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2011/01/25

学而第一・4「曾子曰、吾日三省吾身。~」

曾子曰く、吾日に吾が身を三省す。
人の為に謀りて忠ならざるか、
朋友と交わりて信ならざるか、
習わざるを伝えしか、と。
論語の中でも比較的有名な文ですね。

さて、わが身を三省すの「三」は、「忠ならざるか」「信ならざるか」「習わざるを伝えしか」の3つとも取れますが、「多くの」という意味にも取れます(加地伸行『論語』の注にも有り)。

「3」は複数を表わすときがあるのです。

2011/01/18

学而第一・1「子曰、学而時習之。~」

さて、早速ですが、『論語』冒頭の文の感想(?)です。
子曰く、学びて時に之を習う。亦説ばしからずや。
朋遠方自り来たる有り。亦楽しからずや。
人知らずして慍らず。亦君子ならずや。
中学か、高校の授業で習った漢文のひとつです。

孔子曰く「~~」と。私の中の漢文のイメージは「子曰く、~」です(^-^;)

で、孔子の言葉として、3つ挙げられています。「学び続け、復習する。うれしいことだ。」「友人が遠くから訪ねてきてくれる。楽しいことだ。」「人の見る目がないとしても怒らない。なんとも君子ではないか。」(訳は自己流です…。)

ここで思ったことは、数点あります。箇条書きにすると、
  • 「学ぶ」と「習う」の違いは何だろうか?
  • この言葉が冒頭に来た理由は何だろうか?
  • 「うれしい」「楽しい」の後に、「君子ではないか」との言葉の理由は何だろうか?
といった小さな疑問点を思い浮かべました。まあ、くだらない疑問かもしれません(^-^;)
あっ、念のため、答えは出ませんのであしからず。

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