2017/08/09
幻想的な風景
保育園か小学校低学年のころ初めて飛行機に乗った。福岡から松山への飛行機だと思っていたが、大人になってから親に聞くと、名古屋から松山ではないかという。曖昧な記憶である。
飛行機にはあまり乗ったことはない。大学を卒業するまでに飛行機に乗ったのは、冒頭のたった1度きりである。子供のころに飛行機に1度だけ乗ったことがあるという記憶と、そのときに見た景色の記憶だけが残っている。
その景色の記憶も曖昧である。曖昧ではあるが、はっきりともしている。
自分の記憶を信じきることができていないだけだ。
記憶に残っている景色というのは、飛行機の窓から見た景色で、空から地上を見下ろした風景である。
そこで見たのは、日本地図だった。地図で見た日本の地形が地上にあった。「日本地図で描かれている日本と同じ形をしているなあ、すごいなあ」としばらく見入っていた。
しかし大人になってから、2度目飛行機に乗ったとき、記憶があやしくなった。2度目に乗ったのは東京・大阪間の飛行機だったのだが、眼下に見下ろす景色は海と陸は見えるものの、日本全体は見えなかった。子供のころに乗ったときは、日本全体が見えたのに。
よくよく思えば、飛行機が空高く飛んでいても、日本全体が見えることはないと思う。国際便だとありえるかもしれないが、乗ったのは福岡・松山間、もしくは名古屋・松山間で、日本全土が見える高さまで高く上がるとは思えない。東京・大阪間でも日本全体は見えなかった。
おそらくは誤って記憶した風景なのだろうとは思う。飛行機に乗って空から地上を見下ろしたという経験と、上空から日本全体を描いた地図が合わさった記憶なのだと思う。
しかし、子供のときの視野は日本全体が見渡せるほど広かったのだ、という考えも捨てきれてはいない。
飛行機に乗るとき、とくに窓際の席になったときは、必ず窓から外を眺める。
もう1度、日本地図が見えないかと確認する。
夕方発の飛行機。厚い雲の向こうに夕日が沈みゆくのが見えた。そして雲の隙間から地上を見ると夜景が広がっていた。日本全体は見えない。
ただ、空の方が、日本より遥かに広いということを実感した。