「素数」とは、1と自分自身以外に約数を持たない、1でない自然数のことです。
例えば、5の約数は、1と5なので素数。
6の約数は、1と2と3と6なので素数ではありません。
素数ではない自然数を「合成数」といいます(1は除く)。
ちなみに、今回のわもんな言葉「61」も素数です。
「素数」という言葉が、わもんで頻繁に使われているわけではありません。
ただ、先日の「黒帯だけのわもん入門塾」で話を聞いて、面白いなと思ったので書いてみます。
もともとは紳士服で有名なAOKIの創業者、青木擴憲さんの著書(おそらく『何があっても、だから良かった 人間を磨き、格を高める経営』)から得た言葉とのこと。
申し訳ありません。
未読です。
人に何か教えたり、指示を出したりするときの例えで、「素数で伝える」という言葉があったそうです。
よりわかりやすく、これ以上は割り切れない最小限の言葉で伝えるという意味だと思います。
より具体的に、イメージしやすいように。
「12」を素因数分解すると、「2×2×3」です。
やってほしいことを素因数分解をして丁寧に伝えていくという意味です。
さて、ここから私のイメージが飛躍します。
素数でも分解自体は可能です。
例えば「3」という数は素数ですが、「1+2」のように和の形には分解できます。
積の形でも、「2×1.5」のような分解も可能です。
分解のやり方次第では、幾通りもの分解が可能。
しかし、「素因数分解」というやり方での分解は1通りだけです(素因数分解の一意性)。
「素数で伝える」というのは、指示や説明を素因数分解のように一意に決める伝達方法だと考えます。
すると、そこには「素数」にあたるものがあるのではないか。
私はそれが「言葉」、その中の「基本レベルの言葉」だと思っています。
言葉の中には、合成数にあたるようなものもふくまれています。
小数や分数もあると思います。
それらを素数で表わす表現があると思います。
一方で、素数で表わす表現よりも、ひとつの数としてわかりやすいときもあります。
「12」を「2×2×3」というよりも、そのまま「12」と伝えたほうがいい場合も多々あります。
大切なのは、素因数分解できることとともに、逆に素因数分解の形からもとに戻せることができることではないかと思っています。
「わもん入門塾」の講師の立場から言うと、「わもん」を素因数分解して、「わもん」とは○○だという説明ができると同時に、○○というのをひとまとめにすると「わもん」と呼ぶ、と言えることが大切だと思うのです。
ちなみにこのブログ記事は、もう少し素因数分解ができるのではないかと思います。。。
何があっても、だから良かった 人間を磨き、格を高める経営
聞けば叶う〜わもん入門
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