「黒帯心徒塾」「白帯心徒塾」に加えて、「透明心徒塾」というものが開催されています。
やぶちゃんが聞く力の可能性への挑戦と銘打たれた心徒塾です。
内容は、そのときどきによって変わりますので説明できません。
今では複数の○○心徒塾がありますが、始まりは、「黒帯」や「白帯」「透明」は付いていない、心徒塾からでした。
心徒塾が進化するにつれ、心徒塾に参加される方のスタートラインを揃えたいというところから「白帯心徒塾」が誕生。
白帯心徒塾が誕生したことで、従来の心徒塾を「黒帯心徒塾」と呼ぶようになりました。
現在、白帯心徒塾は、わもんの黒帯の方々が中心になって運営されています。
そんな中、やぶちゃんも白帯心徒塾を開催していたところ、やぶちゃんの白帯心徒塾のレベルが深まっていきます。
ときには、白帯心徒塾のレベルをはるかに超えることも…。
そこで、やぶちゃんが思う存分やりたいということから、白でもない黒でもない、オール直感進行の「透明心徒塾」が誕生しました。
さて、なぜ「透明」なのか?
透明心徒塾は、「白帯」「黒帯」という流れの延長線上にあるものではなさそうです。
聞く修行のステップでも番外編として取り扱われています。
色としての「白」「黒」は、光の反射によって説明されます。
可視光線のほとんどを反射(散乱)する物体は白く、可視光線のほとんどを吸収する物体は黒く見えます。
「透明」は色ではありません。
可視光線が散乱もせず、吸収もされない状態のことです。
可視光線は、人間が見ることのできる電磁波のことを言います。
電磁波は波長があって、人間の目で感知できる波長の電磁波が可視光線です。
人間の目で感知できない電磁波に「赤外線」や「紫外線」があります。
透明心徒塾は、ひょっとすると人間には捉えられないことをしているのかもしれません。
しかし、「赤外線」や「紫外線」「X線」など、人間は目に見えない電磁波を様々なことに利用しています。
透明心徒塾の中に、何か利用できるもの、役に立つものがあるかもしれません。
「聞く力の可能性への挑戦」。
透明心徒塾は、そのような心徒塾、と、ひとまず理解しておきます。
聞けば叶う〜わもん入門
2014/11/12
2014/10/27
わもんな言葉94-オールブラックガチ聞きライブ
10月26日、名古屋にて「オールブラックガチ聞きライブ」がありました。
無料でした\(^o^)/
ヤブログ放送室でもありましたが、「オールブラック」と聞くと、「オールブラックス」を思い出します。
「オールブラックス」というのは、ラグビーのニュージーランド代表チームの愛称。
その名の通り、黒のユニフォームです。
そして、有名なのは「ハカ」。
You Tube で「All Blacks Haka」で検索すると動画を見ることができます。
あらためて、ハカについてWikipediaを見てみると、「ハカ=平和的=友好的と解釈される」とのこと。
今まで「ハカ」を挑戦的・戦闘的な踊りと思っていましたm(__)m
また、合わせてWikipediaには、「カマテ」の意味が載っていました。
「カマテ(ka mate)」というのは、ハカの一種で、意味は「私は死ぬ」!
少し変えれば、「オールブラック聞くライブ」にふさわしくなるように思います。
私は死ぬ! 私は死ぬ!
私は生きる! 私は生きる!
私は死ぬ! 私は死ぬ!
私は生きる! 私は生きる!
見よ、この勇気あるものを。
ここにいる黒帯たちが再び太陽を輝かせる!
一段深く! さらに一段深く!
一段深く! そして最後の一段!
そして外へ一歩!
太陽の光の中へ!
無料でした\(^o^)/
ヤブログ放送室でもありましたが、「オールブラック」と聞くと、「オールブラックス」を思い出します。
「オールブラックス」というのは、ラグビーのニュージーランド代表チームの愛称。
その名の通り、黒のユニフォームです。
そして、有名なのは「ハカ」。
You Tube で「All Blacks Haka」で検索すると動画を見ることができます。
あらためて、ハカについてWikipediaを見てみると、「ハカ=平和的=友好的と解釈される」とのこと。
今まで「ハカ」を挑戦的・戦闘的な踊りと思っていましたm(__)m
また、合わせてWikipediaには、「カマテ」の意味が載っていました。
「カマテ(ka mate)」というのは、ハカの一種で、意味は「私は死ぬ」!
カマテの意味:
私は死ぬ! 私は死ぬ!
私は生きる! 私は生きる!
