2016/11/03

言葉という言葉

「言葉」という言葉が好きだ。

「葉」という漢字からの連想なのか、何となく軽くやわらかく、そして生きている感じがする。日本語だから当たり前のことかもしれないが、日本的な言葉だとも思う。

web上の和英辞典で「言葉」を引いてみると、「speech」「word」「language」の3語が載っていた。しかし私にとっては、どれも「言葉」という言葉にしっくりとくる単語ではない。

「speech」は「speak」とも関係があり、「話」や「発言」という意味が強い。口から発せられた音声としての言葉が意味の中心である。「言葉」には音声も文字も含まれているだろうが、「speech」は話し言葉に限定される気がする。

また「word」は、「単語」もしくは「語」という文字がふさわしく思う。「話す」というのが原義だと手元の英和辞典には書いてあった。私は英語話者ではないので微妙なニュアンスはわからないが「word」はきっちりかっちりとしたイメージがある。英語の文章を書くと単語と単語の間にスペースを入れて書くことになるが、スペースとスペースの間のまとまったものが「word」であり、「words」のように複数形となるように、数えられるものである。日本語では複数の意味を明示的に表現しないせいもあるが、「言葉」は「word」や「単語」のようには数えられない。

「language」は「言語」である。日本語ならば日本語全体あるいは日本語体系という意味合いがあるように思う。

いずれにせよ、先にも書いたが、英語話者ではないので微妙なニュアンスはわからない。また、日本語の単語と英語の単語で一対一に対応していなければならないという理由もない。ソシュールを持ち出す必要もないが、言語は恣意的なものである。

ただ「ことば」の漢字に「葉」を当てたところがいい。

英語では「話す」や「語る」など、人間の活動としての側面が強く感じられる。日本語でも「話」「語」「言語」「言」など似たような言葉はある。しかし「言葉」という言葉は人間の活動とは少し切り離されたところにあるような気がする。

これもweb上で「言葉」の語源を調べてみると、「言(こと)」+「端(は)」の複合語だという。古くは「言語」を表す語は「言(こと)」が一般的であったが、「言(こと)」は「事(こと)」と同じ意味があり、「言(こと)」は事実にもなり得る重い意味を持つようになったため、軽い意味を持たせようと「端(は)」をつけて「ことば」となったと考えられると書いてあった。(語源由来辞典「言葉」

「事(こと)」の実が「事実」で、「言(こと)」の葉が「言葉」。

同じく語源由来辞典には、「言葉」が残った理由として、『古今和歌集』仮名序の「やまとうたは ひとのこころをたねとして よろづのことの葉とぞなりける」でうまく表現されているとおり、「葉」はたくさんの意味で豊かさを表すためと考えられるとあった。

人間活動というよりは、植物にたとえて表現している。

心を種とし、言の葉が茂り、事の実ができる。

ひょっとすると、「音(ね)」は「根(ね)」かもしれない。心の種から「本音」が出てくる。

またひょっとすると「気(き)」は「木(き)」かもしれない。「気配り」は「木配り」。宮本武蔵も『五輪書』で大工にたとえて書いている。

「言葉」という言葉には、何となく軽くやわらかく、そして生きている感じがする。イメージが育っていく。枯れることもあるかもしれない。

話のタネとして書いてみた。

2016/08/01

コペルニクス的転回

コペルニクス式超スーパー理論「地動説」!

超、怪しいですね(^-^;)



ここまで怪しいとは思われなかったと思いますが、コペルニクスが「地動説」を唱えた当時の人々も「何を言っているんだ?」と思ったかもしれません。


16世紀当時は「地動説」ではなく「天動説」が優勢でした。

「天動説」は、太陽や星などの天体が地球を中心として回っているという説で「地球中心説」ともいいます。

一方、「地動説」は「太陽中心説」で、太陽の周りを地球が回っているという説です。


天動説優勢の中、コペルニクスは地動説を唱えます。

地動説自体はコペルニクスの独創ではなく古来からあった考え方だったらしく、コペルニクスが再発見したといってもいいでしょう。


ドイツの哲学者カントは、自らの哲学を「コペルニクス的転回」と評しました。


そこから派生して、物事の見方がガラリと変わるようなことを「コペルニクス的転回」と呼ぶようになっています。


コペルニクスやカントのように、科学や哲学の根本的な考え方をガラリと変えることは、めったにないかもしれません。

しかし、視点や考え方を変えることで、同じ事実を見ていても異なる捉え方が可能になります。


解決できない課題や問題をかかえたときは、その前提となる知識や常識を変えてみると、何か新しい発見につながるかもしれません。

2016/01/30

大きなひとりごと01「はじめたきっかけ」

新しくはじめた試みです。

「さのともの大きなひとりごと」

第1回目は「はじめたきっかけ」です。

2015/04/06

道草

子どもの頃、よく道草を食っていた。

お気に入りは、「イタンポ」と呼んでいた草だ。

茎を折ると、ポキッと気持ちのいい音がする。

茎の表面の皮は固いので皮をはいで食べる。

少し酸味があり、量は多く食べられない。

家に持ち帰って、塩をつけて食べることもあった。


なぜか「イタンポ」のことを思い出した。

たぶん「イタンポ」は田舎の地域での呼び方だろうと思い、標準的な名前は何だろうかとWEBで検索した。

イタドリ」というらしい。

名前は聞いたことがある。


大きくなるうちに、道草を食うことはなくなった。

代わりに行動範囲が広がったせいか、寄り道をすることが多くなった。

2015/03/04

まだ読んでいない本の紹介

本日、買った本です。

我ながら、ジャンルがバラバラです(笑)




