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2017/04/08

深海のミジンコ

「深海のミジンコ」というタイトルで小説を書きたいと思ったことがある。1~2年前になると思うが、まだ書けていない。

最近あまり聞かなくなったが、わもんの学びのなかで、直感のことをミジンコといっていた。なぜミジンコなのかはわからない。

直感のことをミジンコといった提唱者(?)であるやぶちゃんの話では、直感(ミジンコ)は水深数千mのところからものすごいスピードで上がってきて、水面に顔を出した途端にまた潜っていくので、瞬時につかまえなければ逃げられてしまうという。

ともかく、そんな話を聞いているときに思いついたのが、冒頭の「深海のミジンコ」というフレーズである。

その材料にならないだろうかと思い、ミジンコや深海に関する本をいくつか読んだ。そのひとつに『超ディープな深海生物学』という本がある。

読み進めるうち、目が止まった。息をのんで驚き、胸が高鳴った。

深海にミジンコがいた。

日本海溝の水深6,000m付近で奇妙な生物が見つかり、採集された。ツリガネボヤというホヤの一種であるらしい。正確な種名を調べるため、そのツリガネボヤを解剖したところ、体内からケンミジンコが採集されたということである。

この記述を見つけたあとでケンミジンコについて確認したところ、ミジンコという名でイメージする姿(ダフニア)とは違ってはいたが。


また別の日だが、WEBでミジンコを検索しているとおもしろい研究を見つけた。

「ミジンコは空を飛ぶか」というようなタイトルだったと思う。

ミジンコが鳥のように飛ぶのではなく、渡り鳥の水鳥にくっついて飛んでいく。DNA解析でミジンコの分布を調べるというような研究だった。


フレーズが浮かぶ。

「ミジンコは空も飛ぶし、深海にもいる。もしかすると、君の目の前にもいるかもしれない。ただ気づいていないだけなのかもしれない。直感も同じで気づいていないだけかもしれない。」


しかし、小説はまだ書けていない。


2013/10/17

わもんな言葉55-ミジンコ

やぶちゃんは、直感のことを「ミジンコ」と呼んでいます。

下の方から猛スピードで上がってくるミジンコ。

そのミジンコは、水面に上がるか上がらないかのうちに、また潜ってしまう。

猛スピードで上がってくるミジンコ(直感)を素早くキャッチして、それを行動に移す、という話。


直感を感じる感覚は人それぞれだそうで、やぶちゃんは下から上がってくる感じということですが、上から降ってくるという人もいるようです。


さて、自分はどうだろう、と思ったとき、浮かんできたものは…、

「ゲンゴロウ」でした(笑)


ゲンゴロウは翅の下に空気をためて水中を泳ぎます。

空気をためるためにときどきお尻を水面に出します。

その姿が浮かんできました。


本物のゲンゴロウを見たことはありません。

子どものころは昆虫採集などをすることがよくあり、ゲンゴロウもその対象としていましたが、捕まえられず…。

シマゲンゴロウはたくさんいたのですが…。


そう思うと、私は珍しいものが好きです。

あまり見かけないものだったり、思いがけない考え方だったり。

ゲンゴロウを思い浮かべたのは、そういった志向の現れなのかもしれません。

ミジンコよりは目につきやすく、それでいて珍しい。


実はミジンコはそこらじゅうに跳ねているのに目もくれず、空気を取り込むためにゲンゴロウが水面に顔(お尻)を出すのを探しているのかもしれません。


聞けば叶う〜わもん入門
聞けば叶う〜わもん入門

2012/08/14

わもんな言葉12-ミジンコ跳ねる

直感、閃き、第6感など。

偶然というか、必然というか。

無意識なものが意識上にのぼってくることを、いつの頃からか、わもん関係者のなかでは「ミジンコが跳ねる」という表現をしています。



そして、意識化・言語化することを「ミジンコを捕まえる」と。

無意識という心の湖で、ミジンコがぴょんと跳ねる。

跳ねたミジンコは何もなければそのまま無意識の湖へと戻ります。

そのミジンコを捕まえる。

広大な心の湖面で小さな小さなミジンコがぴょん。

跳んでいるのさえ気が付かないこともあります。


そのミジンコの捕まえ方はまだまだ修行する必要がありますが、まずはミジンコが跳ねていることに気付くことが重要です。

では、ミジンコが跳ねていることに気付くにはどうするか。

それには「完全沈黙」が関係しています。


実家に帰っていたときに読んでいた本は、ソローの『森の生活』。

『森の生活』は、ソローのウォールデン湖畔での自給自足の暮らしの記録です。

「湖」という章では、ウォールデン湖について、水の色や、風景や、そこに住む魚をはじめとする動植物について事細かに書かれています。

その「湖」の章からの一節。
丘の上からだと、どこで魚が跳ねてもたいていは目にはいる。カワカマスにしろシャイナーにしろ、このなめらかな水面に浮かぶ虫を一匹でも捕らえようとすれば、湖全体の平衡を大きくかき乱さずにはおかないからだ。……(中略)…… いや、四分の一マイルも離れたなめらかな水面を、ミズスマシ(Gyrinus)がたえず動きまわっているのさえ発見することができる。というのは、彼らは水面にかすかな溝を掘りながら進むので、二本の分岐線を境界とする、くっきりとしたさざ波が立つからである。

ウォールデン湖について、ソローは「鏡のような湖面」と表現している箇所もあります。

そのような波風立っていない湖面ならば、四分の一マイル(約400m)離れたところからでもミズスマシの動いているところが発見できるといいます。


心の湖面がぴたっと止まった静寂の中でミジンコが跳ねれば、その跳ねた小さな波紋、小さな音に気付くことができるのかもしれません。


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