(以上を2回繰り返し)
見よ、この勇気ある者を。
ここにいる毛深い男が再び太陽を輝かせる!
一歩はしごを上へ! さらに一歩上へ!
一歩はしごを上へ! そして最後の一歩!
そして外へ一歩!
太陽の光の中へ!
少し変えれば、「オールブラック聞くライブ」にふさわしくなるように思います。
私は死ぬ! 私は死ぬ!
私は生きる! 私は生きる!
私は死ぬ! 私は死ぬ!
私は生きる! 私は生きる!
見よ、この勇気あるものを。
ここにいる黒帯たちが再び太陽を輝かせる!
一段深く! さらに一段深く!
一段深く! そして最後の一段!
そして外へ一歩!
太陽の光の中へ!
2014/10/20
わもんな言葉93-声楽
あらためて、シャーロック・ホームズを読みたくなりました。
先日、ロンドンへ行ってきたためです。
手に取ったのは『緋色の研究』(阿部知二訳、創元推理文庫)。
読んでいると、驚くことに、ホームズが次の台詞を口に出していました。
音楽をつくりだしたり観賞したりする力は、言語能力よりもずっと古くから人類にそなわっている。
2012年10月24日付ヤブログ放送室『声楽とわもん』で、直樹先生が言っていたこととほぼ同じです。
また別の本になりますが、岡ノ谷一夫『言葉はなぜ生まれたのか』では、言葉を話す条件のひとつとして、文法を使いこなせる能力があることを挙げた上で、「単語を組み合わせて、文章にする能力」について、
「わもん」での聞き方について、話し手のキートーンを汲み取る、というような説明がなされるときがあります。
話し手の音の流れの中からキートーンを汲み取ることは、話し手の声なき声を汲み取ることにつながるとも考えられます。
音楽を聞くように人の話を聞く、また、歌うように話す「わもん」
そして話すように歌うことを目指す「声楽」
「わもん」と「声楽」は、密接なつながりがあります。
緋色の研究 (創元推理文庫 101-5)
聞けば叶う〜わもん入門
先日、ロンドンへ行ってきたためです。
手に取ったのは『緋色の研究』(阿部知二訳、創元推理文庫)。
読んでいると、驚くことに、ホームズが次の台詞を口に出していました。
「君は、音楽についてダーウィンがいったことばをおぼえていますか。彼の説によると、音楽をつくりだしたり観賞したりする力は、言語能力よりもずっと古くから人類にそなわっていたという。ぼくたちが音楽をきいていいいようもなく感動をうけるのは、きっとそのためだろうね。われわれの魂のなかには、世界の幼年期の、霧につつまれたような日々の、おぼろげな思い出が生きているのだ」
音楽をつくりだしたり観賞したりする力は、言語能力よりもずっと古くから人類にそなわっている。
2012年10月24日付ヤブログ放送室『声楽とわもん』で、直樹先生が言っていたこととほぼ同じです。
また別の本になりますが、岡ノ谷一夫『言葉はなぜ生まれたのか』では、言葉を話す条件のひとつとして、文法を使いこなせる能力があることを挙げた上で、「単語を組み合わせて、文章にする能力」について、
「単語が先にあり、単語を組み合わせていくことによって、ことばができた」と、言葉をもつ以前に、歌詞のない歌を歌っていたのではないかという仮説を立てています。
のではなく、
「歌のような音の流れがまず先にあり、それを切り分けていくことによって、単語ができた」
と考えるのです。
「わもん」での聞き方について、話し手のキートーンを汲み取る、というような説明がなされるときがあります。
話し手の音の流れの中からキートーンを汲み取ることは、話し手の声なき声を汲み取ることにつながるとも考えられます。
音楽を聞くように人の話を聞く、また、歌うように話す「わもん」
そして話すように歌うことを目指す「声楽」
「わもん」と「声楽」は、密接なつながりがあります。
緋色の研究 (創元推理文庫 101-5)
聞けば叶う〜わもん入門
2014/10/12
わもんな言葉92-わもん研究室
ありがたいことに、現在「わもん研究室室長」という肩書きをいただいております。
何をしているか…は、さておき。
今回は「わもん研究室室長」の誕生秘話を書きたいと思います。
時系列から言うと、まず一番最初に、くろちゃんからの提案がありました。
心徒塾の帰りの電車の中、くろちゃんから「さのともさんの肩書き考えた!『わもん研究所所長』!」と言われたことがあります。
いつのことだか忘れてしまいましたが、たしか京都のわもん本社で心徒塾が行われていたころ。
そのときは、研究所というのは、研究所という建物があり、数名の研究者がいて…というイメージでしたので、「建物もなく、研究者もいないのに所長というのは…」と笑って過ごしました。
そして、話は今年に飛びます。
