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2012/03/28

為政第二・2「子曰、詩三百、~」

詩三百、一言を以て之を蔽えば、曰く、思い邪無し。

「詩三百」とは『詩経』のこと。

『詩経』を一言でいえば、その思いに「邪(よこしま)」がない。

加地伸行さんは「邪無し」を「こころのままのまっすぐな表われ」と表現しています。


『詩経』は、いわゆる「五経」のひとつ。

儒教でいう「四書五経」の「五経」で、五経とは、『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』です。

ちなみに「四書」とは、『大学』『論語』『孟子』『中庸』の4つ。


どれもまだ読んだことはありませんが、読んでみたいものです。


思い邪無し。まっすぐなこころの表われ。

素直。正直。


最近、このブログで書いた記事「心持ちのこと」が思い出されます。

2011/06/05

学而第一・15「子貢曰、貧而無諂、~」

久々の『論語』です。まだ学而第一。先は長い。

学而第一・15です。
子貢曰く、貧にして諂うこと無く、富みて驕ること無くんば、如何、と。子曰く、可なり。未だ貧にして楽しみ富みて礼を好む者には若かざるなり、と。子貢曰く、詩に云う、切するが如く、磋するが如く、琢するが如く、磨するが如し、と。其れ斯の謂いなるか、と。子曰く、賜や、始めて与に詩を言う可きのみ。諸に往を告げて、来を知る者なり、と。
子貢は孔子に、「貧乏でもへつらうことなく、裕福でも驕ることがない、というのはいかがでしょうか?」と尋ねました。孔子の回答は、「まあまあだな。貧乏でもその道を楽しみ、裕福でも礼儀を好む者には及ばない」

すると、子貢は次のように返します。

「『詩経』でいう、『切磋琢磨』とはこのことをいっているのですね」

孔子は子貢の言葉を聞いて、「子貢よ、それでこそはじめてともに『詩経』の話ができる。君は一度話を聞くと、わかってくれる」と言いました。


「切磋琢磨」という語を聞くと、本間正人先生の話を思い出します。

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