2017/03/03

考えるという行為

いつも、いろいろと考えている。

真面目に考えていることもあれば、不真面目に考えていることもある。

真剣に考えていることもあれば、どうでもいいことも考えていることもある。

「考えていたけれどもできなかった」

「考えてはいるけれども…」

「考えている」

どれも、自分にとっては「考える」ということをしている。

しかし、他の人から見れば、それはわからない。見ただけでは何か考えているのか、何も考えていないのか、わからない。

自分以外の他の人に「考えている/考えていた」ことを示すためには、「考えている/考えていた」ことを表現するしかない。

それは考えたことを話すことかもしれない。絵を描くことかもしれない。行動することかもしれない。

私は「書く」ということを選んだ。

もちろん書くことだけが、考えを表現する手段というわけではない。

また、書いていることは、考えた結果かもしれないし、まだ結論が出ず途中のものかもしれない。

意味のあることかもしれないし、意味のないことかもしれない。

「言葉とか、理論というのは、基本的に他人への伝達手段だからね。言葉で思考していると錯覚するのは、個人の中の複数の人格が、情報や意見を交換し、議論しているような状態か、もしくは、明日の自分のために言葉で思考しておく場合だね」
「明日の自分のために?」
「ああ、簡単にいえば、忘れないためだよ。言葉で思考しておけば、思考の本質にまあまあ近い概念が、言葉として記憶される。言葉というのはデジタル信号だから、時間経過による劣化が比較的少ない。もともと、伝達するために生まれた効率的手段であって、まあ、つまりそれが記号だ」
森博嗣『今はもうない』

2017/03/02

スイッチ・バック


所用があり、大分県の中津に向かった。新幹線で西へ行き小倉駅で降り、日豊本線に乗り換える。ホームで特急ソニックを待った。

列車が到着し、車内へ入ると、「あれっ?」と思った。

ホームに向かって右方向から列車が来たので、左方向に向かうと思っていた。しかし、座席はすべて右方向を前にしている。思っていたのと前後が逆である。座席の下には、回転させることができるペダルがついており、座席が固定されているわけではなさそうだ。他の乗客は平然としている。博多行きのソニック号に間違えて乗ってしまったかとも思い、出入り口の電光掲示板を確認したが、間違えてはいない。この電車で大丈夫だと自分に言い聞かせ、席に座った。

列車が動き出した。前を向いて座っていた。

「スイッチ・バック」という言葉が浮かんだが、「少し違うな」と思い直した。こういう進行方向が変わることを何というのだろうか。

スイッチ・バックという言葉を知ったのは、森博嗣さんの『今はもうない』を読んだときである。森さんの小説には大抵英語のタイトルも併記されている。『今はもうない』の英語のタイトルが『SWITCH BACK』であった。

スイッチ・バックとは「困難な登坂を克服するために、一度、水平に後退してから上り直すやり方」である(『今はもうない』より)。小倉駅で進行方向が変わったが、坂道を上るためではないため、スイッチ・バックとは言えないだろう。

そんなことを考えていると中津に着いた。19時ごろである。

中津での用事を終え、そのまま中津で1泊。翌日は岡山で所用があり、中津から小倉へ向かい、小倉駅で新幹線に乗り換えた。前日とは逆を辿ったことになる。

新幹線のホームに着いてから「しまった!」と思った。

降りたソニック号の発車まで見ていれば、乗客が座席を一斉に回転させているところを見ることができたかもしれない。今回は下り列車でなく、上り列車である。上り列車だからといってスイッチ・バックではないが、ブログのネタになるかもしれなかったのに。

そんなことを考えていると岡山に着いた。午前10時過ぎである。

岡山での用事を終え、名古屋へ向かう新幹線の中で、中津で撮影したマンホールの写真をfacebookに投稿した。大分の友人より「大分?」とのコメントが入る。

大分にいたが、今はもういない。中津へ行って1泊してすぐに帰った。観光はしていない。

また「スイッチ・バック」という言葉が浮かんだが、「これは違う」と思い直した。

行ってすぐに帰ることは知っている。「トンボ返り」である。

2017/03/01

名前に思いを乗せる


縁あって、岐阜県大垣市にある現代設計事務所さんと親しくさせていただいている。写真は昨年(2016年)できた看板で「芝生マン」と呼ばれている。愛嬌があり親しみやすく、つい触りたくなる。会社自体も、真面目ではあるが、遊び心もしっかりと持っていて、楽しみながら仕事をしている。センスがいい。近年は設計だけではなく、住宅のリフォームや古民家の再生なども手がけている。

先日伺ったとき、社長から社名の由来を聞いた。「現代設計事務所」という名前をつけた理由である。

社長は約30年前、務めていた名古屋市にある会社を辞めて、出身地である大垣市で独立した。現代設計事務所の設立は1988年11月である。名前をつけるにあたり、まず考えたことは「自分の名前をつけたくなかった」ということであった。「○○設計事務所」のように代表者の名字を入れた社名はよく見るが、独立した当時には顧客はおらず、自分の名前で顧客が来るとは思わなかったらしい。そして他の設計事務所の名前を見ると、名字がついているもの以外では、「未来」や「カオス」などがあった。なぜか「現代」がない。そこで「現代設計事務所」と名づけたということであった。

名前をつけるという行為はいたるところにある。産まれた子供に名前をつける、ペットに名前をつける、愛着のあるものに名前をつける。プロジェクトにも名前をつけるし、コンセプトやキャッチフレーズも名前をいえば名前だろう。そしてそこには名づけた人の思いがある。