ご存知の方も多いと思いますが、私は今年2014年7月末で十数年勤めていた会社を辞めました。
「わもん」を中心とした活動をしていきたいと思ったからです。
7月30日が会社の最終出社日で、翌31日は休日でしたので、やぶちゃんがファシリテーターをするNPO法人メイクザヘブンのミーティングにオブザーバーとして参加させてもらいました。
ミーティングの休憩中、退職の話となり、てんつくマンより質問を受けます。
「明日から何するん?」
「わもん」を中心とした活動をするということは決めていましたが、具体的に何をするのかは決めていません。
そのため、話が長くなるのもどうかと思い、「自由人です」と答えました。
このとき、肩書きみたいなものがあった方がいいかも、と思いました。
翌日8月1日は奈良での聞くライブに参加。
三段お披露目をするかわかみちゃんの調整役として、ガチ聞きの話し手をさせていただきました。
その際に、てんつくマンからの質問のことを話し、当然のことながら、今後どうしていきたいかという話となり、「わもんの研究みたいなことがしたい」と言いました。
そして、奈良の聞くライブの帰り道。
たまたまやぶちゃんと同じ電車でした。
そこで、てんつくマンから受けた質問から考えたことを話し、「『わもん研究家』と名乗ってもいいですか?」と切り出しました。
やぶちゃんはしばらく考え、「ベスト、ベター、グッドでいくと、ベターやな」と言い、「ベストを探そう」と聞く体勢に入りました。
そのため、ここまで書いてきたこと、そして仕事を辞めたため、ブログのタイトルを「わもん研究室」にしてもいいか、ということを話しました。
すると、やぶちゃんが「それなら…、『わもん研究室室長』はどうか」、そして「『わもん研究室室長』を私が任命します」
「!?」となって、わもん研究室室長が誕生しました(笑)
思い返すと、やぶちゃんはギリギリのところを突いてきています。
『わもん研究室室長』を名乗ってもいいということだったら、おそらく私は受け容れなかったと思います。
任命されたからこそ、躊躇はありましたが、受け容れることができたと思います。
また、このときに『わもん研究所所長』を任命されていたら、辞退していたと思います。
私がギリギリ受け容れるだろうところを見越してのことだと思います。
そして最近、「来年から『わもん研究所所長』に格上げ」と言われました。
「室長」と呼ばれることにようやく慣れてきた矢先です。
「室長」として何をしたのか…は、さておき。
また、ギリギリのところを突いてきたように思います。
聞けば叶う〜わもん入門
何をしているか…は、さておき。
今回は「わもん研究室室長」の誕生秘話を書きたいと思います。
時系列から言うと、まず一番最初に、くろちゃんからの提案がありました。
心徒塾の帰りの電車の中、くろちゃんから「さのともさんの肩書き考えた!『わもん研究所所長』!」と言われたことがあります。
いつのことだか忘れてしまいましたが、たしか京都のわもん本社で心徒塾が行われていたころ。
そのときは、研究所というのは、研究所という建物があり、数名の研究者がいて…というイメージでしたので、「建物もなく、研究者もいないのに所長というのは…」と笑って過ごしました。
そして、話は今年に飛びます。
ご存知の方も多いと思いますが、私は今年2014年7月末で十数年勤めていた会社を辞めました。
「わもん」を中心とした活動をしていきたいと思ったからです。
7月30日が会社の最終出社日で、翌31日は休日でしたので、やぶちゃんがファシリテーターをするNPO法人メイクザヘブンのミーティングにオブザーバーとして参加させてもらいました。
ミーティングの休憩中、退職の話となり、てんつくマンより質問を受けます。
「明日から何するん?」
「わもん」を中心とした活動をするということは決めていましたが、具体的に何をするのかは決めていません。
そのため、話が長くなるのもどうかと思い、「自由人です」と答えました。
このとき、肩書きみたいなものがあった方がいいかも、と思いました。
翌日8月1日は奈良での聞くライブに参加。
三段お披露目をするかわかみちゃんの調整役として、ガチ聞きの話し手をさせていただきました。
その際に、てんつくマンからの質問のことを話し、当然のことながら、今後どうしていきたいかという話となり、「わもんの研究みたいなことがしたい」と言いました。
そして、奈良の聞くライブの帰り道。
たまたまやぶちゃんと同じ電車でした。
そこで、てんつくマンから受けた質問から考えたことを話し、「『わもん研究家』と名乗ってもいいですか?」と切り出しました。
やぶちゃんはしばらく考え、「ベスト、ベター、グッドでいくと、ベターやな」と言い、「ベストを探そう」と聞く体勢に入りました。
