2011/11/14

鏡になる

昨日、今日の心徒塾でのキーワードのひとつ「鏡になる」。

コーチングではよく「鏡になる」という表現が出てきます。

わもんでは「完全沈黙」ということばで表現します。


私たちは、誰かが話をしているのを聞くとき、自分自身の考えや思いも一緒に考えています。

「そこは賛成だ/反対だ」「私もそう思う」「それは違うんじゃないの」「こうすればいいのに」などなど。

頭の中ではいろいろなことを考えながら聞いています。


何かの本で、話すスピードと聞くスピードは違うということを読んだ記憶があります。

話すスピードはいくら早口でもたかがしれています。聞き取れないスピードで話す方は(おそらく)いません。

しかし、聞くスピードは、「速聴」などの手法もあるように、かなりのスピードで聞くことができます。

話すスピードと聞くスピードの違い、このギャップがあるため、いろいろなことを考えながら聞くことができるのです。


「完全沈黙」とは、自分の内から湧き上がる考えをわきに置いて聞くことです。

「完全沈黙」は水面に例えることができます。

自分の考えが出てきたときは、水面に波風が起こります。湖面が揺れます。

「完全沈黙」では、凪のようにピタッと止めるのです。


波風の立っていない水面は、話し手の姿を映しだします。鏡の状態です。

話し手は、そこに映る自分の姿を見ながら話すことで、客観的な視点を手に入れることができます。


朝起きて出かける前、鏡を見てから出かけることが多いでしょう。

寝癖はついていないか、化粧ののりはいいか、これから出かけるときにふさわしい格好か、など。

その鏡が凸凹だったらどうでしょう。

おそらくそれはもはや鏡ではありません。


波風の立った水面も、凸凹の鏡のようなもの。光は乱反射し、水面に自分の姿が映ることはありません。


「相手が本音を話してくれない」「言いたいことがあったら言ってくれればいいのに」

ひょっとすると、鏡が凸凹なので見ようとしていないのかもしれません。

わもんでいう「聞き手未熟」の状態です。


しかし、完全沈黙は、ムズカしい…。

ムズカしいからこそ、挑戦のし甲斐もあります。