2012/12/07

為政第二・12「子曰、君子不器」

久々の「論語」です。

書くたびに「久々の…」がついているような気がします(^-^;)

君子は器ならず

短い言葉だけに、いろいろと解釈できそうです。


加地伸行さんの『論語』(講談社学術文庫)の訳は、
教養人は一技・一芸の人ではない。〔大局を見ることのできる者である。〕
また、注として、
器物を「特殊の用に役立つのみ」とせず、技術的・実用的・日常的なこととし、君子はもっと精神的・内面的であれとする解釈がある。
とのこと。

齋藤孝さんの『現代語訳 論語』では、
君子は、何かを入れる器ものでない。(そんな固まったものではなく、もっと自在な存在だ。)

『漢字源』の「器」の項を見ると、用例として「君子不器」を挙げた上で、
こまごました実用にだけ役立つもの。
とありました。


この為政篇とは異なる公冶長篇にも「器」がでてきます。
子貢問いて曰く、賜や何如、と。
子曰く、女(なんじ)は器なり、と。
曰く、何の器ぞや、と。
曰く、瑚璉なり、と。
子貢が孔子に「私はどうでしょうか?」と問います。

すると孔子は「お前は器だ」と。


私の中では、「器」というのは「肩書き」とか「役割」のようなイメージです。

論語の中で似た言葉を探すと、「位(くらい)」です。

別の言葉でいうと「外見」。


というわけで、私は、加地伸行さんの『論語』(講談社学術文庫)の注にある解釈を取りたいと思います。

感覚だけで選んでいるので、この解釈が正しいのかどうかはわかりません。



日本語で読みたい『論語』と言える。『論語』を通読するには一番適していると思う。

ブログ アーカイブ