子供の名前がわかりやすいだろう。産まれる前からどのような名前にしようか考える。どのような子に育ってほしいか、声に出したときの響きはどうか、運勢のいい画数にしたいなど、様々なことを考える。名づけ親の思い、価値観が込められる。そして名前を呼ぶたび、呼ばれるたびに、その思いに触れる。思いを乗せる。

言霊といわれるものはこのようなものだと思っている。

現代設計事務所の社名も同じである。まだ説明しきれていない思いもあると思う。説明できない思いもあると思う。社長だけでなく、社員やこれまでかかわってきた人たちすべての思いも乗っている。「現代」も「設計」も「事務所」も固有名詞ではない。それぞれの言葉の言霊もある。経営理念は「縁を育む」。これらの名前、言葉の思いも乗っている。

私は現代設計事務所という社名に「現代というこの時代を設計していく会社」という思いを勝手に持っている。いま現在だけでなく、これまでもこれからも含めた現代という時代を設計していく会社という意味である。現代設計事務所にその思いを乗せる。

2017/02/28

引用

大学の授業で、サラ・パレツキーの『ガーディアン・エンジェル』を読んだ。原書である。教授も外国人教授で、授業も英語。試験としてのレポート提出も英語であった。

レポート提出後、教授はひとりひとりに対してコメントを言った。私のレポートについては「引用が多い」ということだった。

レポートの課題は、何でもいいので気づいたことを書けといった内容であったと思う。読書感想文ではいけないだろうことはわかったが、何でもいいといわれると、これも書きにくい。ましてや、すべて英語で書かなければならないとなると余計に書きにくい。

結局、『ガーディアン・エンジェル』の章題には、聖書の文句を基につけられているものが多いということに気づき、そんなことを書いた。聖書からの引用をふんだんに利用して。もちろん、文字数を稼ぐためである。

引用とは、自分の論を説明・証明するために他の文章や事例を引くことである。

私の書いたレポートで言いたかったことは「章題は聖書の文句を基につけられているものが多い」というだけで、その事例を延々と書き連ねた。レポート全体の3分の2くらいが引用部分だったと思う。一言でいえば、単なる事例集だ。聖書の抜き書きともいえ、引用部分がメインになっていた。

引用は、自分の意見なり何なりが軸にあり、それを補強説明するためにある。自分の論がメインで、引用はサブである。

WEB上では、引用なのか転載なのかわからないものも多い。無断転載で問題となることもある。引用ばかりだが上手く編集・構成されているものもある。

ガーディアン・エンジェルは、直訳すると守護天使である。いつもそばで見守ってくれる天使だろう。

ブログを書いていると、ときどき耳元で囁かれる。「引用が多い」と。

2017/02/27

継続は力なり

ここ数日、毎日ブログ投稿をしている。と自分自身でも半信半疑だったのだが、ひとまず1週間は続き、三日坊主はクリアできた。

今までは、別に毎日書かなくともいいと思っていた。思いついたときに思いついたよう書いて投稿していた。

それが、毎日書いてみよう、と変わったのは、池上彰さんと竹内政明さんの『書く力』を読んだからだ。

池上彰さんは、テレビのコメンテーターとして活躍されているようで、たくさんの著書を書店でも見かけるので名前は知っていた。ニュースなどの説明、解説がわかりやすいといわれている。一方、竹内政明さんのことは知らなかった。読売新聞のコラム「編集手帳」を2001年から担当している方で、池上さんによれば「読売新聞の一面を下から読ませる男」だという。

このブログは基本的にテーマを決めていない。書きたいように書いている。書きたいときに書いていた。1日に数回投稿したり、何ヶ月も放置していたりしていた。自分が思ったこと考えたことを書いていた。深くは考えていない。政治経済には疎く、社会的に大きな問題は取り扱っていない。かといって日記にはしたくない。

定期的にこのブログを読んでいる人は少ないにしろ、果たしてこのような文章を読みたい人がいるのだろうか、という思いがいつもあり、下書きのまま放置しているものもある。途中で投げ出しているものもある。

『書く力』は池上さんと竹内さんの対談で、「文章がどんどん書きたくなる」という帯がついていた。

読んでいくと、たしかに何か書きたくなった。自分にとって一番有効だと思ったのは、「小さな話から入って大きな話につなげる」ということである。身近な話は魅力的である、ということにも安心した。

池上さんや竹内さんほどの知識や文章力はない。深く考えてもいない。

それでも例示されていた「編集手帳」のような文章を書いてみたい。そう思った。

仕事で毎日コラムを書いていると、「ぜひ、これを書きたい」と思うような日は、一年のうち20日もあれば多いくらいです。「どうしても書きたいこと」なんてものは、そうそうはない。けれども、編集手帳を空欄にして新聞を出すわけにはいかない。締め切りの時刻は迫ってくる。起承転結なんて知ったことか。きのう見た映画でも、今日のお天気でも、とにかく肌で、目で、耳で、自分がわかっていることを書くしかないですよね。
『書く力』のなかで、竹内さんがこのように述べていた。

書きたいように書いていこう。毎日投稿しよう。書きたいことがたくさんあっても1日1回の投稿にして、ネタ切れの際のストックとしておこう。『書く力』を読み進めていくと、自分にとって少し頑張ればできる範囲のルールを作りはじめていた。

いつまで続くことやらまだ半信半疑ではある。信じるためには続けるしかない。

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