない」「連絡をしっかりしてくれ」「事前に相談すべきだろう」など、報連相が少ない、あるいは、もっと詳しい報連相がほしいと思っているのは「される側」の方である。「される側」の方に、報連相についての課題意識、問題意識がある。しかし、書籍などで取り扱われている報連相の大半は「する側」向けの内容であるのは不釣り合いな気がする。「報連相をしたい/もっと上手くなりたい」という人より、「報連相をしてほしい/もっと上手になってほしい」という人の方が多数であると思う。
これから複数に分けて書いていくことは、報連相を「してほしい側」の人向けの内容である。
そして、ひとつの試みでもある。「ほうれん草を育てるように、報連相を育てられないか」ということを考えてみたい。
幸いにも実家は兼業農家で、自家消費用ではあるけれども、ほうれん草を育てている。また、報告・連絡・相談を受ける側にとって共通する「聞く」ということについては、ここ数年仲間とともに修行をしてきている。そのため相談者にも事欠かない。
そして何より、「言葉あそび」が好きで、「ほうれん草の育て方」と「報連相の育て方」をこじつけてみることにワクワクする。
昨日に引き続き「まえがき」のようになってしまったが、そろそろはじめよう。
2017/03/30
ホウレンソウの育て方(まえがき)
以前、思いつきで、『営業畑でホウレンソウを育てるには』というタイトルの本があったら読んでみたいとfacebookに投稿した。
このタイトル自体は思いつきだが、なぜこのようなことを思いついたのかについては経緯がある。
月に1度、とある勉強会に参加している。その勉強会で、各参加者の仕事あるいは得意分野など、1人あたり30分から1時間ほどの発表をすることになった。
参加者それぞれの面識はあり、それぞれの仕事や活動の内容も知ってはいる。しかし、実際に仕事をしている様子などを見たことはない。そのため、プレゼンテーションでもセミナーでも講義でも何でもいいので、それぞれの仕事ぶり活動ぶりを発表してみようという趣旨である。
月に1人か2人、発表をしていく。事前準備が必要であるかもしれないので数ヶ月先までの順番を決めた。私は3月の会で発表することにした。
どんな発表をしようかと考えていたときに出てきたのが冒頭のタイトルである。最初は「ホウレンソウを育てるには」だったが、ビジネスシーンで大切にされるホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)と、野菜としてのほうれん草のイメージを強めるために「営業畑」という言葉を付け加えた。
先日の勉強会が発表の番であった。タイトルは『ホウレンソウの育て方』とした。営業畑の仕事はしたことがない(仕事はすべて営業だ、という考え方もあるけれど)。
内容は、セミナーや研修として開催できるものではなく、一冊の本として出せるものでもないが、小ネタやブログネタにはなりそうではある。発表も終わったことであるし、発表では言いそびれたことも加えつつ、まとめの意味も込めて少しずつ書いていきたいと思う。
このタイトル自体は思いつきだが、なぜこのようなことを思いついたのかについては経緯がある。
月に1度、とある勉強会に参加している。その勉強会で、各参加者の仕事あるいは得意分野など、1人あたり30分から1時間ほどの発表をすることになった。
参加者それぞれの面識はあり、それぞれの仕事や活動の内容も知ってはいる。しかし、実際に仕事をしている様子などを見たことはない。そのため、プレゼンテーションでもセミナーでも講義でも何でもいいので、それぞれの仕事ぶり活動ぶりを発表してみようという趣旨である。
月に1人か2人、発表をしていく。事前準備が必要であるかもしれないので数ヶ月先までの順番を決めた。私は3月の会で発表することにした。
どんな発表をしようかと考えていたときに出てきたのが冒頭のタイトルである。最初は「ホウレンソウを育てるには」だったが、ビジネスシーンで大切にされるホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)と、野菜としてのほうれん草のイメージを強めるために「営業畑」という言葉を付け加えた。
先日の勉強会が発表の番であった。タイトルは『ホウレンソウの育て方』とした。営業畑の仕事はしたことがない(仕事はすべて営業だ、という考え方もあるけれど)。
内容は、セミナーや研修として開催できるものではなく、一冊の本として出せるものでもないが、小ネタやブログネタにはなりそうではある。発表も終わったことであるし、発表では言いそびれたことも加えつつ、まとめの意味も込めて少しずつ書いていきたいと思う。
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