以前に「言葉は『葉っぱ』である」ということを書きました(「わもんな言葉8-わもん聴覚」参照)。
言いたいことの「葉」が「言葉」であると。
そして、「根」や「幹」はないのかな、とも。
そこで少し「根」について考えてみました。
「根がやさしい人」など、「根」には「植物の根」という意味の他に、「生まれつきの性質」という意味があります。
「ネクラ(根暗)」という言葉もあります。
「根」には「原因」というような意味もありますが、人に対するメタファーとしては性質、性格、本質的な意味が見られます。
「根性」という言葉もありますね。
「根」が生まれつきの性質で、「葉」が言葉。
何となくつながってきました。
では、「根」を見る(知る)には、どうするのか。
ひとつには「目は口ほどにものを言う」という言葉。
「目」を同じ音である「芽」と捉えると面白いかもしれません。
またもうひとつには、「根」を「音」と置き換えてみても面白いかもしれません。
言葉は葉っぱかもしれませんが、本心から出た言葉は「本音」といいます。
本心が「音」で表現されている。
「根」が「音」として表現されていると考えると、「わもん」で「音を聞く」という意味が更に深くなった気がします。
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