読むことと聞くことの相違点についても確認しておく。思いついたままに書いているので脈略がない。
まず媒体が異なる。読むときは文字を読み、聞くときは音声を聞く。音声と文字は1対1に対応しているわけではない。同じ発音でも違う言葉はあるし、同じ語を違った言い方で声に出すこともできる。
慣れのためかもしれないが、読むよりも聞く方が時間がかかる。読むときには、次の語が目に入ることが多いので、速く読もうと思えば速く読める。速読という技術もある。聞く方にも速聴があるではないかという人もいるかもしれないが、速聴は、機械で音声を速くする、あるいは、速くした音声が記録されたものを聞くことであり、自分のペースで聞くことではない。読むことは自分のペースで読むことができるが、聞くことは自分のペースでは聞くことができない。
「話す」「聞く」「読む」「書く」の4つについて、時間のかかる順に並べると、「書く>話す>聞く>読む」ではないかと思う。もっとも、書いているときにリアルタイムで読むでいると順序は異なってくる。
文字を読むのと音声を聞くのとでもっとも大きな違いは、再現性であるともいえる。音声を聞くときは一期一会である。まったく同じ音調、音圧で同じ音声を聞くことはできない。文字ならばもう一度同じものが読める。音声でも録音されていれば聞き返すことはできる。
文字や文章は、いわば完成されたものを読むことが多い。リアルタイムで書いているところを読んでいくことは少ない。音声は逆にリアルタイムで聞くことが多く、完成されたものを聞くことは少ない。
話を聞くときは、表情その他、非言語的な要素が役に立つ。電話では表情や姿は見えないが、音調や音圧も非言語要素である。話を聞くときには耳以外の感覚が役に立つ。しかし、文字の場合には書いている人の表情などを見ることは少ない。
文字や文章で非言語的な要素は何かを考えると、フォントや文体を思いつく。また、本であれば、著者の略歴やタイトル、目次なども、非言語的な要素ではないかもしれないが、内容を推測するのに役に立つ。
2017/04/28
2017/04/27
読書の方法から聞き方を考える(1)
本を読むことと、話を聞くことには共通点がある。
ひとつは、どちらも情報のインプットとしての行為であることである。本を読むことも、話を聞くことも、何らかの知識や情報を得るための行為である。話すこと書くことがアウトプットとしての行為とすると、聞くこと読むことはインプットの行為であるといえる。
本を読む目的として、何らかの知識や情報を得ることが挙げられる。それは話を聞く目的にもなる。必要な情報や知識を得るためにだれかの話を聞くことがある。また、物語を楽しむために本を読むことがあり、話を聞くことがある。
理解を深めるための読書技術を述べた本に、M. J. アドラーとC. V. ドーレンが書いた『本を読む本』という本がある。そこには読書の段階として「初級読書」「点検読書」「分析読書」「シントピカル読書」という4つのレベルが紹介されている。
初級読書は、読み書きのできない子供が初歩の読み書きの技術を習得するための読書であり、ここでの問いは「その文は何を述べているか」である。点検読書とは系統立てて拾い読みをする技術で、「この本は何について書いたものであるか」を知る。分析読書は、いわゆる精読で、本をよくかんで消化すること、理解を深めることである。シントピカル読書は一つの主題について何冊もの本を相互に関連づけて読むことである。
これらの読書のレベルを「聞く」に応用できないだろうか。そのためには、読むことと聞くことの相違点についても確認しておかなければならない。
ひとつは、どちらも情報のインプットとしての行為であることである。本を読むことも、話を聞くことも、何らかの知識や情報を得るための行為である。話すこと書くことがアウトプットとしての行為とすると、聞くこと読むことはインプットの行為であるといえる。
本を読む目的として、何らかの知識や情報を得ることが挙げられる。それは話を聞く目的にもなる。必要な情報や知識を得るためにだれかの話を聞くことがある。また、物語を楽しむために本を読むことがあり、話を聞くことがある。
理解を深めるための読書技術を述べた本に、M. J. アドラーとC. V. ドーレンが書いた『本を読む本』という本がある。そこには読書の段階として「初級読書」「点検読書」「分析読書」「シントピカル読書」という4つのレベルが紹介されている。
初級読書は、読み書きのできない子供が初歩の読み書きの技術を習得するための読書であり、ここでの問いは「その文は何を述べているか」である。点検読書とは系統立てて拾い読みをする技術で、「この本は何について書いたものであるか」を知る。分析読書は、いわゆる精読で、本をよくかんで消化すること、理解を深めることである。シントピカル読書は一つの主題について何冊もの本を相互に関連づけて読むことである。
これらの読書のレベルを「聞く」に応用できないだろうか。そのためには、読むことと聞くことの相違点についても確認しておかなければならない。
2012/03/18
理想的な聞き方のイメージ
前回の「動態聴力のイメージ」という記事で、話し手と聞き手の関係を下の図で表してみました。
左手が話し手、右手が聞き手。
しかし、この図からは、何となく対立の図式となってしまっています。
そこで、理想的な聞き方のイメージをこのように置いてみました。
左側の話し手は、意識的に、あるいは無意識的に、言語表現だけでなく、言語外表現も発しています。
右側の聞き手は、集音機のイメージで、それらをキャッチするように聞いていくのです。
このように置くと、話し手の「声なき声」を聞くことが、すなわち自分自身の「声なき声」を聞くことであることがわかります。
顕在意識・潜在意識を通して話を聞く。
全身を、五感をフルに使って聞く。
こういった聞き方が理想ではないかとイメージしました。
聞くときには、自分を前面に出さず、奥の方に。
そして、何かを話す場合には自分に語りかけるように。
感じるように聞く。
味わうように話す。
さらに進めると、理想的な話し手と聞き手ならば、以下の図のようになるかもしれません。
言語を必要としない、以心伝心のコミュニケーションも可能となります。
左手が話し手、右手が聞き手。
しかし、この図からは、何となく対立の図式となってしまっています。
そこで、理想的な聞き方のイメージをこのように置いてみました。
左側の話し手は、意識的に、あるいは無意識的に、言語表現だけでなく、言語外表現も発しています。
右側の聞き手は、集音機のイメージで、それらをキャッチするように聞いていくのです。
このように置くと、話し手の「声なき声」を聞くことが、すなわち自分自身の「声なき声」を聞くことであることがわかります。
顕在意識・潜在意識を通して話を聞く。
全身を、五感をフルに使って聞く。
こういった聞き方が理想ではないかとイメージしました。
聞くときには、自分を前面に出さず、奥の方に。
そして、何かを話す場合には自分に語りかけるように。
感じるように聞く。
味わうように話す。
さらに進めると、理想的な話し手と聞き手ならば、以下の図のようになるかもしれません。
言語を必要としない、以心伝心のコミュニケーションも可能となります。
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