そのため、ここまで書いてきたこと、そして仕事を辞めたため、ブログのタイトルを「わもん研究室」にしてもいいか、ということを話しました。
すると、やぶちゃんが「それなら…、『わもん研究室室長』はどうか」、そして「『わもん研究室室長』を私が任命します」
「!?」となって、わもん研究室室長が誕生しました(笑)
思い返すと、やぶちゃんはギリギリのところを突いてきています。
『わもん研究室室長』を名乗ってもいいということだったら、おそらく私は受け容れなかったと思います。
任命されたからこそ、躊躇はありましたが、受け容れることができたと思います。
また、このときに『わもん研究所所長』を任命されていたら、辞退していたと思います。
私がギリギリ受け容れるだろうところを見越してのことだと思います。
そして最近、「来年から『わもん研究所所長』に格上げ」と言われました。
「室長」と呼ばれることにようやく慣れてきた矢先です。
「室長」として何をしたのか…は、さておき。
また、ギリギリのところを突いてきたように思います。
聞けば叶う〜わもん入門
2014/10/08
わもんな言葉91-リングトーニング
最近、例えば、黒帯心徒塾での午後からの離我トレーニングの前などに「リングトーニング」ということをやっています。
数名で手をつなぎ輪になって、まずはその中の一人が自分が最も美しいと思う音(声)を出します。
残りの人は、その音に合わせて音を出します。
これを輪になった全員が一人一人音を出していき一周します。
9月5日京都で開催された「一人一天命プログラム」で誕生し、そこに参加されていた本間先生が後に「リングトーニング」と名付けました。
グラス・ハープを連想されたとのことです。
私も「一人一天命プログラム」に参加をしていて、そのときの様子をみており、漠然と名前をつけたいと思っておりました。
出てきていたのは、音を合わせているということから、「○○シンフォニー」というのがいいかなという程度です。
シンフォニー(Symphony)という単語は、syn-(~とともに)と、phone(音)からできた単語だからです。
その後、思考が飛びます。
そういえば、ミーティングのことを「打ち合わせ」というな、と。
「打ち合わせ」という言葉は、雅楽を演奏する前に、打楽器を打ってリズムを合わせることから、物事がうまくいくように事前に相談することを「打ち合わせ」というようになったと聞いたことがあります。
「打ち合わせ」がリズムを合わせるならば、音を合わせるのは何だろうか、と考えていました。
「調律」「調音」「チューニング」などが出てきましたが、どれもしっくり来ず。
そんな中で、「リングトーニング(Ring toning)」というネーミングを聞きました。
音を合わせて、リズムを合わせる。
打ち合わせの前に、リングトーニングをすると効果があると思います。
わもん -聞けば叶う
数名で手をつなぎ輪になって、まずはその中の一人が自分が最も美しいと思う音(声)を出します。
残りの人は、その音に合わせて音を出します。
これを輪になった全員が一人一人音を出していき一周します。
9月5日京都で開催された「一人一天命プログラム」で誕生し、そこに参加されていた本間先生が後に「リングトーニング」と名付けました。
グラス・ハープを連想されたとのことです。
私も「一人一天命プログラム」に参加をしていて、そのときの様子をみており、漠然と名前をつけたいと思っておりました。
出てきていたのは、音を合わせているということから、「○○シンフォニー」というのがいいかなという程度です。
シンフォニー(Symphony)という単語は、syn-(~とともに)と、phone(音)からできた単語だからです。
その後、思考が飛びます。
そういえば、ミーティングのことを「打ち合わせ」というな、と。
「打ち合わせ」という言葉は、雅楽を演奏する前に、打楽器を打ってリズムを合わせることから、物事がうまくいくように事前に相談することを「打ち合わせ」というようになったと聞いたことがあります。
「打ち合わせ」がリズムを合わせるならば、音を合わせるのは何だろうか、と考えていました。
「調律」「調音」「チューニング」などが出てきましたが、どれもしっくり来ず。
そんな中で、「リングトーニング(Ring toning)」というネーミングを聞きました。
音を合わせて、リズムを合わせる。
打ち合わせの前に、リングトーニングをすると効果があると思います。
わもん -聞けば叶う
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