事前に内容を知っていて読みたいと思う本は、だいたいamazon等、WEBで注文するのですが、よく本屋さんには足を運びます。

そこでは、どんな内容なのかは知らないけれども、読みたいと思う本が見つかると奥付を見て買うことにしています。

(ちなみに奥付を見る理由は、「第1刷ならば買う」という私の勝手な基準があるためです。)


本屋さんには、自分の知らない本がたくさんあります。

そこで、自分の興味にひっかかったものには何か得るものがあると考えています。

後付けの理由となりますが、本日買った5冊の本について、内容を読まずに理由を考えたいと思います。

  • C・チャブリス、D・シモンズ『錯覚の科学』文春文庫
  • 野中郁次郎、勝見明『イノベーションの作法』日経ビジネス人文庫
  • 本川達雄『生物多様性』中公新書
  • 外山滋比古『知的生活習慣』ちくま新書
  • ボビー・ジョーンズ『ボビー・ジョーンズ ゴルフの神髄』ちくま文庫

C・チャブリス、D・シモンズ『錯覚の科学』文春文庫
錯覚の科学 (文春文庫)
錯覚の科学 (文春文庫)

理由はわかりませんが、「錯覚」「錯視」の類は好きです。

「トリックアート」や「だまし絵」は見ていて飽きませんし、目の「錯覚」や「錯視」などのことも詳しいメカニズムは知りませんが興味があります。

日本語でのタイトルは『錯覚の科学』となっていますが、表紙には英語の原題も書かれていて『The Invisible Gorilla and other ways our intuitions deceive us』とありました。

直訳すると「見えないゴリラ、本能が我々を欺くその他の方法」でしょうか。

一時期、You Tube上で「ゴリラに気づいたか?」というような動画が流行っていたときがありました。

それに関連したタイトルだと思います。

トリックアートやだまし絵、また、手品やマジックは、物理的あるいは心理的な盲点をついて楽しませてくれます。

そして、盲点を知ることで、より楽しむことができます。

そういうことが、科学的に書かれている本だと思い手に取りました。


野中郁次郎、勝見明『イノベーションの作法』日経ビジネス人文庫
イノベーションの作法(日経ビジネス人文庫) (日経ビジネス人文庫 ブルー の 1-3)
イノベーションの作法(日経ビジネス人文庫) (日経ビジネス人文庫 ブルー の 1-3)

「発想」「発明」「イノベーション」「アイデア」の話が好きです。

発想はどこから生まれるのか、どのような動機・条件があって発明がなされたのか、アイデアが生まれやすい環境とはどのような環境なのか、ということに興味を持っています。

著者の一人である野中郁次郎さんは、たしか『失敗の本質』の著者(編者?)で、経済や経営分野が専門だったと思います。

間違っていたら申し訳ありません。

日経ビジネス人文庫で出版されていることもあり、イノベーションについて、具体的事例が多数挙げられているのではないかと推察しています。

模倣するだけ、読むだけではイノベーションは生み出されないと思いますが、自分が持っている何かと合わさることで何かが生まれるかもしれないという期待があります。


本川達雄『生物多様性』中公新書
生物多様性 - 「私」から考える進化・遺伝・生態系 (中公新書)
生物多様性 - 「私」から考える進化・遺伝・生態系 (中公新書)

学校で、理科の科目である「生物」はほとんど勉強していないので、生物関係のことはあまりわかりません。

この本で一番興味をひいたのは副題の方です。

副題には、『「私」から考える進化・遺伝・生態系』とあり、帯には「異色の“生物学”講義!」と書かれていました。

ここでの「私」というのが著者である本川さんを指しているのか、それとも「自我」という意味で使われているのかは読んでみないと判断できませんが、「私」という人称代名詞(あるいは「個」)と、「多様性」の関係は何となく切り離せないと考えています。

それが、進化や遺伝、生態系とどうかかわるのか。

ここが現時点での読みたいポイントです。


外山滋比古『知的生活習慣』ちくま新書
知的生活習慣 (ちくま新書)
知的生活習慣 (ちくま新書)

外山滋比古さんは『思考の整理学』などの本でも有名で、名前は知っており、著作も数冊ですが読んだことがあります。

内容はすぐには思い出せませんが、読みやすい文章で、おもしろい考え方も発見することができるイメージがあります。

また、私が影響を受けた本の一冊に、渡部昇一さんの『知的生活の方法』という本があり、『知的生活習慣』と『知的生活の方法』がリンクしました。

渡辺昇一さんの『知的生活の方法』から影響を受けたことで最も大きいことが、本をよく読むようになったことです。

『知的生活習慣』の方は、購入後に読み始めて数ページ読んでいるので「内容を読まずに」とは言えませんが、何か新しい習慣を始めるきっかけになればと思います。


ボビー・ジョーンズ『ボビー・ジョーンズ ゴルフの神髄』ちくま文庫
ボビー・ジョーンズ ゴルフの神髄 (ちくま文庫)
ボビー・ジョーンズ ゴルフの神髄 (ちくま文庫)

ゴルフをしたことはありませんし、これからする予定もありませんが、「わもん」の中でゴルフが話題になっていること、そして、その中で「球聖ボビー・ジョーンズ」の名前が出たことがあることから興味を持った一冊です。

ゴルフの技術などの解説本ならば購入まではいかなかったと思いますが、タイトルの中には「ゴルフの神髄」とあり、裏表紙の概要には「ゴルフに求められるものは、技術だけでなく、すべてを自分で判断し、すべての結果を受け入れる精神面の強さ、態度なのだとよくわかる一冊」とあったため、ゴルフ以外にも通用するものがあるだろうと当たりをつけています。

「すべてを自分で判断し、すべての結果を受け入れる」というところが魅かれます。



再度書きますが、まだ読んでいませんのであしからず。

ブログ アーカイブ