2020/03/05

万城目学『悟浄出立』

万城目学さんの作品は読んだことがなかったが、本のタイトルに惹かれて『悟浄出立』を読んだ。中島敦(作品として「山月記」が有名)に「わが西遊記」と銘打たれた「悟浄出世」「悟浄歎異」という短編があり、『悟浄出立』はこれらを意識して書かれているのではと興味を持った。

文庫版の『悟浄出立』には「序」と「著者解題」がついている。2014年の単行本刊行の際には載っていなかったようだ。本のタイトルに惹かれ、「序」を軽く立ち読みすると、「悟浄出立」を書いたきっかけがあった。現代文のテストで出題された文章がおもしろかったこと、のちにそれが中島敦の「悟浄歎異」であると知ったこと、読み切り短編を書くにあたり「永遠に読めないあの話の続きを、自分で書いてみたら?」とふと思いついたこと、など。

私も中島敦の短編集を読み、「悟浄出世」「悟浄歎異」を読んだとき、中島敦が「わが西遊記」を完成させていたとしたらどんな本になっていただろうかと想像した。とはいっても、中島敦の作品を深く読んでいるわけでもなく、ストーリーなど具体的にはまったく想像できず、きっとおもしろい作品になっていただろうなという程度のことであった。

万城目さんは実行した。
「悟浄歎異」のラスト付近で、沙悟浄が、今の自分は悟空からまだ多くを学ばねばならぬ、猪八戒を知るのはその次だ、と述懐するシーンがある。沙悟浄が悟空と三蔵法師を考察する話は、中島敦がすでに書いた。自然、私が書くべきは「沙悟浄が猪八戒を考察する話」に決まった。
「そんな述懐シーン、あったっけ!?」というのが私の正直な感想である。しっかりとは読めていないことを(あらためて)認識した。

『悟浄出立』は、「悟浄出立」「趙雲西航」「虞姫寂静」「法家孤憤」「父司馬遷」の5編が所収された短編集で、文庫化にあたり、著者による「序」と「著者解題」が収められている。このうち『西遊記』を題材にした短編は表題作である「悟浄出立」のみであったが、他4編の短編も中国古典を題材にしておりおもしろく読めた。

それぞれの短編について簡単に触れておく。

「悟浄出立」
『西遊記』を題材に書かれたもの。『西遊記』は、三蔵法師が孫悟空、猪八戒、沙悟浄とともに仏典を求めて天竺を目指していく話で有名である。『西遊記』については、小学生のときに読んだきりである(もちろん子ども向けに編集されたもので原典ではない)。中島敦が『西遊記』を題材に「悟浄出世」「悟浄歎異」という短編を書いているが、タイトルからもわかるように、沙悟浄が主人公である。万城目さんの「悟浄出立」もそれを踏襲し、沙悟浄の一人称視点で書かれている。内容は先に「序」から引用した部分にも書いてあるように、沙悟浄が猪八戒を考察する話。

「趙雲西航」
『三国志』が題材。三国志といえば、劉備、関羽、張飛、孔明など有名どころが多数いる。趙雲も有名であるが、性格や特徴などはあまりはっきりとはしていない(もちろん私の読みが浅い可能性が高い)。その趙雲視点で書かれた短編。

「虞姫寂静」
高校の漢文の授業で「四面楚歌」の故事を読んだ。『史記』の一場面。「項羽と劉邦」での一場面といったほうが通りがいいかもしれない。項羽の側にいる虞という女性の視点で描かれている。個人的には『悟浄出立』のなかではこの短編が一番好きな短編。

「法家孤憤」
こちらも原典は『史記』。「刺客列伝」に出てくる荊軻のことを、同じ発音ではあるが漢字が異なる京科という名前の男の視点から書く。『史記』は読んだことがないが、荊軻についてはどこかで読んだ記憶がある。タイトルの「法家」は諸子百家の法家。法により国を治めようという考え方。韓非子が有名。

「父司馬遷」
『史記』を書いた司馬遷の逸話が題材。中島敦の短編「李陵」でも取り扱われている。李陵を擁護した罪で司馬遷は腐刑(男性器を切り取る刑)にあう。その後の様子を司馬遷の娘、栄の視点で描いた短編。栄が実在の人物であるかどうかは知らない。栄の次の科白が力強い。
「いつまで、愚図愚図めそめそしたフリを続けるつもりなんですか? 何が天道か、見失ってしまった? 何、情けないことを言っているのですか。どうしてそんな簡単なことがわからないの? 書くことじゃない。書くこと、それだけが司馬遷――、あなたが命を捧げるべき相手、従うべき天道じゃないッ」

『悟浄出立』に収められている5編について、万城目さんは「序」で「沙悟浄と同じく、主役の周囲にいる人物を中央に置き、その視点でもって主役を観察し、ひるがえって自己を掘り下げる、という心の動きを描いた。」と書いている。私は、読書、特に小説を読むことは、自分とは別の誰かを観察し、ひるがえって自己を掘り下げることが肝心だと思っている。そういう読み方をしたいと思っている。


【書誌情報】
万城目学『悟浄出立』
2014年(平成26年)7月 新潮社
2017年(平成29年)1月 新潮文庫

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