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2012/03/29

為政第二・3「子曰、道之以政、~」

いつまで続くかわかりませんが、『論語』についての記事を書くペースを上げていきます。

本日は、為政篇の3つ目。
子曰く、之を道くに政を以てし、之を斉うるに刑を以てすれば、民免れて恥無し。之を道くに徳を以てし、之を斉うるに礼を以てすれば、恥有りて且つ格し。

大まかな意味としては、「法制や刑罰のみで民衆を導いたりまとめたりしようとすると、民衆は規制されていなければ恥じることはない。しかし、徳や礼で導いたりまとめたりすると、己の身を恥じ正しくなる」ということです。


例えていえば、ここでいう「政」や「刑」は権限のようなもの。

ここから先はやってはいけない、でもここまではやってもいい、という境界線みたいなものです。

「政」や「刑」のみだと、やってはいけないことをやらなければ大丈夫、となってしまう可能性があります。


一方、「徳」や「礼」は理念や指針のようなもの。

このようにやっていこうという中心線のようなものです。

「徳」や「礼」があることで、そこから外れてしまった、という意識が芽生える。


私は電話窓口でスーパーバイザーの仕事をしていますが、オペレーターからたまに「ここまではやっていいという基準を明確にしてほしい」と言われることがあります。

しかしそれは「政」や「刑」を設けること。

「徳」や「礼」で以て説明していきたいところです。


2012/03/27

為政第二・1「子曰、為政以徳。~」

細々と読み続けている『論語』です。

ブログに書くのは、更に頻度が少なくなっています…。

このブログでは、やっと「為政篇」に入っていきます。

子曰く、政を為すは徳を以てす。譬うれば北辰の其の所に居りて衆星之と共にするが如し。

政(まつりごと)をするのは、「徳」を以てする。

例えるならば、「北辰の其の所に居りて衆星之と共にする」ようなものだ、と。


「徳」でもって政治をする。

言いたいことは、何となくわかります。


しかし、私には、その後の例えとのつながりが今ひとつわかりにくい…。

加地伸行さんの『論語』(講談社学術文庫)での現代語訳は、
為政者は民衆の模範となる有徳者でなくてはならない。〔そうであれば、その徳を慕って人々が集まってくる。〕比喩的に言えば、北辰がその位置に定まり、その他の星がそれを尊びつつ共に動くように。
というもの。

また、斉藤孝さんの『現代語訳 論語』(ちくま新書)では、
政治をするのに〈徳〉(人徳・道徳)があれば、不動の北極星をまわりの星がとりまいてあいさつするように、人々の心はその徳のある為政者にしたがうものだ。
との訳。

北辰(≒北極星)のまわりを星が周っているということは理解できるのですが、「尊びつつ共に動く」「とりまいてあいさつするように」という意味がどこから来たのか?

もちろん、このような言葉があった方が、「政を為すは徳を以てす」の例えとしてわかりやすくはあります。

また、孔子の時代には、北辰のまわりをその他の星がまわっているのは、北辰を尊敬しているためだという解釈をしていたということもあるかもしれません。

「北辰」の意味として、
《北極星が多くの星の中心であるところから》皇居。また、天子。
という意味もあるようですし(goo辞書「北辰」の項)。


ちょっと視点を変えて、「政を為すは徳を以てす」とその例えの要素を対照させてみましょう。

「北辰」は「為政者」、「衆星」は「民衆」ですね。

為政者を中心として民衆が動く。

そのために「徳」を以て。


ということは、「徳」というものは、天の運行でもある、ということがいえるかもしれません。


この一節だけではまだわかりませんが、孔子のいう「徳」がどのようなものか、「徳」をどうとらえているのか、を読み解かなければなりませんね…。


日本語で読みたい『論語』と言える。『論語』を通読するには一番適していると思う。

2011/02/17

学而第一・9「曾子曰、慎終追遠、~」

曾子曰く、終わりを慎み遠きを追えば、民の徳厚きに帰す。

この文の解釈は2つに分かれているようです(というか、2つの訳しか見ておらず、その2つが違っています)。

斉藤孝『現代語訳 論語』での訳を引用すると、
「人の上に立つ者が、親をしっかりと弔い、祖先を供養するなら、民の徳も感化されて向上するだろう。」
加地伸行『論語』での訳を引用すると、
「人々が父母の喪においても、祖先の祭祀においても、まごころを尽くすのであれば、その道徳心はすぐれたものになる。」
と、「慎終追遠」の主語が「上に立つ者」なのか「人々」なのか、の解釈の違いです。

加地伸行『論語』では、
一般に、「慎・追」の主語を世の指導者とし、模範的行動とするが、喪礼等は社会的儀礼としてすでに存在していた。この章の主張したいことは、形式ではなくて内容(まごころ)にあるので、主語を民としたほうが一貫している。
と述べています。「この章」というのは、「学而第一」の章を指します。(斉藤訳は注釈本の類ではないため、なぜこのような解釈としたかについては記載がありません。)

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